ともみ@ピクニック

あすから2月

この季節には「冬うつ」というものがあるらしいね。気温のせいなのか、日照時間のせいなのか、色んなものひっくるめて、体内代謝のリズムがくるってくるのだろう。だから、これといった心当たりもないのに、この季節、ゆうううーつ気分におそわれる人がいても、たぶん、大丈夫であります。季節が一新すれば、心も一皮剥けるでしょう。

なあーんて、人には言いたくなるわたしであるが(また「寒いのいやだな~」のわたしでもあるが)
今は「春になるのがこわい」という気持ちでいっぱいだ。

このままダウンした気持ちをひきずって春になって欲しくないのである。
なにもしないまま春になっては欲しくないのである。

春の陽気に<落ち込んだ自分>を照らされたくないのである。

時間の流れに、置いてきぼりにされたくないのである。

いっそ、冬のなかに凍結されてしまいたい(←嘘である)。

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輪廻の覚え書き

輪廻転生について、禅宗のある坊さんは「そんなバカなことはない。んなこといったら、インドの貧しい生まれのひとはどうなるっ。『こんな生に生まれたのは、前世の行いが悪かったから』なんていったら、これは大変な差別だ。輪廻なんてばかばかしい・・・・」と言っていた。うーん。この発言を聞いたとき、わたしにはわだかまりの感情がわくだけで、反論する確かな言葉をもたなかった。が、今はこういう考えに行きつつある。

⇒ 貧しい環境、障害をもった体、大変な運命などなどなどの元に生まれたことを「不幸」と見積もること自体が誤まちなのである。これに限らず、「魂」とか「あの世」とかもろもろの話につながるのだけど、「今の、目の前の価値観、目の前の常識だけ、で、はかろうとするから、そんなバカな!と言いたくなるのであって、土俵を変えてみれば、すっきりとした法則が見えてくる。(その法則とは何ぞや? 輪廻転生の法則である)。

ところで、「困難はそれを乗り越えられる者にだけやってくる」「自分は困難を克服できる選ばれし人間なのだ」のようなモノ言いが以前のわたしは大嫌いだった。(今も好きではないが)。ただ、「苦しみを和らげるために、そんな方便で自分を誤魔化して。けっ!」としか思わなかった以前に比べ、「生まれたならば、それ、それなりの理由があるのだろう」とも今は思うようになったので、上記のようなモノ言いも、以前ほど嫌いではなくなった。

先日の『未来世療法』(わたしはべったりとこの本に取りつかれているわけではない。たまたま読んだばかりなので―)に書かれていたことであるが、「私たちの魂は自分の両親を選びます」(29頁)らしい。へぇ。これを読んだわたしは格別に疑いはしなかった。「虐待する親の元に生まれる子供もいるが、どういうこっちゃい?」の疑問もわこうが、そこには実にシンプルな(拍子ぬけするほどの)答えが本書のなかに用意されている。そして、そのシンプルな答えこそが、人生を普遍的に表現しているともいえよう。

以下、メモである。⇒ 「輪廻転生はコンスタンチヌス帝の時代にローマ帝国が修正を加えるまでは、新約聖書にも書かれていたのです。イエス自身も、輪廻転生を信じていたのかもしれません。彼は弟子たちに、洗礼者ヨハネがエリヤの再来であることがわかったかどうか、たずねています。エリヤはヨハネより九百年も前に生きていました。これはユダヤ神秘主義の基本的な教義です。ある宗派では、十九世紀の初めまで、輪廻転生は一般的な教えでした。」(『未来世療法』20~21頁)。


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ああん。ううん。金たらい。

●午後4時半の起床。ここ三日ほど、睡眠時間が、たった14時間程度におさまってきて、まこと、よろしい傾向である。
●「定額給付金が入ったら、ホームセンターのなかで一番大きな、金たらいを買おう!」(かな)と思っていた。じゃぶじゃぶ手で洗濯するのは楽しい。これが何人分もの洗濯だったら大変だろうが、一人分の洗濯は、気分転換にちょうどいい。運動にもなるし(特に「ひきこもり」人間には)。しかーし、問題があるのよねぇ。脱水である。本日、もこもこ(毛布地)ひざかけを手で洗ったあと、脱水の十分にはできていないそれを、最初は風呂場に干し、しばらくしてからベダンダに干し、最後は部屋のなかに干していたのだけど、いつまで経っても、ポタポタポタ~の滴が切れないのだ。よって部屋のなかではまるで雨漏り対策のように洗面器で滴を受け止める光景が―。ああん。ううん。これくらいの不自由は受け入れるべきか、それとも洗濯機を買うべきか。
●いまさらなんで?と思われようが、なんとなくの自分のケジメである。去年の2月の未掲載だった日記をアップした。(ここ 等のページ)。(=「誰も読まんだろう」の一言は、この場合、自意識過剰に過ぎるだろう)。

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5%

春のような暖かさ。窓をあけっぱなしにして、くうーっ。(←足は正座。畳んだ布団に前屈で頭をのせる)。ラジオの人によると「今日は4月上旬の暖かさ」らしい。梅の前に桜が咲くわいな。毛布を干したので、お陽さまのにおいが、その後の睡眠世界にも充満した。

きのうは「ふうぅむ」の一言でごまかしたので、もうちょっと書いておこう。◆前世はある。と思う。(去年の春頃の日記は、ひよこのような内容だ。そっちの分野において。と、今は思う)。未来世も、実は、同時にあるらしい。そして複数の著作から知ったのだけど、未来世は、ひとつじゃないんだね。自分の意思、および人類の意思、で、選べるんだね。そして運命というのもあるらしいけど、それに人間の自由意思というやつは勝るらしい。ごほっ。前世の話に戻るが、わたしが、ワイス博士(精神科医)の前世退行治療に興味をもつのは、俗にいう「オカルト」を覗きたいという好奇心ではなく、そこに、氷解するものがあるからなのだ。なんの氷解か? なぜ人間には、身体的特徴、(なかなか自分の思いでは太刀打ちできない)思考回路、ふりかかる(言い方を変えれば、引き寄せてしまう)人生課題があるのか……etcの氷解である。そこには前世以前からの課題が今生に持ちこされているという、明確な回答が見られるのである。◆これはもっと月日をおいてから書こうかなと思っていたことであるが、今のところ、どの本を読んでも(冊数は少ないが)、どの悟った人の話を聞いても(もっともっとサンプルは少ないが)、どの宗教をのぞいても(ほんとに遠~くからの覗き見)、語っていることは本質、同じなのですね。同じ体験をしても、時によって、立場によって、性質によって、「語られることがばらばら」であるように、宗教も一見ばらばら、時には対立するようなことを示しているようではあっても、本当は、同じことを言っているのだ。◆人の意識は普段5%しか使っていないとか、「わたし」の意識は「みんな」の意識につながっていて、それは宇宙にもつながっていてとか、そういった知識感覚が、今ではごくごく当たり前のようにわたしのなかにある。ではなにが問題なのかといえば、頭のなかに「そういう感覚」があるだけで、身をもって魂の底からはまだ実感できていない、ということである。

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『未来世療法』

●雲ひとつない青空。こーんな日は、北陸の冬には珍しい。ここ十日ほど、ほとんど毎日20時間近く眠る生活だったのだけど、思いきってシャワーを浴び、着替えをし、自転車で遠出した。そして珈琲を飲みながら、Mなっちへのクイズつき手紙などを書いた。
●『未来世療法』(ブライアン・L・ワイス著、山川紘矢/山川亜希子訳)を読む。この手のものは信じる信じないによって読み方は大きく変わるであろうが、精神科医である著者は次のような考え方の持ち主だ――患者の見る過去世未来世がほんものか否かよりも、その体験により患者が癒され、より霊的に成長することが大切なのだ。ふうぅむ。ところで、わたしが本書を読んで「うーん、おのれに足りんな」と今更ながら思い出したのは、共感という力。「相手の立場を想像し、その感情を思いやる」ことにおいて殊更に能力が欠けていると自分では思っていないが、「共感」となると話は別だ。「ああだろう」「こうだろう」という想像力は並もしくは過剰にあるくせに、共感することが、とても下手なのだ。また、ニューエイジ(霊性復興主義者と訳せようか?)の閉ざされた社会性を心配し、それゆえに肉体をもつ喜びや、人と交わることから得る様々な感情、そして愛というものを学ぶ機会を逸していると指摘する著者の視線が、チクリとわたしには痛い。
●これはキリスト教神秘主義者のピエール・テイラード・シャルダンという方の言葉らしいが、人の存在を究極に言わしめる表現のひとつだろうと思うので、メモしておく。「あなたは霊的体験を持つ人間ではありません。人間体験を持つ霊的存在なのです」(『未来世療法』274頁)。

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世は旧正月

●大便がオレンジ色だ。きんかん色素が発揮されている!
●ときどき、ふうっと、自己表出が強すぎて、指示表出のあふれてこない自分が見える。そんな自分をトホホ・・・と思う。(両表出は、前にテレビで見た吉本隆明さんの言葉なのだけど、例えば「花を見た時に“きれいだな”と心のなかで洩れる」のが自己表出、そして「花を見て“きれいだね”と人に伝える」のが指示表出という定義である)。わたしの根性が独り善がりに篭っているのである。
●日付を変わってから、旧正月なのだ、とラジオで知った。

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イクラ親子

●冷凍しておいたイクラを、レンジでチンしたら、熱のあたり加減のせいだろう、ところどころ鮭の味がした。「ああ、親子だったのですね」と、ひとりごちて箸を運ぶ。くいっと、スピリッツを飲みながら。
●他人のウツの日記を読んで自分の慰めにしてはいかん! の思いがあって、ウツ病の日々を綴ったブログを訪れるのはずっと控えていたけれど、『ともみ@ピクニック』の現在のテンプレートを作った方のブログをたまたま訪問してみたら、その方は発達障害とウツ病を抱える若い女性であった。思わず拾い読み。「うんうん、わかる」の話がいっぱい。(そして「わかる」気持がさらに読み進む原動力となる)。その彼女、「なかなかお風呂に入れない」(これはウツでは珍しくない症状)だけでなく、やっとお風呂に入っても、「髪の毛が洗えない」のだという。そうかぁ。弱点のあらわれ方は様々だなぁ。以下は一般論である。何度も書いているが、ウツがひどくなると、普通のことが出来ない。例えば「部屋にエアコンがあるのに、テーブルの上のリモコンに手を伸ばすことが億劫でエアコンを使えない。そして寒い寒いと凍えている」、そういう状態に包まれてしまうのダ。一方でたまに何かをできる(散歩とか料理とかブログを書くとか、これも人によって様々)から、周りには「ちっともウツじゃない」と映るのだろう。よって当事者は「どうせ誰にも理解されないんだ」の穴に落ちてしまう。うんうん、ならば、「誰にも理解されない」ことを不自由とせず、自分のなかの自由を見つけていくしかないんだなー。

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ぱちりこっ

●夜11時の起床。ぱちりこっと目を開けた瞬間に心に浮かんだのは―、「ひとりが好きっていったって、ひとりで成り立ってる世界にいるわけじゃないのだしー」。毎日ひとりで過ごしていても、世間の代わりにラジオがあって、友達の代わりに本とネットがあって。それらは当然、どこかの誰かのおかげで存在し、「ひとりが好き」って発想は、ずいぶんおごっているよなー。
●翌朝にかけ、「そのうち」と思っていた仕事にとりかかる。ひとまず去年の1月分の日記をアップ(ここと前頁)。手を加えたい箇所もあるが、ま、そのまんまをアップである。さらりと読み返してみて思うのは、身内を失ったことの立ち直りの早さ(←当時の日記でも指摘していた!)と、一年前の今ごろは、今よりもずっと気持ちが健康的であったのだなー。ということ。恵まれた環境をいいことに、最近のわたしは寝放題である。
●アパートでの暖房はハロゲン一本に頼っていたが、きのうからコタツと灯油ストーブを数年ぶりに活動させた。部屋のなかが急に春のような暖かさになった。

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貧乏洗眼

午後目覚め、窓を開けたら、ちょうど粉雪の降り始めたところであった。瞬く間に地表が白くなる。けど1時間もしないうちに陽がさし始め、また「今夜はお刺身を食べたいなぁ」の思いがあって、外出することに。駐輪場に停めた自転車のサドル、横風に運ばれ積もったらしい雪が。手袋した手で払い除けようとしても、ちっとも雪は動じない。ひえっ。寒すぎて、積もった雪が凍っているのである。

夕方の近江町市場は、いつもの活気があった。きんかん、きのこ、麺、お菓子等を購入。それにしても、これを「買物上手」といっていいのかどうか分からんが、この市場での買い物はいつもお得感いっぱいだ。◇◇まず、きんかん。「家の庭に実ったのを安く譲ってあげるよ」的なのだ(もちろん実際は違うが。宮崎産だし)。買う時に「小粒と大粒どっちがいい?」と店人に聞かれ、「沢山食べた気分になりたいから小粒で」と答えたのだけど、これ、一ネットのなかに80粒以上だよ。(帰宅後、20粒ほど食べたあと、いくつあるのだろうと数えたら、残りが65粒あった)。これで2百円。きんかん大好きなわたしは、きんかん食べ放題の贅沢に、身を振わせている。◇◇きのこは「山で採ってきたのを直売」みたいな感じ。しめじとえのきの間のようなきのこなのだが、これも一袋の量がすごい。ラーメンどんぶりに一杯近くあるだろう。これで50円。◇◇麺は、いつもの製麺所の前を通りかかったとき、「3つ百円にしとくよ~」と声をかけられて、「ラーメン、蕎麦、うどん」各一玉と交換に百円玉を渡したら、「おまけ~」と、うどんを一玉追加してくれた。(その後、やり取りを見ていたおばさんが「うどん三玉」を買ったら、確かに百円であったけれど、おまけはなかった)。◇◇お刺身も、これは毎度のタイムサービスなのだけど、2~3人前のまぐろの上に、大きめの甘エビが数尾のって、4百円。◇◇この市場は全体がめっちゃ安いというわけではない。貧乏洗眼(←わたしの造語)のたまものだろう。「たまたま仕入過ぎた」とか「今日の目玉品」とか「残り少ないから安くしちゃう」というやつに、きょろきょろしながら歩いているわたしの体が反応するのだ。加えて、「お得な買い物をしたいのじゃ~」というわたしのテレパシーが対面販売の店人に伝わるのかもしれない。なお、食材買い物における「お得感」は、当然ながら、品の悪いものを安く買うところにはない。安くて新鮮でおいしい品!こそにお得感はある。

夜から本格的に雪が降りだした。きっと明日は白銀の世界だろう。

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真冬のつれづれ話

こういう発言は、時代によっては「ギロチン処刑台」行きであろう。
しかし、わきあがってしまったのだ。わきあがって、それはいまだ消えない。
         *          *          *
たとえば麻原という人を憎む。という心的行為はその道筋が肯定できたとしても
ほんとうはその心的行為を認めるべきではないのではないか。
もっといえば、「麻原という人を憎む」という
わたし(たち)のなかの心的行為自体を憎まなければならないのではないか。
「麻原という人」が社会にあらわれたとき、望むべき心の働きは
「憎しみ」ではなく、「憐み」をもつ、ということなのではないか。

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ホットみるくラム

20090124030410  賞味期限 09年01月02日 と印字された牛乳さま。
  封をあけられずに、ずっと冷蔵庫で待機しておりました。
  生でゴクゴク。うん、腐ってないな。
  温めて、ラム酒をたらして、夜のおともに。
(サイズが珍しく、パッケージも可愛いので昨年暮れに買ったのだ。「特濃」お味)。

おととい生のオバマさんの演説を楽しみにしてたのに、ぐうぐう眠ってしまって
いっとき目が覚めたとき、
FMラジオから流れるオバマさんの声(&同時通訳)をちょっとだけ耳にして、また
ぐうぐう眠ってしまった。
次の日の朝には、テレビのない金沢のアパートに戻ったので
ワイドショーなどで録画映像も見られない。
「世紀のオバマ演説を逃して、残念だ」 と思っていたら、こんな
冷泉彰彦さんと糸井重里さんの対談がネットで聞けるのね。
http://www.1101.com/reizei_akihiko/index.html
とても面白い。
           ― 1月30日(金)午前11時まで

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「したい」

おととしのブログに、「したい。したい。とてもしたい。でも―」という日記を書いた。
その近辺には性欲に関する話などを書いていたこともあり、
またその日記もわざと内容の真意をぼかす表現をとったので、
あらかじめ想像していたとおり、その日記の内容をわたしの性的な欲求ととらえ
読まれた人も多かったろう。(実際にそういう指摘を受けた)。
しかし、そのときのわたしの「したい」は
ある人に手紙を書いて送りたい・・・・ということだった。
もう何ヶ月、いや月を越えて年単位で、わたしはその欲にとりつかれ
とても苦しかった。
過去形で、今、ここに書いたけれど、それは今も消えてはいないのだろう。
(数日前もバスの車窓を眺めながら、その感情をふうっと思いだした)。
ただ、そのことをここに告白できるほど、わたしの何かは変わった
と思いたい。

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『明恵 夢を生きる』

明恵は鎌倉時代の高僧である。彼の歩んだ華厳の世界は残念ながらその後の日本で大きな広がりを見せなかったけれど、たとえば、明治憲法に至るまで我が国をささえた法「貞永式目」、その制定に明恵が大きくかかわっていたとの山本七平の指摘があるそうな。つまり日本人の生活を律する思想の根本に明恵の教えが生きていた(いる)のである。■明恵の宗教心の深さをあらわすエピソードは事欠かない。明恵の美貌を誇った父が「大臣に仕わせよう」とたわむれに言ったのに対し、「自分は僧になるのだから、それは困る」と明恵は考え、自分の顔を傷つけようとした(縁から落ちようとしたり、火箸で顔を火傷させようとしたり、どちらも未遂らしいが)のは、4歳のときのこと。「われはもう老いた。どうせ死ぬのなら、衆生のため、虎狼に喰われて死のう」と、墓場で一夜を明かしたのは、13歳のときのこと。また青年期になってからも、まわりの僧侶の堕落に失意し、もはや剃髪や僧衣はほとんど意味がないと考えた明恵は、仏道への志を確立させたい思いから、「眼をつぶしてはお経を読めなくなるし、鼻をそいでは鼻水が落ちてお経を汚すであろう。手がなくなると印を結ぶことができなくなる。そこで、耳を切れば、耳は切っても聞こえるために法文を聞くのに不自由はない」(*1)と、自ら耳を切る。さらに明恵らしいのは、そんなことをして「崇敬に妖(ばか)され」て、望みもしない出世をしてしまうのは困るなぁとの心配も怠らないのである。■明恵は、俗にいう「テレパシー」も手中におさめていたようであるが、そのすごさを騒ぐ弟子たちに「修行をしていれば、誰でも可能なことだ。なんら不思議なことでない」と諭し、他言はするなとも言っていたらしい。そして晩年の明恵は、同時代に肩を並べる者のないほどの(ちなみに明恵と親鸞は同じ年の生まれ)高僧となっていたが、最後まで内的な修行を怠らなかったという。■臨床心理学者の河合隼雄は、明恵を「彼は世界の精神史においても稀有と言っていいほどの大きい遺産をわれわれに残してくれた。それは、彼の生涯にわたる膨大な夢の記録である」(*2)と表現しているが、19歳から亡くなる前年(60歳で入滅)までの夢、およびその解釈を、明恵は書き記している。当時の人々が夢告をいかに大事にしていたかは、親鸞の六角堂での夢告(このために現代まで続く浄土真宗が起こったともいえよう)などからも窺い知れるが、明恵の場合は、夢と覚醒を差別する意識の隔たりがなく、夢、およびその解釈は、彼の修行、あるいは修行の結果、さらには修行の道しるべでもあったのだろう。■な~んてことを、わたしは『明恵 夢を生きる』(河合隼雄・著)から知った。(上記にあげた明恵のエピソードは本書に依る)。本書では明恵の夢およびその解釈が河合隼雄の添えた言葉でいっそう膨らみを見せている。そして夢の秘める力を、現代人に示している。

(*1) 『明恵 夢を生きる』164頁
(*2) 『明恵 夢を生きる』16頁
年齢は、『明恵 夢を生きる』に習い、数え年である。

< 追記 >
◎夢、といっても、ぐうぐう寝ているときの夢ばかりではない。修行の最中にみる幻想(ビジョン)も含めている。
◎「ぐうぐう寝てばかりいる」わたしだが、ここで、自らの睡眠時間の多さを免罪しようという意図はもちろんない。

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遠回りな自殺

先ごろ、大阪の元派遣労働者が栄養失調状態で死亡したらしい。「収入が途絶えたゆえの餓死」とも見られているとか。言いかえればこれは「生活の糧を失ったことを理由とする、遠回りな自殺」となるけれど、うーん、ならば失業が根本の問題?と考えてみると、「そうじゃない」と、わたしは思ってしまうのだ。やっぱ、「生きていくこと」「生き続けること」への気力をはぎとられたことが、一番の根っこにあるんだろうな。不況不況というけれど、まったく選ばなければ「職」を得られる人間は多いと思う。けれど、そう上手くは社会が回らないのは、コマとなって働いても、決して幸せになれるわけでない、という読みを現代人が抱いているからだろう。仕事うんぬん以前に、「生きる喜び」を忘れてしまっているのである。生あるものはすべて苦しみを抱いている。すべて悲しみを抱いている。という考え方にわたしは肯く。けれど、現代ニッポン人の多くは、そういう人生同伴として与えられた苦や悲とはまた異なった、時代漂流的な苦や悲を味わっている者が多いのではなかろうか。(ま、どの時代も、時代に則した漂流要素はあるかっ)。

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エネルギー

人間、臨終間際でもない限り、相当なエネルギーを外に出していないと、心と体の調子を崩しちゃうんだろうなぁ。そのとき、その環境で、エネルギーの質とか量は変わってきちゃうけど、内なるものが求めるエネルギーの放出を適切にできていれば、その人は少なくとも精神的には健康でいられるだろう。▲鬱病のヒトは「エネルギーを上手く取り込めない」との見解がある。わたしもそれに異論はない。けれど、加えて、「取り込んだエネルギーを上手く燃焼できない」とか「自分のなかで生成しなおしたエネルギーを上手く放出できない」という点も見逃せないのではないか。▲今のわたしは、エネルギーの放出が上手くいっていないのだと思う。

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