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ハヤシライス風

ゆうべからの延長でずっと起きていた日。■テレビをつければ、「オバマ」「オバマ」。その熱が羨ましくもある。本日の主な出来事 → 午前、姉がもってきた、けいちゃんの夏用パジャマズボン(膝っ小僧の所が破れてる)、じょきりっと半ズボン用に切り、ほつれないように纏り縫い。その後、姉が母をクリニック(定期的に通っている)に連れて行ってる間、留守番ついでに、オレンジ色の糸を出してきて、けいちゃんの名前を刺しゅう。うん、水色と白のギンガムチェック地に、いい感じの仕上がりだ。昼は、かき揚げを作り、大根をおろし、先日の母の温泉土産の蕎麦を食べる。午後コタツで少しうとうとする時間もあったけれど、なんとか持ち堪える。(自分自身のためもあるが、これ以上「昼間寝ている」と、母のストレスも上昇するだろうから)。晩は、前日の野菜と豚肉のごった煮を、ハヤシライス風に仕立てなおす。■本日、大寒。きのう、おとといと、3月並みの暖かさだったらしいが、きょうもわりと暖かいぞ。庭の雪も、ほとんど溶けた。

「間がさす」は何故軽罪なのか

どうも、よくわからない。傷害や殺人などにおいて、衝動的な犯罪は罪を軽減されやすく、計画的な犯罪はなぜ逆の方向に作用するのか。念入りに計画したり、それを犯すために準備した時間が悪なのか。そして長期的に悪の心をもったことが罪なのか。あるいはその状況を打破できなかったことが罪なのか。片や、衝動的な犯罪は「間がさした」という名の寛容さで、罪の重さを包み込めるというのか。ふぉん。例えば、「<悪>を抱いて、心の底から楽な人間はいないと思う。(表面的に楽になっても、無意識レベルでは苦しいだろう)。計画的犯行の場合、そこに至るまでの苦しい苦しい時間、それを止められない自分という苦しみから逃れなかった事実、それを考慮されることが皆目ないのはどういうことなのだろう?」という考え方だって成り立つはずなのに。心神喪失者が罪を免除されるのは「罪を憎んで人を憎まず」の要領だと思うけれど、それならば、衝動的な犯罪も計画的な犯罪も、罪の重さに差をつけるべきではない、という考えだって出来るはずなのに。結局は「社会全体の利益」(という理想)を最大の要にして罪の重さを決めるというお約束に行きつくのか。

以上、先日テレビを見ていて、ぽっと心にわいたこと。(ちなみに、テレビは「殺人などをおかした心神喪失者が、刑ではなく、手厚い精神的治療を受けている」、その様子を紹介する番組)。

まっすぐ ← ほど遠いわたし

夜の10時に起床。(眠りについたのは同日早朝)。テレビのなかの人によると、今日は全国的に暖かだったらしいな。そうですか。そうですか。ついでにテレビのなかの人は「アメリカでは今日、ボランティアの日です。オバマ次期大統領も~」とお話していた。■日本人の道徳教育に奉仕は合わない。奉仕なんて、キリスト教の発想だ。日本人には奉仕よりも坐禅と托鉢がいいのである。と、梅原氏が書いておったけれど、うんうん、分らなくもない。どうもね、奉仕には、「それを施される対象以外へのアピール」が込められている気がする。(マザーテレサはその施しを、「民衆のためにやっているのではない。キリストのためにやっているのだ」と語ったそうだが、そこに奉仕の原点があるのだろう)。日本人ならば、慈悲だよ。慈悲。誰に知られなくてもいい、わき出る慈悲の心を満たすために、行うのだ。■話は変わる。年賀状の「お元気ですか」という添え書きにすら、ぬくもりを感じられる人がいる。すごいなぁ。「大量印刷した年賀状に添えられた、あってもなくてもかまわんような一言」そこに“お義理”を感じることもなく、世の中を見つめられる、まっすぐさ。うらやましい。(←ややもすればイヤミに受け取られかねんが、これはイヤミではない。本当にうらやましいのだ)

ボランティア

上記、ボランティア(奉仕)の話を書いたついでに、前から思っていたことを――。「阪神大震災のとき、ボランティアに専心する若者の多さに、心ひっかかるものがあった」と、ある心理学者が語っていたが、そういわれてみれば、わたしもひっかかりはする。「そんなに自由な時間があるの」との驚きよりも、そういうことに飢えていた(人の役に立ちたい。身をもった共感を体験したい)若者の多さ。ところで去年から、「若者が地方に出向き、さまざまなボランティアを体験する。そしてそれにより若者たちは成長し、地元の人にも喜ばれる」というTV番組がある。わたしもぼんやりと見たことがあるが、なかには「高齢の過疎村に行き、村内の墓地の草むしりをする」場面もあった。そして、そのときの、充実感に満たされた顔の若者の言葉が、わたしは気にかかった。「自分家の墓の草むしりはしたことない」。結局そういうことか。身近にはきっといっぱいいっぱいボランティアの材料は転がっているだろうに、そこには目をやらず、外に外に目がいきがちな、現代。若者に限らず、「人に喜ばれ、自身の存在を確かめ、そこで自信を得たい」人間は、いっぱい、いる。(わたしも若者と同類の面はある。身近なことよりも、外のボランティアをしたほうが、充実感を感じやすいだろうという意味で。身近なことは日常のひとコマになりやすく、そこからは充実感も薄れるというものだ)。

ボランティアついでに、もうひとつ。何年も前、日雇い労働者の町で年末年始の炊き出しの手伝いをしていたとき、小学生くらいの男児を連れた中年夫婦もボランティアに来ていた。なんかなぁ。「子供時代から、こういう世界を見よ」という教育か。ボランティア精神が高まったゆえか。しかし、わたしは、なんとなーく、「いい教育してんだもーん」という匂いを、その家族から感じてしまった。やっぱ、日本人には、慈悲だよ。(慈悲は隠れてせよ)。あのときの家族に言いたい。「人のために役立ちたいなら、子供に、お年玉をあの界隈で寄付させる」発想もありと思うのだけど。(そのほうが喜ばれると思うなー)。ボランティア、そのもの自体に価値はあろう。しかし、ボランティアを尊しとする精神は、人にエゴを植え付けはしないか。ましてや、炊き出しのような場所で「えらいねー」と褒められることにより増長するかもしれん子供のエゴを、親はどうやって繕うつもりなのか。

これはなかなか通じにくいかもしれないが、わたしはボランティアを否定しているのではない。ボランティアの行為自体は尊いものであると思う。

ウツ

「んなこたぁ、百も承知だぁ」な内容が多いので、ウツ本を書店で見つけても目をふせることが大半だけど、それでもたまに「すがる」ような気持ちで手を伸ばすことはある。■去年立ち読みしたなかで一番記憶に残っているのは、次のような内容。<ウツ病の人は、人前ではそれを出さないようにふるまっているので、家族や友人の理解を得られないことが多い>。心のなかでわたしは手をたたいた。ごくごく少数に「ウツ」を打ち明けたことがあるが、その後会ったときには、「なーんだ。ぜんぜん普通じゃない」と決まって言われる。当然だ。基本、すこぶる調子が悪いときは絶交覚悟で人との約束はキャンセルする。会えば会ったで、できるだけ「ウツとは離れた」表層を出すように心がけているんだもの。普段身近にいる家族などには、心配されるのが何よりつらいので、大いなる怠け者を演じてもいる。(ま、そういうふるまいができるのは、病が軽症だからであろう)。■「ウツ」を免罪符にするのはイヤと言いつつも、心の奥底では、その免罪符を拠り所としている自分もいる。(なのでこんな日記を書いている)。

先晩のラジオ

先晩のラジオで、ある日突然娘が殺人事件の被害者となり、その数年後には妻が電車にひかれて他界(妻は娘を亡くしてから精神を病んでいた)した男性の語りが放送されていた。例えば、冒頭の話―警察から「娘さんは今日どんな服装でしたか?」を問う電話がかかり、やがて家族が警察に赴いても、娘の死亡はおろか、事件の発生さえも知らされず、ただ時間が過ぎる。男性、妻、もう一人の娘と、順番に、ひたすら長々と家族の経歴を取り調べられていた―。娘の死は、警察とのコミュニケーション、裁判のあり方などを通し、殺人事件に付随する二次的三次的な痛みを家族にもたらしたという。その語りは、もう何年も前のことであるのに、生々しさ漂い、具体的で、体験の強烈さをにじませる。遺体と対面したときの記憶がのちに妻を大きく苦しめたさまはホラー映画を超える。特にわたしが印象的だったのは、「犯人の逮捕を願っていたが、それが叶ったことで(それ以前にはない)あらたな苦悩が生まれた」という話。日々アナウンサーが伝える事件をいくら眉をしかめて聞いていたって、茶の間のわたしには所詮「箱のなかの出来事」なのだなーと再確認した夜。茶の間に伝わるもの、それは陳腐なおごりだ。

冬型天気緩む

●きのうの積雪は10cmほどであったか(降雪と積雪はもちろん違う)。ゆうべは夜11時には床にはいったはずなのに、起きたら、夕がたの6時近かった。うーん、遠い遠い世界に出かけていたようだ。暮れた庭を見たら、雪がだいぶ溶けていた。「強い寒気」はひとまず落ち着いて、来週からはひたすら「傘マーク」の天気予報である。
●遠い遠い世界・・・・というのは、おかしなことを云うようだけど、もう睡眠界と覚醒界の境目さえとけてしまう、そんな世界。うーん、まっとうな視線を保っている人には「?」な説明だろうが、睡眠が永遠の時間のなかに存在している、あるいはそんな感覚。
●晩御飯のおかずに作った、マーボ豆腐、キャベツと小エビの和えもの、水菜とエノキの煮びたし、どれも、ひじょうーにマズかった。

園長さん

友人の子が通っている保育園、園長さんが百歳近いおじいさんなのだと。で、手にはいつも「お菓子袋」をもっていて、会う子、会う子に、お菓子を配っているという。その話を聞いたとき、わたしはてっきり、「ときどきしか園にやってこない」園長さんなのだろうと思ったが、さにあらず。毎日、やってくるという。つまり、毎日、毎日、子どもにお菓子を配っているのである。今の親は「おやつ教育」(やたら甘いものを食べさせてはダメ。チョコレートは虫歯の原因になるから食べさせない。など、祖父母世代との確執の原因にもなる)をしている人も少なくなく、この園長さんのあり方には否定的な親もおるだろう。おまけにこの園長さん、園の催しなどにもしっかり参加されるが、いつも、こっくりこっくり居眠りしてるのだという。ふふふの、ふー。わたしは、この園長さんのファンになりそうである。幼い頃に「見た目、生産性の低い」じじ・ばばと触れ合う時間は、その人の財産となろう。気づくのはずっとあとだけど。

ユートピア村より(か?)

< 昔は、人類に教えを与えたような人たちは、いまより貧乏だったけれども、楽しく生きていた。労働そのもののなかに宗教や芸術があった。ところがいまや労働は宗教や芸術を離れてしまった。労働はまったく苦しい仕事となってしまった。そして宗教も疲れていて、近代科学に置きかえられた。> ・・・・これは、宮沢賢治「農民芸術概論綱要」のなかの「農民芸術の興隆」の一節を、梅原猛の言葉に置きかえたもの(『梅原猛の授業 仏教』226頁)。

賢治の時代でさえ、これだ。現代の労働事情が、これを加速しているのは間違いない。(今は無職のわたしであるが、これまで「機械になりきる」ような労働もいっぱいしてきた。だから実感としていっているのだ)。▼ところで。昨今の失業者ニュースを見ていると、度量の狭さを感じるなぁ。[労働の喪失×大量]=社会にとって大きな問題だろう。だけど、そこばかりにスポットをあてるのは、大事なものを見逃しているような気がする。ユートピア人間のたわごとと笑われるかもしれないが、「こんなご時世をも肯定的に包み込む社会の勢い」が欲しいんだよね。▼わたしは、雇用における問題以上に、人と人のつながりの底力の弱まりに、現代社会の痛点を見る。それぞれ事情があろうから一概にはいえないが、「労働を解雇になったその日から路頭に迷う」―。こりゃ、人間(友人・先輩後輩・家族など)関係の喪失じゃ。(失業率最高位ながら内地からの移住希望者の高いオキナワ。そこにヒントはないの?)。

昨晩のテレビで、韓国社会のインターネットの悪質書き込み問題をやっていた。これも、うまく説明できないけれど、労働と同じような視点の窮屈さを感じるんだよね。個人の閉塞感を「他者への攻撃」によって昇華しようとする人間品性の低下。(いつの時代もそういう人はいるだろうけれど、今は総体的に品性が下がっている気がする)。それこそが一番の問題だとわたしは思うのだけど。(ま、品性を議論したからといって、解決を見ることはないのか・・・・。人と人とのつながりを論じたからといって、腹がふくれんように)。

戸締りをキチンとしても、窃盗被害には遭う。案外、カギをかけずに出かけると、泥棒も寄りつかぬのだ。そういうことを、みんな、忘れてしまったのだろうか? 雇用問題も、ネットの書き込み問題も、「カギをかけることばかり」考えている。カギを懸命にかけ続けること、それは過労死や自殺に至る人の心の過程にも見られると、わたしは推測する。

はいっ。ユートピア発言をおわります。(例えば、少子化問題に対する騒ぎ方も、わたしは視点の窮屈さを感じている。この問題を騒ぐ人たちは、考え方がワンパターン過ぎる。・・・などなどと、話は尽きないので、お口にチャックである)。

冒頭の「農民芸術」とは大きく話が飛んだなぁー。

kiroro

●母がきのうより、2泊3日の温泉旅行に行っている。
●夕方、お祖母ちゃんの顔を見に行ったら、ちょうど、おイモを食べているところであった。しかも、横になりながら。まったくー。「食べるときは、ちゃんと起きて食べて(誤飲したら大変)」と先日伝えた際に、「いつも起きて食べてるよぉ」と返したくせに、これだ。このことに限らず、お祖母ちゃん、とぼけているのか、ぼけているのか、(「と」が有るか無いかで大違い!)、「まったくー」なことが、たびたびある。
●秋に収穫したおイモ、ひと季節が過ぎ、ますます甘味がでてきた。ふかしても大変美味だが、干しイモにすると、目を丸くするおいしさ。
●夜、テレビでちょっこと、Kiroroを見た。キレイになったなぁ、二人とも。歌も情感深くなった気がする。芸能世界で築かれた美や、テクニックによる歌の上手さじゃなく、そこから離れた、結婚・出産・新しい生活環境のもろもろが、Kiroroを成長させたのだと思う。

梅原猛の授業

『梅原猛の授業 仏教』を読む。これは東寺の境内にある中学校の生徒に行った授業を文章化したものであるが、宗教を多角的にとらえ、かつ日本仏教の基本エッセンスを詰めた、わたしにとって大切な先生のような本である。■桓武天皇が京に都を移したのは叡山に最澄がいたからだとか、京都の遊び場(祇園など)を開いたのは時宗(浄土教)の僧であるとか、仏教がいかにこの日本を作ってきたかを思い起こさせる。また、歴史の教科書に載っていた固有名詞が、ここでは流れるような物語となって語られ、おもしろい。■昨日のTVで「東京ディズニーランドでの成人式」映像を見たけれど、「そんなもんするくらいなら、この本を新成人に配れ」と思う。過去を見て、未来を考えさせる本でもある。■余談。去年6月に、わたしは東寺を訪れている。本書の内容とその思い出が繋がる場面もあり、一層興味深かった。

雪あい大根

年末から雪の降る日は多かったものの、なかなか積もらず。だが、いよいよ冬本番になってきたぞい。▼未明、しんしん(不思議なことに、雪が静かに降るさまを見ていると、頭のなかに「しんしん」の音が響くのね)降る雪を見てたら、みょーに、わくわく。▼午前中に起きると、昨日より一層の銀世界であった。コタツに入って飲む甘酒が一段とおいしく感じられた。▼船の上で冷凍したサンマをもらったが、スーパーで買う生サンマと変わらぬおいしさ。刺身にしたり、甘酢煮にしたり。(作ったのは母であるが)。▼サンマといえば、欠かせないのが大根。冬大根はただでさえ美味なのに、雪にあった大根は、野菜と思えないほど甘みが強く、みずみずしく、かつ、しゃきしゃきの歯ごたえ。このまま食べても「果物」と通用しそうである。

さといもベッド

●銀世界。「冬っ!」て感じで、嬉しい。
●午後は祖母のところに集まって、叔母たちと団らん。近況報告、料理の話、皇室や政治の(ワドショー的な)話、えとせとら。日常の時間が戻ってきたと実感。まこと平和だ。
●親の家の二階のベッドには、さといもが眠っている。ぬくぬくと幾重にも布団をかけられて。今年はそれに加え、さつまいもも少しだけ添い寝。暖かい日は蒸れないように布団をはぐり、空気の入れ替え。ときどき人間に食べられるため、ベッドから連れ去られることも。こうやって、毎年、さといもは冬を越す。

祥月命日

D寺へ。いつもは自転車30分の道のりを、長靴で雪を踏みしめながら進んだら、たった1時間で到着してしまった。暁天坐禅。その後、朝のお勤めはさぼり、まだ明けぬ道を再びてくてく。往きは傘を重くする雪をときどき掃うほどであったが、帰りは降雪もおさまって、路上の融雪水がアスファルトの上をしゃーしゃーと無駄に流れていた。朝のうちに親の家へ。爺さんの初めての祥月命日である。親戚たちを招いての一周忌はすでに済ませてあるので、本日は家族のみの法要。午前中、お経を読んでもらったあと、お墓参り。午後はお祖母ちゃんと、おしるこを楽しんだり。実にあっけなくこの日を迎え、あっけなくこの日を過そうとしている自分に、自分でも驚きだ。爺さんがこの家にいたときと、この一年、たぶん本当は、なにも変わってはいない。メジロが庭木にとまり遊んでいる。

降りそそぎ

「爺さんの生きた時間に帰りたい」といつも思っている。同時に、そこからずっと遠い場所にきてしまったことも実感。一方、爺さんのいた時間のなかにわたしは絶えず生きてもいるのだ。(←証明できないけれど!)。▼この一年、爺さんから与えられたものは多い。「死んじゃった」というショックに押しつぶされずに、わたしや家族が毎日を過していられるのは、生前の彼がのこしたもの(一言でいうと、それは「気持ち」という目に見えないものになる)が、今もわたしたちに降りそそぎ続けているからだ。爺さん、盆栽の新芽を抜いてくれるわけでも、畑を耕してくれるわけでも、もうないけれど、これからもずっと、目に見えないものをわたしたちに与えてくれると、わたしは思っている。▼昨年末、友人知人への挨拶葉書に書いた言葉――晩年の父の誇らしい姿に寄り添う時間があったことは、わたしの生涯の宝です。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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