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ぐったり

◆母の誕生日が近いので、姉と母と三人で買い物&外食など。こんな時間はいつぶりだろう。姉の家にも寄ったので、ほぼ一日がかりの外出となった。もう、ぐったり。「その気になったら、いつでも労働を再開できる」つもりでいたけれど、心も体も、自分が思っている以上に弱っているのを実感。
◆どれくらい「ぐったり」かといえば・・・。姉の家から間違って姉のスニーカーをはいて帰ってしまった。似ているスニーカーとはいえ、駅のホームでそれを知らせる姉の電話を受けるまで、まったく気づかずにいたあたり、ぐったり度がわかるだろう。
◆前日の日記、そうそう、読み返してみると、「ちょっと違うことを書いてしまった」。問題は自分の非を素直に認めようとしないこと。ごまかそうとすること。立場などにしがみつくために何枚もの舌をもつこと。だと、わたしは例の報道で感じたのであった。

酩酊会見から

◆午前中、田圃の向こうのスーパーに食料品の買い出し。
◆中川某氏の酩酊会見の(わたしの周りの)思わぬ波紋。飲酒に眉をひそめ、酒酔人に寛容な風潮をおもしろく思ってこなかった人にとっては、まさに今回の中川報道は「ほれっ、見たことか」であろう。けれど、わたしはあらためて言いた~い。飲酒が悪なわけではな~い。酔っ払いも悪なわけではな~い。時と場合によって飲酒がふさわしくないこともあるかもしれんが、飲酒そのものは悪ではな~い。仕事中だって、(それで仕事を為す能力をおとろえさせなければ、基本的に)飲酒はOKなのであ~る。今回の場合も、わたしは中川某氏のあの日の飲酒がいかんとは思わん。まだ仕事が残っているのに「酩酊するまで飲んでしまった」そのコントロールのなさが、今回の問題なのであ~る。
◆母が親しい友人からの電話に「もし自分一人でいるときに何かあったらと考えてしまい・・・(不安)」と云っていた。ふふふ。言葉になるようなことは、現実に抱えているものの極々一部だろう。

カワハギの肝

●朝は「おおっ」という雪景色。一夜にして積もったらしい。ぽんぽんと庭木の雪をホウキで払う。日中も「どうなるのだろう」と思うほど、休みなく雪が降り続いていたのだけれど、あららん、夕方には積雪があらかた消えてしまった。気温が高いのだなぁ。
●お昼は、カワハギなどを入れた鍋。カワハギは肝もおいしいっ。肝好きじゃない姉の分の肝まで食べる。(高コレステロール。たまには良かろう)。フォアグラなんてフランス人に任せとけばいい。日本人は、やっぱ魚の肝だねぇ。
●自分のこと、他者のこと、社会のこと、どうしてこう愚痴のようなもの(このブログにも書いてる数々)がわたしのなかに積もりやすいのかと考えると、心が健やかな、本来のあるべき状態ではないからだとの答えが見える。あるべき状態に心がある人は、自分にも、他者にも、社会にも、文句や愚痴は出ないのだろうな。仮に言うことがあるとしても、それは文句や愚痴ではなく、意見というものなのだろう。なぜこのようなことを考えたかといえば、下(↓)の話は、しょうもない愚痴だな~と、書きながら思ったからだ。

本山と寄付から思うこと

「これこれしかじか、今年は・・・の寄付をお願いします。内訳として本山に納める分は・・・です」の手紙が菩提寺から届いた。はははっ。親鸞さんが生きてたら、なんちゅうだろうね。(そもそも親鸞は「寺など建てるな」と云ってたのでは?)。▼本山というのは浄土真宗のお東なのだけど、ここでは(ま、お西も同じもんだろう)、ご奉仕隊のようなものも随時募集しておる。そして、全国からはるばる京都の本山にお米持参でやってきた信徒たちが、にこにこと寺の作務をして、少なくない現金を(ほぼ強制的に)おさめ、喜々として帰ってゆくらしい。▼ふふふ。浄土真宗の栄えも、今の年寄り達の目の黒いうちだろう。たぶんわたしくらいの世代が高齢者となるころには、「家(制度)ってなんだ!」「菩提寺ってなんだ!」「あたしはあたしで行く!」がすっかり主流になり(もちろん現在もその傾向はあるが、まだまだ日本全体ではグレーゾーンであると思う。都会のクリアーな人間関係では相当進んでいるかもしれないが、田舎でそれをやるには「村八分」を覚悟せねばならん。田舎では「個人の無宗教」は有りとして、「家の無宗教」はいまだ許されざる印象)、いよいよ真宗も廃れるのではあるまいか。▼そもそも現代の浄土真宗のどこに魅力があるのかわたしにはさっぱりわからん。(真宗の本来的な魅力を探るには、本山を捨て、法然や親鸞の教えを独学するしかないだろう)。先祖代々の習慣にそむくことに抵抗があるという超消極的な理由や、幼少期から寺の日曜学校に通っていたような年寄り達の間では極楽浄土へのすりこみが強く残っているとの追い風で、かろうじて今も表面的な勢力は残っているけれど。▼親鸞さんの教えにひたすら色をつけ、本山はひたすら教団を保つ努力をしているだけのように、わたしからは見えるなあ。余談だが、現政府と伝統的宗教団体にはともに「保身」というキーワードがちらついてるぜ。伝統仏教は「伝統」ということにあぐらをかきすぎている!▼ときどき参禅している禅宗のD寺、そこの住職は「うちは真宗の人たちでもっているようなものだ」と仰っているらしい。北陸は真宗が根強く息づいており、その門徒の数も圧倒的だ。でも、年寄りを除き、精神的に真宗に救いの芽を見ている人はあまりいないのだろう。だから宗派を超えて、禅寺に集っているのである。

*わたしは「禅宗が真宗よりすばらしい」ということを、ここで云っているのでは全くない。「組織となった」以上はどこも駄目だろうという心づもりが、基本的にある。ただ総合的に見て、禅宗のほうが真宗よりも現代人を救いやすい間口を残しているのではないかと直感する。
*菩提寺への寄付自体には、わたしは反対していない。菩提寺さんの家族とて、生活していかなければいけないのだから。(ただし、菩提寺へ寄付することで、自動的に「本山にも多額の寄付」する仕組みになっていることは、おおいに問題だと思う)。
*菩提寺の役割的な課題は多々あると感じるが、ここでは話がズレるのでふれない。
*今の日本で宗教的なものを一切排他することは難しいと思う。例えば「葬式仏教」と陰口をたたかれようと、そこに社会的な役割がないわけではなく、また人により程度は違うがやはりそこに宗教ならではの役割が依然とあると思うから。

めかぶの力

●青空広がったり、雪ちらちら降ったり。この土地は水分を多く含んだ雪が主流なのだけど、(ベチャベチャした感じの雪)、今日は粉のようなさらさら雪が降っている。ああ、春近し。縁側でノートパソコンを開いていたら、真っ白い猫が庭を散歩している。そのまま猫の歩みを眺めていたら、おやっ、そやつは庭のはじっこの青銅の鹿に近づいて・・・・。二体ある鹿のうち、小鹿は何かを食べているようなうつむきポーズをしているのだけれど、なんと、猫は、その小鹿の食べている地辺りに口を近づけて、自分も餌を探すそぶり。しばらく、そのそぶりは続き(しかも餌が見つからないからだろう、その範囲は小鹿の口先からだんだん広がり)、やがて、ぷいっと、猫はどこかへ消えた。
●お昼に「きのこスパゲッティ」を作る。にんにく、あかとうがらし、たまねぎ、えのき、えりんぎ、ほたて、おさけ、しお、こしょう、おしょうゆと、ここまでは普通のソースだろう。ふふふ、わたくしは仕上げに「めかぶ」も投入したのさー。(すでに茹でて味付けしてあるやつ)。細いパスタに独特のねっとり感あるソースがよく絡み、美味であった。おすすめである。

ふきのとうのゴマ味噌

●ここしばらく春の暖かさであったが、本日は一転、冬の空模様。朝から雪がふっている。しかーし、本格的な冬の雪とは違い、「いやいや~、いやいや~」と、空から揺れ踊りながら舞い降りる。そんな雪を「春の雪」と呼ぶそうな。
●コウちゃんとケイちゃんの通う小学校は越中万葉カルタに力を入れている。これ、百人一首でなく、万葉集のなかの越中に関係深い歌ばかりを集めたカルタ。一月のカルタ取り大会に向けて放課後や休日も練習が行われてきた。小学3年のケイちゃんですら、100首全部を覚えているのだから、このカルタに対する熱の入れようがわかるだろう。今夜は、先のカルタ取り大会の様子が地元テレビで放送されて、コウちゃんもケイちゃんも(選手に選ばれていないのだから)大会には出場していないのだけど、その練習風景には彼らも映っていたらしい。うほっ。この万葉カルタだけでなく(近年盛んになったカルタだ)、社会科の授業に地場産業などを教える地域限定テキストがあったり(昔はなかった気がする)、給食は地元食材の消費を高めたり(昔は反対の流れだったような)、どうも、イケ!イケ!どんどん!!の、やみくもに見えないものに向かって突き進む感のあった、わたしの子供時代と違い、今の子たちは「目に見えるものをちゃんと見よう、手で触れるものをちゃんと触ろう」風な教育も受けているような印象をもつ。
●ふきのとうのゴマ味噌。あつあつご飯にのっけると、早春の幸せがやってくる。

姉妹3人風呂

●は、は、歯ぐきが、尋常じゃなーいっ。どうしたんだよ、おいっ。患部歯ぐきが内外ともに腫れ、そ、それだけならまだしも、「大豆を3つばかり入れたようなコブ」が、さらに患部歯ぐき内側にできているのだ。なんなんだよ~。痛みは、夕べのバファリン過剰摂取が効いているのだろう、ほとんどない。が、こ、この腫れ方はおかしいよ~。リンパもくりくり腫れてるし・・・・。お昼前、祖母の所に行き(=実に一ヶ月ぶり)、シーツの交換などをしていたら、「ぴゅっ」と、口のなかで何かはじけるものが。唾液でない、苦くも甘くも、臭くもない、液体が、例の患部から流れ出たようだ。その後、コブはぺっしゃんこになった。
●久しぶりに無人の祖母宅にて、母姉妹たちと集う。家を建て直して2年あまり、誰も住んでおらんのにエコ給湯は常にスイッチオン。そのせいで、先日、お風呂が壊れてしまい修理したのだが、(お湯は常に使っていないといけないらしい)、「お風呂に入ってお湯使ってくれ~」と、この家の跡取りである叔父に頼まれ、叔母たちがお風呂に入りに来たのである。母、叔母(母の上の妹)、叔母(母の下の妹)と、女きょうだい3人で、仲良く一緒にお風呂に入っていた。平和であ~る。祖母宅の老梅は小さな蕾をもっていた。

ちちんぷい

「せめて誰か泊まりに来てくれたら~」と云う母であるが、同じ屋根の下に人がいるからといって、快眠をとれるわけでもないらしい。ひと月ぶりにわたしが戻ってからも、毎朝、がぉぉぉ、がぉぉと、(←音を文字にするとこんな感じ)、異常なまでのカラあくびをしていた。で、わたしが耳にしたのはほんの数回であるけれど、炬燵で横になりながら、「ああつらい」と口走ることも。(口走るというよりは自然と漏れるという感じ。こんなことは今までなかった)。ふうっ。気のせいか、わたしの留守のあいだ、母の症状は重くなっている・・・。(冬の始まりに「どうやってこの季節を過ごそう」と心配していた母であるが、まさにその心配が的中したような。近所づきあいも、友人づきあいも、親戚づきあいも、濃いほどにある彼女だが、それでも、毎日「食べて寝るのが一番の仕事。常に傍らに親しい人がいるわけでない」暮らしは、しんどいらしい)。
           *           *            *
老いが、緩やかではない速度で母に迫っているのを実感する近年。母自身もそれを知り、ますます気持ちがかき乱されるのだろう。今年の初め、痴呆症を扱ったテレビ番組を観た翌日の母は、「ボケたら困るねぇ。わたしがボケたら、殺してぇ~」と云うのである。普通の調子で、切羽詰まった色もなく。<ボケたら大変。いやだ>の感想がそんな発言に繋がったのだろう。ふうっ。「そーんなことしたら、こっちが、お縄頂戴になっちゃうわい」と答えると、しらっとした顔で「一筆書いといたらいいみたいよぉ~」と母。おいおい、自殺ほう助というやつではないのかそれは。ってか、「一筆書いといたら」なんて、突如ひらめいたアイディアでないの? まったく上手に過ぎる冗談である。
           *           *            *
スピリチュアル分野の言葉を借りると、「ペインボディ」というやつが、わたしから母に流れていることは否めない。わたしが暗い気持ちで、内面に過剰な錘を抱えていると、その負のエネルギーが母に伝わるというわけだ。ふーん。この何ヶ月も、母とわたし、なんとか動けるほうが、ご飯を作ったり、後片付けしたり、かろうじてやってきた状態だ。ちちんぷいのぷ~い。本日から、わたしの中にちょっと元気な風が吹いてきた。ちちんぷいのぷいのぷ~い。(元気といっても、「寝込んでいなくていい」程度だが・・・)。ぷいのぷいのぷ~い。

嘉義農林

●歯ぐきが、モーレツに痛いのれす。先週からアーモンド入りチョコレートとか煎餅を食べてた(=弱っている歯を直撃)のに加え、数日前に抹茶ミルク飴(わたしの子供時代から苺ミルク飴があるが、それの抹茶版。お気に入りの飴で、ついボリボリ齧ってしまう)を食べてから、どうも歯というか歯ぐきの調子が悪い。今宵になって、非常にマズイ状態に。痛くて痛くて、たまらん。こりゃ、歯槽膿漏の重症化であろう。体によくないと知りながら、バファリンを4錠も飲んでしまった。(「1回2錠の服用を。次に飲むときは6時間以上開けて」と説明書にあるが、痛みが効き目を上回り、短い時間に4錠を飲んだ)。はふっ。40歳にして、わたしは重い歯槽膿漏を患っておる。
●夜のテレビで台湾のことをやっていた。特別におもしろいこともなかったが、嘉義農林の野球部がでてきたら、にゅうっと胸が熱くなった。かつて甲子園に出場し活躍した嘉義農林のことは、ある方の自伝で読んでおり、わたしの心がその時代、そこに生きた人たちのもとに、飛んでしまったのだ。
●どうなっちゃたの、日本の気候。本日はここらでも気温が20度あったらしい。

若狭町の漁師

若狭町の三方湖で鯉をとる漁師が、朝のテレビに映っていた。「たくさん鯉がとれたあとは、こんなにいい天気でも漁に行かない」と、その漁師が語ったとき、「ああ」と、わたしは眩暈した。多くの先達たちも指摘してきたことだけど、「あすの食糧の確保を覚えたことにより、われわれの中で“貧しい”が生まれた」のだ。今日のご飯があっても、明日の分、明後日の分を確保する。そして、もっと、もっとの欲の先には、もっと、もっとの不安がつきまとう。ところで、アマゾン流域はさぞや豊満な土壌だろうと想像したくなるが、決してそうではないらしい。肥沃と言い難い、たった5~10センチ程度の堆肥があるだけと聞く。けれどそこには色んな植物が育ち、豊かな生態系の一環をになっているのだ。アマゾン流域に住む人たちも若狭町の漁師と同じく、必要な分だけを収穫し暮らしてきた。生産性なんて、人間の生み出したエゴだろう。わたしの周りでも、山に入る人は「(そこにキノコがあっても)全部のキノコはとらない」そんな常識が残っている。だけど山の掟のようなごくごく一部の世界をのぞいては、「生産性」という名前のエゴがはびこっている。わたしはせめて精神的な部分で、若狭町の漁師たちのような生き方に近づきたいぞい。

下の追記

うきゃ。「現象に対する脳の反応が違う」なんて、あたり前すぎることを書いてるようで、恥ずかしい。でも、どーも、そのあたり前のことって、普段はすっかり忘れているんじゃないかと思うのだよ。同じことを体験しても、人が違えば、脳の反応は変わる。喜びや、悲しみの度合は変わる。悔しさや、舞い上がり度も変わる。なにか「痛み」伴う体験したとしても、それはある人にとっては50センチの高さから飛び降りたにすぎず、別のある人にとっては3メートルもの高さから落下したほどの衝撃がある。なのに、人は、ほかの人のことを、自分と同じ高さから落ちたように、無意識のうちにとらえてしまうのではないかと、思うのだ。

↑ こんなことを書いても、きっと、わたしはまた忘れちゃうんだろうな、日常生活において。

↓ 「妬み」の脳の反応と、「他者の不幸を快とする」脳の反応の、密接な関係をあきらかにした~が、そもそもテレビで紹介された趣旨であったのに、どうも、わたしは話をズラしてしまったな。

蟹のツメ

妬みに対する脳の反応の強い人は、他人の不幸に触れると、快感を掌る脳の部分が大きく反応する。そんな臨床データーが、近々、アメリカの雑誌に発表されると、朝のテレビの人が言っていた。うん、うん。なるほど。日常生活で、あるいは非日常の場面で、「なんでこうなの?」と人は人のことを思ったり、思われたりするけれど、基本、その人ごとに、かかる現象に対する脳の反応が違うということね。これは妬みに限らないだろう。たとえば包容力とか受容力とかに差があるのは、性格のようなもの以前に、脳の反応が人によって違うという前提があるんだな。同じ課題に直面しても、人によってかかるストレスの圧力が違うわけだ。なんとなく覚えておきたいことではある。

どうでもいい話だが、夕飯に、蟹のツメをひたすら食べた。北海道産である。

ぴゅーぴゅー、すごい風。24時頃、「あまりの風に納屋の戸が飛ばされないか心配」と(前に台風のとき戸が飛んだことがある)母が起きてきたので、カギをかけに行く。外は生ぬるい風。春を通り越したほどの生ぬるさ。昼間は寝ていたので実感は乏しいが、本日は4月中旬の暖かさだったらしい。春一番も吹いたらしい。

宇宙のゴミ

まさに飛び立とうとするロケットのテレビ中継を前に見てたとき、お祖母ちゃんは云った。「なんのために、するんやろ」。まったく同感だ。わたしも、そう思う。どっかーんと、地球の外にロケットや衛星を放つ意味が、まったくわからん。「人類の可能性の追及。不治の病の治療法が見つかるかもしれないし、遠い将来、地球を移住せねばならんときの、足がかりにもなる」とか、そんな答えが返ってきたら、力が抜けるよ~。一見克服にも見える人類の知識や技術は、また新しい災難を人類にもたらすと思うけどな~。「国家間の宇宙覇権争い」、これが本音の大きな部分を占めるのかもしれないけれど、もっと先にこの地球のなかですべきことあるだろうと云いたい。「宇宙技術の発達で、我々は気象情報とか通信手段とかの恩恵を受けている」と説明されても、そんなもん、なければないで、なんとでもなるのに~、と思ってしまう。ほんと、「どうして、あんなもん、必要なんやろ」。 ぐふんっ。テレビの人が教えてくれたのだけど、現在、(たしか)一万三千個の衛星やロケットの破片が地球のまわりに漂っているそうな。宇宙のゴミである。そんなことしていいのか人類!と声を大にしたい。近年は衛星同士がぶつからないようあらかじめ軌道が設定されているともいうが、ぶつからなければいいのか~!だ。欲望の視点をずらせば、もっと宇宙に慎みを抱くと思うなぁ。

おはぎ

夕方の起床。おやっ、祝日なのね。こんな週の半ばにも祝日はあるのか。(知らなんだ)。真夜中、おはぎを食べる。(昨日我も作るのを手伝ったやつ。母が丸め、姉がきな粉をまぶし、あとゴマと小豆をまぶす人が必要というので、仕方なく手伝った)。おはぎは特に好きというわけでもないので、昨日は味見もせずにいたのだが……。お腹が空いていたためか、けっこうおいしかった。
                   *              *
「もうちょっと若くて体力あったら、みなしご、育てるのにぃ」とは、昨日の母の発言。(母は子供が大好きなのだ)。一人で暮らしたこともなければ、これまで「家族のために」全身丸ごと存在してきたような彼女にとって、これから、どうやって生きていけばいいのか、わからないのだろう。趣味の畑仕事に助けられはしても(冬場はずっとお休み。たまに収穫に行くのみ)、肉体的な問題もある。(あちこち体が痛い)。かつては手芸からお菓子作りなど、多様な趣味をもっていたが、今はそれらをする気もないみたい。(気力が追い付かないのだろう)。冷酷な言い方すれば、彼女は伴侶の病気と別離をきっかけとした、老人性鬱病の予備軍、あるいはずばりそれなんだろうと思う。「もっとおおらかにならなきゃと思うんだけど、つい色々考えちゃって」と母は言う。つい色々考え、自分で自分を苦しめているようだ。寂しいとか、不安とか。(我の将来の心配もあるかもな)。夜はお薬を飲んだときだけ、ぐーっと眠れるらしい。ふぉぉん。「個の実感」を引き金とした、老人性の鬱は、潜在したものも含めれば、日本じゅうに蔓延っているんだろうなぁ。みなさん、どうやってこの問題と対峙してるのかなぁ。

心にあることを毬つきするような気持ちで書いてみる

母親の抱える寂しさや不安などへの、わたしの心的負担が、ここ最近、またまた大きくなっている(気がする)。「何故、大きくなっている?」といえば、わたし自身がウツだから。ウツはそばにある問題をより大きく見せ、そしてそれを餌としてウツはさらに増殖する。

二十代のときからうんざりするほど、「若いうちはいい」「あなたは若いからそんなことを言えるんだ」と、わたしの“孤独への無理解”を、同年代~年長者から指摘されてきた。今も指摘されているし、これからも“無理解”を表明するたびに、指摘されるだろう。また、わたし自身「どんでん返しだぁ。将来、(今、強そうなことを言っているバチがあたって)、膨大な後悔を伴う孤独に苦しむのではないか」の思いがないわけではない。しかし、同時に、「くそ~っ。早く、歳とりたい。歳寄りになって、孤独は抱えながらも、孤独から来る苦しみに精神全部を吸い取られるような生き方とは違う態度でもって、『若いうちはいい』と言ってきた人たちを、見返してやりたい!」の思いがある。

ふうっ。今回三週間も親の家に戻らなかったのは、親や祖母のことを思うと、億劫な気持ちにつぶされそうになった、というものある。(他者のせいにしているようにもとれる書き方だが、こんな気持ちを抱く本人が問題なのである)。ま、もともと心の調子のよろしくないときは、相手が誰であれ、会いたくない、というわたしの性質もあるし。

うーん。(以下、自虐的な気持ちで書くのではない。もちろん「わたくぅしがわたくぅしが悪いのでぇぇす」のような演歌的な気持ちもさらさらない)。わたし自身がもっと精神的に健康ならば、母の落ち込みも、いくぶん救いあげてあげることは可能なのだろうなあ。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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2007年 09月 【46件】
2007年 08月 【36件】
2007年 07月 【47件】
2007年 06月 【33件】
2007年 05月 【57件】
2007年 04月 【52件】
2007年 03月 【49件】
2007年 02月 【69件】
2007年 01月 【8件】

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