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いっそ小さく死ねばいい

●森山直太朗の歌う「生きてることが辛いなら」という曲、このたび年末の大きな大賞の作詞賞を受賞したらしい。それにちなんだ記事を読んでいると、この曲の冒頭「生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい」の歌詞が「自殺を勧める表現では!」と発売当初は物議をかもしたとあった。ふうん? 「生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい」、ここから「そういう」読みをする人もいるの?と、わたしには驚きだ。このどこに自殺のにおいがするのだろう。「いっそ小さく死ねばいい」の言葉からは「生き続けるための、自分のなかの方策」なる意味合いがわたしには伝わるのだけれど。同記事には、最後の「くたばる喜びとっておけ」まで聞けば「これは生へのメッセージ」ということが分かるだろうと記されていたけれど、そこまで聞かなくとも、「生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい」だけで、十分それは伝わると思うのだが。ヒトの受け止め方って、ほんと、色々だ。(余談だが、この曲の作詞は御徒町凧さん。昔聴いていた森山直太朗のラジオでよく彼も登場していたのだけど、そのときから、「御徒町さんはすごい才能持ち」と、我は睨んでおったぞよ)。
●日曜の坐禅会。となりのおジイさんが体を前後にゆらして眠っていた。気持ちよさそうであった。

ひりゅうず

ひりゅうず。片手でははみ出すほどの大きなひりゅうず。夕方の「東京ストアー」にて買ってきたそれを、昼に作った煮物に投入。ぐつぐつぐつ。ぐつぐつぐつ。じっくり味がしみこむのを待ちきれなくて、まだちょっと早いような気もしたけれど、早々、お椀に盛り、いただく。はふっ。ふゎぁぁ。筍、蓮根、人参、牛蒡、銀杏などが、豆腐といっしょに口のなかで踊る。▼「ひりょうず弁当」というのを、都会のオフィス街でワゴン販売したら、いけるのでは?と思う。どーんと一個大きなひりょうずとお汁がメインで、あとは麺(米麺が合うかも)や餅、季節の葉野菜(今なら白菜)、葉物以外の野菜(例えば馬鈴薯)、「精進」にこだわらないなら魚の練製品や三枚肉煮込みやウインナーなども、客の好みで付け合わせる。飯粒が恋しくなる客もおろうから、「ご飯」の別販売もいいな。肝心なのは、ひりょうずがどーんと大きくて、それだけでもある程度の満足感があるということ。おでん風の味付けが一番合うと思うが、冒険商売したいなら、カレー風、酸っぱ辛い風、ピリ辛い風、中華風など、お汁にバリエーションをもたせるのもよし。(これも客が好みで選ぶ)。トッピングの薬味はサービスで。いいと思うんだがな。▼久しぶりの朝の参禅。夜景がきれいであった。あすは冬至。

後日の追記 やはり和風の味付けにするべし!だな。上記のような「子供だまし」な味付け商売はいかん!のである。

もんぺ

ぐはっ。正午少し前、やっと復活。(午前もっと早いうちから、「そろそろか。そろそろ体を起こせるか。ここでぐはっと体を起こしお湯でもわかせば、平常人近くに戻れるのに」の予感を抱きつつ、それでもなかなか臥せた状態から抜け出せないでいた。最後は「おっ、お腸さまが活動あそばしたよう」なる、トイレに誘惑され、体を起こすことが出来たのである。わたしはね、信じてましたよ。わたしのなかの何かが満ちるのを。■シャワーを浴びて、コーヒー飲んで、軽く食欲を満たし、おでかけ。いくつか所要を済ませたあと、近江町市場へ。うーん。時節柄カニづくしの市場である。でも、わたしは買わない。最近、再開発工事の先発としてオープンしたエリアなどをぶらぶら歩いたり、でも結局はなじみの店で買い物。百万石うどん(製麺屋の名前)のきしめん、2玉。生魚の気分でなかったが、ここを通るといつも小銭を握ってしまうお魚屋さんの刺身。(「盛り合わせ」の名前で売っているが、どうみても「てんこ盛り合わせ」なのである。軽く二人分の内容)。そして、60代以上御用達のような衣料品店で、もんぺ。(前からもんぺが欲しかった。裏地が付いてて暖かい!)。■どうだ。まる48時間ぶっ続け寝込んでいても、このように「日はまた昇る」のである。夜は、ふと思い出した人に電話をしてみた。相手も一人なので気兼ねなく長話。その人は、今夏より犬を飼い始めたと言っていた。

「現代人は総病人」傾向の時代のなかで、我も一人前の病を抱えているのだろう。これを認めちゃうと、まず「病人なのだから」という甘えが先行し、「そういう甘えはマズイだろう」認識が頭をもたげるので、慎むようにはしているが、やっぱ、「健常ではない」のは確かである。もうひとつ言えば、どこからどこまで生来の怠け病ゆえなのか、その線引きが難しい。

最近は「軽い程度の調子の悪さ」は日記に書かないよう勉めているのであるが、日々、凹むことはある。当然、心が曇りの日もある。また内面の、そわそわ胸に浮かぶことも、書いていたらキリがないし、わざわざ書くことにより精神に緊張状態をもたらすのでは(→精神衛生によくない)と思い、日記の内容も慎んでいるのであるが(加えて、単に「めんどくさい」の理由もある)、そうなると自身を見つめなおす機会をますます逃し、自分の状態を自分でも掴みがたくなる。

「感受性がある種の病気なのだ。決して、感受性が豊かなのではない。病的に感受性が強いだけ」と、自身を思う。ある人から「わたしに輪をかけるほどのクヨクヨ病」のヒトのことを聞いて思い至ったのだけど、これって、ほんと、「本人が本人にだけ通用する世界のなかで、強い何かに支配され、周りはいい迷惑」なのである。ごくたまに、わたしが心の内の一部を親しい友人などに開示すると、「ええ~、そんなこと思ってたの? 考え過ぎ!」と必ず言われる。本人には非常に苦しい問題(*)であっても、シャバの人々には“その程度”なのである。本人の感受性の強さ(繰り返すが、豊かな感受性なのではない。病的な感受性なのである)は、まわりまわって、周囲の迷惑なのだ。そして、上記の「クヨクヨ病」のヒトであるが、実はわたしはそのヒトのことを知っており、わたしから見ると「とてもマイペース」なヒトなのである。ときに他人への配慮に欠く発言をしても、本人は一向に気にした様子はなくて。感受性が病的に強い人は、自分が特別に気にすること以外、とても鈍感な世界に住んでいるのだろう。

(*)わたしの場合、「自分の苦しみの種は総じて、自分以外の人間にとって、屁(へ)のようなもの」という認識をもっている。(わたしのクヨクヨや落ち込みの元は、常識外れなのだ!)。だからこそ、いちいちを人に話せず、厭世感が深まる、というのはあるかもしれんが。

本音をいえば、シャバの付き合いを(家族含め)捨ててしまいたい! が、そんなことしたら、気が狂うほど寂しいだろうと、十分予想もされる。結局、どっちつかずのなかで、道を探るしかないのだ。(道を求め、はや四十年。いまだ、どこを歩けばいいかわからん)。道があるとしたら、二元論の世界を飛び越えて、もっと、おおらかなところに導かれる道であろう。

ホンモノ「蒲団人間」参上

こんな日記を書いているのは、もちろん復活した後日だからであり、日付どおりでいえば「本日はまるまる蒲団人間」なのである。トイレに何度か立った以外は、前日の午前からずうっと蒲団の上で横になっている。のどが渇いて、たまたま近くにあったお水を飲んだりしたけど、基本的にはずうっと横になったまま。そのうちの大半は睡眠界にお出かけしており、ときどき、うつらうつらと覚醒。夜、蒲団人間を連続36時間もやってると、さすがに腰が痛くなったけれど、負けずに(!)横になっていたら、いつしかその痛みも和らぎ、また眠ってしまう。そして次に覚醒したときは、腰の痛みもすっかり消えているのである。どうだ、ここまでやって、はじめて「蒲団人間」と名乗れるのである。世の人々が「10時間寝た」だの「12時間寝た」だの珍しそうに言ったりしているが、あんなの、我から見たら、おやつ程度の睡眠なのである。

タコ寺院(仮名)

蒲団人間のあいだ、たくさんの夢をみたのであろうが、ほとんど忘れてしまった。唯一、ぼんやりと思いだせるのは、「線香とローソクを、合わせて百円で買えるはずなのに、ふぅえん、2百円もするではないかっ。でも、ま、いいな。一緒にいる人(たぶん姉)の分と二人分ということで、2百円でもいいか」と、思っている夢。なんじゃこりゃ、だな。話は飛ぶようであるが、この夢の情景には、(夢で覚えているのは線香などが置いてあるところだけ)、心覚えがある。先日、京都をぶらぶら歩いていたときに出くわした、繁華街のなかの寺院の一角だ。で、以下、夢でなく、先日の出来事なのだけど、その寺院で、不気味にも思えるほど熱心に拝んでいた女性がいた。歳、我と同じほどか。身なりは、はっきりいって「どーでも、ええ」という感じで、女版オタクのような雰囲気。まあ、そんなことはいい。わたしもせっかくの機会だからと、狭い寺院内のいくか所かで手を合わせていたのだが、途中、その女性が我の近くで何かぼそぼそ言っている。最初は「ひとりごと?」「売店の人に話しかけている?」など気にしていなかったのだけど、その後、別のところで手を合わせる我のそばにぬうっと彼女はやってきて、耳元でささやくのである。「・・・・・色々あるわよね」。ぎゃお。「いえ、別に特別なことは何もないのですが。そもそも信心深くないのですよ、我は」とは、もちろん声に出して言わなかったけれど。あー。彼女は色々あって、ご同輩が欲しかったのかしら。わたしがその寺院を去ってからも、彼女はまだ熱心に拝んでいるようであった。ちなみに、その寺院の名前は忘れたが、タコ(木製の)がまつられている所である。

空きびんショック

■金沢の「空きびんを捨てる」日。ぐず太郎である我は、きのう金沢に戻ればいいものの、結局、今朝、親の家を出る。んで、んで、結局、集びん時間に合わなかった。ああ、ひと月に一回しかない「空きびんを捨てる」日。(たぶん1年以上分がたまっているのではなかろうか~)。ショックである。
■窓の外は青空なり。このショックを抱えたまま、お布団を敷き、寝込む。どう考えても、「やらねばならんコトがたまっており、こんな晴れ日は特に外の用事を済ませられる、貴重な日」なのであるが、それを重々承知の上で、寝込む。「空きびん」ショックは単なるきっかけである。自分でも「うたれよわい」と思うのだけど、日々、霧吹きでしゅーしゅーと発噴されるように身にかかる世事に「たんまり、うんざり」しているのを、咀嚼しないように咀嚼しないようにしておったツケが、ここでドンと出てきたのだろう。
■10年以上前、那覇から乗った高雄(台湾)行きの船のなかで会った青年から、季節の挨拶の便りをもらった。この青年は毎年末年始、国内やアジアの湯治宿で過ごしており、この時期にいつも近況などを知らせてくれる。それによると、今年は九州の温泉権利付きの土地を買ったとか。いずれ山荘風の家を建てる計画らしい。うーむ。もし家を手作りされるなら、今後の参考のためにも、手伝いに行きたいぞ。

クリーム煮

どおったの?という陽気。小春日和といっていいのか。遠くの立山連峰は見える限りの裾野まで白いぞ。お布団干を久々に干す。▼昨日、約20キロの蕪の皮をむいた。塩漬けし、数日後には、これまたすでにさばいて塩漬けしてあるフクラギを挟み、麹で漬け込むのである。(麹はできたてのものを、近所の人に毎年買ってきてもらうのだ)。これぞ、北陸の冬の食「蕪寿司」である。(家によっては、魚を「サバ」や「ブリ」にする)。年末には食べられるだろう。▼皮をむいたが「蕪寿司用には、ちょっと」と母が判断した蕪はハジかれて、それが大量にあるため、昨日は「漬物」と「韓国風鍋」に、今日は「クリーム煮」にして食べた。▼昨夜、「これからエッチなことに発展しちゃいそうだぞお」という夢をみた。そして「これは困る」と夢のなかのわたしは思っている。貞操観念だけでなく、「脱毛してない、こんなゴワゴワ毛の脚は誰にも触らせられな~い!」と夢のなかで強く自身に訴えているのである。

『ブッダの夢』

毎晩大切にちょっとずつ読み進めていた、河合隼雄と中沢新一の対話集『ブッダの夢』を読み終える。こういう本と出会うと、孤独が溶けるというか、生きる勇気を得るというか、道はあるんだ、そんな気持ちがわいてくる。タイトルに「ブッダ」とあるが、なにもこれ、仏教一辺倒の話ではない。お二人の深くて広い、身体的な知識がほうぼうで披露され、そこには、「パイをうまくこねていりゃあ、精神病院なんていらないんだ」というような(←わたし解釈)見解がみられるのも、なんだか頼もしい。本書の、河合先生の箱庭治療の写真をあげた実例は非常に貴重なものであるし、心理療法家としての話も面白かったが、わたしの心を一番ドキュンドキュンと撃っていたのは、中沢の言葉の数々だ。「絶対矛盾の自己同一」、「空虚をちゃんと分離できないでいると、いつまでたっても無気力なんだけど」などなどなど。ところで、別の本のどなたかの言葉に、「新興宗教は誰かに何かに頼り続けなければいけないけれど、本物の宗教にはそれがない」とあり、それは疑いのない区別だとわたしも思うが、本書のなかで中沢はさらに踏み込んだ話をしている。「悟りを得るといっても、完全解脱とか、絶対幸福の中に移ってしまうのは、まだ宗教としては未熟な、途中のもの」と。本書には「夢」の話も多くあり、あれはチベットであったろうか?、「夢を消す」修行、「相手の夢のなかに入っていく」修行があることも、初めて知った。ともかく、濃いものがぎゅううっと詰まった一冊である。

まな板と結露

本日、鏡を見て思った。「うん、この髪型、似合ってる」。こう思えるのは、実に数年ぶり。(半月ほど前に切った髪がやっと伸びたと実感!)。わたしは『全体が肩より上あたり、おでこ出し』の髪型が似合うのだと、自分では思う。悩みは白髪であるが、まあそのうち、白髪と折り合う自分も見つかるだろう。◆インフルエンザの予防注射を今年はしていない。そのことで祖母や母や姉たちからは「変人」扱いされんばかりであるけれど、(わたしの周りには思い込みの激しい人が多い。「インフルエンザの予防接種をせぬは人にあらず」と言わんばかりの)、本日、「この人も当然予防派だろう」と思われた叔母が接種していないことを知り、まこと「味方」を得た気分。叔母曰く、「数年前には足りないといっていたワクチン。最近はやたらとインフルエンザを煽る報道があるけれど、ワクチンを作り過ぎて余っているからに違いない!」。◆先ほど、台所に行ったら、数時間前に洗ったばかりの木製まな板がほぼ乾いていた。出窓にはたんまりと結露が。なんてことのない現象に、「ああ、冬だなぁ」と思う。

常泣菩薩

▲観音様は、もとは「常泣菩薩」と呼ばれていたらしい。どんな小さな生き物も苦しみを背負っている、それが悲しくて、しくしくしくしく常に泣いていたのだと。そして次に生まれ変わったときには、ただ泣いているのではない、お慈悲をもった観音様になったという。・・・・・わたしはこの話が好きである。
▲午後、庭の冬支度の続き。雪から守るため、盆栽の引っ越しだ。軒下に移動したり、雪囲いをしたり。自画自賛だった父の弁によると「ワシはプロにスカウトされたことのある腕前」で、素人のわたしから見ても立派な盆栽がたくさん残されている。今度の正月には、お世話になった人たちに飾ってもらおうと、隣家のHさんに一鉢をもっていき、Kさんにはひとまず鉢だけ決めてもらった。あとは親戚に貸し出す予定。それでもまだまだある盆栽。本日はKさんと庭で喋っているうちに日が暮れてしまったので、冬支度の続きはまた後日。

生涯現役

父は株で遊んだ人であった。十代で始め、その歴は半世紀以上。入院するひと月前まで株を買い、亡くなるその日の朝まで経済ニュースを気にしていた。相当痛い目にも遭ったらしく、近年は昔ほど熱心ではなかったが、それでも、何かそこには止められない「おもしろさ」があったようだ。さて、残された母と姉とわたし。誰も株には興味がない。テレビから「株価が下落」なんて聞こえてきても、「あー、去年じゃなくてよかった。父がこのニュースを聞かずに済んでよかった」と思うばかり。投資家ならば、この「放りっぱなし」状態をあきれるだろうが、いいのである。今は、わずかな配当の知らせを見て、金額よりも、父の遺したおこずかいだと、そっちのほうに気持ちがいく。

毎年12月には、旧大阪魚市場から株主優待の食品が届く。今年は「干物セット」を選んだのだけど、食べてるときは、父のことも忘れ、ただ「おいしいなぁ」と思うのみ。折に触れ、生前の父と繋がるものと対峙しながらも、父自身を胸に抱く時間はだんだんと減ってゆくのだろう。こうやって、干物をにこにこ食べてるときのように。それは父を忘れることではなく、父の死を受け入れていくことなのだ。

去年、いただいたカタログ中元の「ごっつお便」で、「さつまあげ」のセットを選んだ。父の入院前にそれを申し込み、(歳暮の間違いではない。中元である。父の体調が復活するのを待って、ずっと注文せずにいたのだけれど、もう歳暮の時期になるからと、冬になって中元の品を届けてもらうことに)、入院中に親の家に届いたのだけれど、ある日、父はベッドの上で、それに関するすこぶる記憶力を発揮。「他のさつまあげは4枚ずつだけど、さつまいものさつまあげだけは5枚入りなの。~に持たせてやって」。とおに食事を摂れない体でありながら、申し込んだ「さつまあげ」セットの内容をはっきり覚えているとは。しかも、枚数まで。父は色んなことが生涯現役であったけれど、食に対する思いも、幕を閉じるまでほとんど現役であった。

どしゃぶり

外に出ると「生ぬるい」ほどの暖かさ。不気味だ。午前中は姉と母と諸々の用事足し。出先の某家にて「あの話、聞いた?」と尋ねられ、我の頭ははてなマーク。ぶひっ。我の見合い話を明かされたときには、飲んでたコーヒーを吹き出しそうになったけれど、世間様の気にかけてもらえていることを、静かに感謝しておこう。ちなみに、先月、別の方から「結婚する気はないの?」と尋ねられたときには、「六か月ごとに相手が変わるなら、してもイイかも」と返答。今日はそれよりもうちょっと現実的な言葉を返しておいた。夕方からはどしゃぶり雨&雷になり、ずぶ濡れで祖母のところから戻る。

冬の平和な一日

●およよの晴天。午前中はお経をあげてもらい、お墓に花を供えに行き、午後は庭の冬支度、夕は祖母のもとと、平和に一日が終わる。
●花を摘みに久々畑へ寄ったら、秋華が黄色い花をいっぱいつけていた。(←油炒めが美味い!)。芽キャベツもそろそろ収穫できそう。その他、白菜、法蓮草、水菜、小松菜、青梗菜、大根、蕪、大玉キャベツ、人参、牛蒡、長芋など、母が一人で世話した冬の野菜がたんと畑にある。
●「あっという間の一年だった」と周りの人はいうけれど、わたしには一年前のことがとてもとても遠い日にも思える。

なぜか母は

「物を貰う」話を書き散らすのはみっともないだろうから、あまり書かないようにしているが、ホント、母は人様から物(特に食品。野菜、果物、魚、お菓子などなど)を貰うことが多い。誰だって「中元や歳暮」「お礼」「逢瀬の挨拶」「お土産」として物を貰う機会はあるけれど、母の場合は、そいうのをひょいっと飛びこえた空気のなかにいるようだ。「たくさんあるから」とか「おいしいから」とか、そんな理由等で、色んな物が母のもとに集まる。わたしの見る限り、「何も貰わない」日は珍しいのでは? 本日も、外でお喋りしていたら、たまたまAさんがBさんに物をあげる現場に居合わせることになり、その流れで母も「キャベツ2個」と「大根の麹漬」を貰って帰ってきた。季節を問わず、毎日、こうやって出先で貰ってきたり、家に届けて貰ったり、電話を受けて貰いに行ったり、宅配で送って貰ったり、どうも、母には「人が何かをあげたくなる」要素があるようだ。母も母で、同じ品が家にあっても「せっかくの好意だから」と、ほぼ断ることがない。おかげで、親の家に半居候している我は、いつも胃袋が満たされている。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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