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赤い実

●眠れませんのでね、日が昇るとともに、裏庭(とても狭い)の草むしりをし、すっかり明るくなってから、銀木犀の剪定をし、朝ごはんを食べ、その後、やっと1時間ほど眠り、起きてまた草むしりをし、そのうち姉がやってきて、軽く100キロはあると思われるサツマイモを姉の車に乗せるのを手伝い、そのあと、法事の引き出物を頼んでいるお店に姉と出かけて、昼は遅めにチャーハンと冷やしうどんを食べ、午後からはお祖母ちゃんのところ、夕方からは畑の水やり。うす暗くなり、帰宅。風呂に入る前に、盆栽の水やり。夕飯は、母の用意した寄せ鍋を食べ、21時をまわって、ばたんきゅ~。一日が終わりました。ところでだよ、「ぶっ続け長時間起きている(午前の仮眠を除き)」日だったが、こういうのはわりとよくあるし(長生きできんだろうなぁ)、なんといっても、「しんどい、しんどい」と精神を蝕んで眠り病におちているよりも、はるかに気持ちが健康なのである。よって、今日は「元気!」日であったといってもよかろう。
●ピラカンサスの赤い実がきれい。鳥に狙われやすいらしいが、たしかに鳥にも分けてあげたいほどの愛らしい実だ。

焼きそば

●早朝、具なし焼きそばを作って食べる。“具なし”というのが、みょうにおいしい。しみじみ麺を楽しめるというものじゃ。(いつもは具がたっぷりなので、たまに「具なし」にすると、感激に値する)。夜遅く、また、具なし焼きそば。これ、一人でこっそり作って食べるという行為にも、おいしさエッセンスが加わるような気がする。ちなみに、朝は「酒、塩(少なめ)、コショウ、醤油(多め)、かつおぶし」だけの味付け、夜は「酒、塩(多め)、コショウ、醤油(少なめ)、かつおぶし」だけの味付け。どうでもいい話だが、夜に焼きそばを食べようとしたとき、TVのなかの明石さんまが「週に一度は焼きそばを食べている」といっていた。
●毎週往診をお願いしている祖母の主治医に「薬が多いのではないか?」と話してみたら、朝は必要だけど、昼と夜は止めてみてもいい~という返事だった。今の医者は一度処方したら、ず~っとその薬を出し続けるので、患者にとっては「どんどん薬が増える一方」なんだろう。これは医師の責任だけじゃなく、「薬が出ると安心する」患者心理もあるのだろうけれど。さいわい、この主治医には、祖父の時代からお世話になっており、ちょっとしたことでも相談しやすい。
●ボサノバは、ブラジルではナツメロなのだ、演歌なのだ。と、先日、ラジオの人が言っていた。ふうぅん。日本の演歌のよさはようわからんが、ボサノバはすうっと胸にしみてくる。なにが違うのだろう? 音階の違い、そんな単純な理由だけではないような気がする。

天国のビジネスホテル並み

なんか、調子が悪い。ウツとは違う調子の悪さ。しかし、まあ、「そういう感覚」は何か(何時か)と比較して出てくるものでもあるから、これが普通と思えば、“調子が悪い”なんて、まぼろしになるんだろう。そもそも、ウツの進んだ辛さを思えば、こんなの天国のビジネスホテル並み!みたいなもんである。▼「父の通帳のひとつを、わたしの老後資金に充てたい」と、母が言う。ホントはこっそり契約する予定だったらしいが、「本人を連れてこないと契約できん」と窓口で言われたそうで、前々より何度も、「同行せい、せい」と促され、しかし、わたしが一向に乗る気を見せず、ついに本日は「首に縄をつけて」連れていく勢いを見せていたが、それにもわたしが応じないので、ついに、薬缶の沸騰した状態のように母はなってしまった。(このままほおっておけば、この通帳はぱあになってしまう、との理由もある)。これを拒むわたしは親不孝なのだろう。▼ちなみに、この話と、今の調子の悪さは関係ない。調子の悪さの一番大きな原因は、夜、眠れない。ということなのかなあ? (一日20時間近くを連日睡眠に費やす、眠り病の日々とは別に、「眠れずに困る日」も、実は多い)。数回だけ、睡眠薬を飲んだことも、かつてあるのだけれど、(「これは強い薬だから、半錠でもいいですよ」と医師に言われた薬を、ひと粒では効かず、倍の量飲んで、やっと睡魔がやってくる、という次第)、今はぜんぜん飲んでいない。

ドラマ『篤姫』

●今日は、健康上の理由で普段車の運転を控えている叔父(お婿さん)も、お祖母ちゃんのところにやってきた。近々、関東に住む叔母(お嫁さん)も来ることになったし、お祖母ちゃん、皆から見舞をうけ、ますますパワーアップした老人力を発揮してくれよう。(風邪はほとんど治っておるヨ)。
●夜は週一度のお楽しみTV『篤姫』。たぶん歴史好き人間には「けっ!」という人も多いドラマだろうが、わたしは生まれて初めて大河ドラマにハマっている。ところで、『篤姫』の視聴率は高いらしいな。ある知り合いは「宮崎葵ちゃん(主役)が可愛いからだ」といっていたが、そうかなー。たしかに女優の魅力がたっぷり出ているドラマだと思うけれど、視聴率の高さはそれだけではあるまい。戦とか、勢力争いとか、そういった「男舞台」はほどほどにして、女の振舞い・女の内面が、とてもわかりやすく描かれているからだと思う。ある意味で単純といおうか、感情移入のしやすい登場人物の設定だ。もちろん、幕末青年のさわやかで一途な志も、観る者を惹きつける。まあ、視聴率の高さは、女性視聴者が増えたということではないかしらん。(小松帯刀役の俳優は、ヨン様並みの人気が出てもおかしくない!と思う)。
●ソバの花がちょっとずつ赤くなってきた。やがて実になるのだろう。「秋華」という名の菜の花を今年初めて植えたが、これは今、食べごろである。特別においしいとも、まずいとも思わんが、ま、おひたしなどで食べている。そのほか、チンゲン菜や、白菜などの冬野菜、だいぶ大きくなって、今は間引いた菜を食べている。

あの世の逢瀬

「あの世に行ったら、みんなに会えるかなぁ」と、お祖母ちゃんはよく言う。わたしは、肉体から離れた魂だけになったら、親子だからとか、夫婦だからといった、現世の愛情に基づいた欲はきれいさっぱりと消え去り、そういった“狭い”世界に根ざした逢瀬ではなく、あるのは、現世のつながりを越えた、もっともっと広い世界の魂の逢瀬あるいは融合なのではないかといったような返事を、最近はするようにしている。しかし、なぁ。ついつい熱がこもり、お祖母ちゃんの顔がポカンとなってしまっても、熱弁をふるう!という態度は、どうなんでしょ。▼このごろは、この世に命を受けるのは、高~いところから種を蒔かれるようなものなのかなあと考えるようになった。たまたま、落下した種と種の位置が近くて、それが家族になったり、友になったり、縁ある関係と、我々は思うのだろう。(たった一度の出会いでも、それは縁があるわけで)。元々種が近くにあったのかもしれないし、風がふうっと吹き、離れたところにあった種が隣同士になり、縁がつながる、ということもあろう。だから、血がつながっているからと溺愛したり、友人だからと特別扱いしたり、そうしたくなる気持ちはわからないわけでなく、そうした気持ちがわたしのなかにも少しはあるのだろうけれど、だからといって、それを過剰に特化した人間関係には、大きな違和感がある。お腹を痛めた子も、先妻の子も、ほんとうは同じように愛したい――例を挙げるなら、そういう感じだ。

風邪よ!

▲お祖母ちゃんの風邪は完治していると思いきや、「点滴を受けに行った」と、ゆうべ、聞いた。なんでも、食欲がなく、だそう。きのうは隣の市から従姉妹のHちゃんがわざわざ付添に来たそうな。念のために本日も点滴へ。食欲も復活したようだし、今度こそ、すっかり治ってくれるだろう。
▲これは、わたしの説であるが、「やっぱ、精神的なものと、お祖母ちゃんの風邪は、大きく関係してるのでは?」なのだ。今週、風邪引きのためにお風呂やお散歩(←いずれも付添をヘルパーさんに頼んでいる)をお休みし、わたしも月曜以来顔を出せず、食事の時間以外は、ひたすら部屋にこもっているばかりの時間が流れていたのだろう。気持ちがしょげる!わけである。
▲季節がまた一段と冬に向かってますなぁ。村のなかでは、柿の木がたわわに実のった枝を垂らし、(枝が重すぎて下にしなるのである)、田んぼでは、稲刈りしたあとのところから、新しい緑の葉っぱが伸びている。虫の音も、実によわよわしい。あと、もう少しで冬だ。
▲夜は、鱈ちり鍋。と、いただきものの、栗おこわ。

バナナ車上生活

●朝の参禅の帰り、犀川に沿った道に、「バナナをフロントに吊った」車両が止まっていた。(ほら、お守りを吊るすようにね。何本かの房ごとね)。自転車での通りすがり、見るではなしに目に入った車内には、人が寝ているようで、おまけに大量の荷物を積んでいる様子。車上生活?
●北陸線のなかで、大きなバッグを吊り棚に乗せようとしたら、重すぎて、一度目のトライでは乗せることができず、まごまごしていると、すっと男性の手が伸びて、らくらくと棚の上に乗せてくれた。一瞬のことでよく分らなかったが、ちょっと離れたところにいたスーツ姿の青年がわざわざ移動して助けてくれたようである。くぅ~ん。すぐ隣にいた中年オジサンは新聞に顔を向けながら、わたしの困ってる様子を見ていた感じであったが、こういう、「ためらいなく、助けの手を出せる」青年の軽やかさを、しみじみ、いいなぁと、わたしは思った。ついで話だが、青年にお礼を述べると、にこっと、さわやか笑顔が返ってきて、こちらまでさわやかな心もちになった。
●夕ご飯に間に合うよう、親の家に戻る。母、「二人で食べる夕ご飯はおいしいねえ~」と食後に言っていたかと思ったら、寝る前には「隣で寝なあい?」ですと。さみしん坊の彼女だ。(わたしはその逆で、近くに人がいると眠れない)。

TVの受売り話など

食品の値上がり、というけれど、わたしが一番感じているのは、パンの値上がり。この数ケ月、あちらやこちらのパン屋さんに行くたびに、「あれ、こんなに高い?」と、トレーとトングを手にしたまま、首をひねってしまうのだ。(たぶん10~30円程度の値上がりなのだろうが、「財布と相談」してパンを選ぶわたしにとっては、実質値上がり以上の負担を感じてしまう)。▼先日、ちょこっとだけ見たテレビで、(たしか、なぜ世界規模で食糧高騰が起きているのか、をテーマにした番組)、アメリカの戦略により、中国で濃い牛乳を好まれるようになってきた~という紹介があった。これまで中国人は牛乳を飲むとしても、薄い牛乳しか飲まなかったそうな。それが、「栄養高し」を前面に出したアメリカの戦略で、濃い牛乳が中国市場に出回るようになってきたのだと。もともと中国では牧草を食べている牛の乳を搾っていたが、濃い牛乳を取るためには、牛にトウモロコシを食べさせねばならん。今は国内のトウモロコシで間に合っている中国だが、そのうち、絶対的に不足して、アメリカからの輸入に頼らねばならんようになる、というシナリオだ。どこかで聞いた話だなぁ。戦後のアメリカによる日本政策も、こんな手だったんだろう。

オレンジの山

お昼の起床。おお~、秋晴れの空。久々に昼間のパソコンに向かいながら、ときどき、目を休めるために隣家の庭を眺めていたら、木々の間の蜘蛛の巣がきらっきらっと光っている。やわらかい晩秋の光がこの地球に降り注いでおるのじゃのぉ。この数日の心身の調子の悪さを忘れ、この世は輝きのなかにあるのじゃないか?なんてことを感じてしまった。それにしても、太陽の動きが低くなったな。干したお布団そのままに、あわてて外出。この晴天の日を一日中室内で過ごすのはよろしくないと思ったからね。さりとて、特に行く場所など、ない。ぶらりと近江町市場へ。オレンジの山を買い、お菓子を買い、市場の外れのコーヒー屋で休憩し、帰宅。夜は、「水シャワーでは寒かろう」と銭湯へ。ぬくぬくと温まって、一人の夜を過ごしました。

ところで、先のオレンジの前には「6つ 250円」の札があったのだけど、どうみても、6つ以上の山だったのさ。で、八百屋のおじさんに「これ、いくら?」と聞いたら、「250円」の返事。「え、でも、6つ以上だよ」と言い返したら、「いっぱいあったほうがいいでしょ~ へへへへ」と、おじさん、笑ってる。うーん、当然、客としては「いっぱい」のほうがいいけれど、はたして、商売、成り立つのであろうか? 家に帰って数えたら、10個もあった。決して古い品ではない。安すぎて、怖い気もするなー。

先週土曜日に「ぎゃー、危なそう」と自覚して、日曜はもちこたえ、月曜の夕方からバタンキュ~。何もかもが行き詰まり、何もかもが悲観の目のなかにある、ひたすら暗い闇のなかにいる精神状態であったけれど、(って、そんな観念的なことは、あと付けなんだぜ~。最中はとにかく、だるく、体が動かず、寝ているだけが救いのような心境なんだぜ~)。火曜を経て、本日水曜の午後には体を起こせるまでになったのだから・・・復活といっても、軽いウツの衣を被ってはいるだろうけど・・・、わたしの復活度もアップしてきたものよ。やった。

歯と夢と

きのう寝た24時間後に起床を果たす。

「歯を磨いてる」夢を見た。実は、(と、かしこまるほどでもないが)、わたくしは歯肉炎を抱えておる。ううん、ミエを張ることはなかろう。ずばり、歯槽膿漏といっちゃおう。右下に一か所、強烈に歯茎が危ないところがあるのじゃ。歯医者に行って定期的な歯石取りをしてもらうべき!は承知だが、歯医者は大の苦手なので、なかなか足が向かん。なので、ライオンの「新 デントヘルス」という薬を過日購入し、きのう眠る前に初めて使ってみたのだ。これ、ゲル状の薬を幹部に塗って使うのね。歯磨き粉っぽい味なのね。そしてきのうは初めての使用ということもあり、たっぷり塗って、そのまま寝たら、夢のなかで「歯を磨いてる」ことになったわけ。体は正直だ。排尿したければ、トイレで用を足せど、足せど、すっきりしない夢を見て、便秘のときは、大便しても、しても、まだしたい夢を見て、そして歯磨き粉っぽいものを口にぬっていれば、歯磨きしてる夢を見るのだから。こうなったら、寝るときの体の環境を整えたら、とても気持ちいい夢を見れる可能性が高いのではないか?という、発想がでてくるな。

ちなみに、この日は「24時間寝て」いたというのに、また夜になって寝た。

7百回忌

午前遅くの起床。おふろに慌てて入って、昼の電車で金沢へ。いったん、アパートに寄り、大乗寺へ。明日までの4日間は、ご開山さまの法要があるのだ。わたしは、越前市よりおみえの板橋禅師のお姿を一目見たく、かけつける。(よくわからんが、今日は「お通夜」のような意味の法要?)。本堂は満員。用意されたイスはすべて埋まり、立ち見の席へ。(立ち見とは失礼か。お参りに来ているのだから)。あまりにも人が多く、人の頭ばかり見ていたようなものであったが、それでも、板橋さんのお元気そうなお姿を垣間見れただけで感激であった。◆ところで、ご開山さまは徹通義介というお方。道元禅師の二番弟子で、曹洞宗を広めた瑩山禅師の師にあたる方。大乗寺はある意味で特殊な立場の寺であり、(大本山総持寺よりも歴史ある)、それは宗派的な意味だけでなく、庶民にとっても「有名な割には門戸の広い」お寺だとの印象だ。◆夕方、アパートに戻ったわたしは、寝っ転がりながら「義介団子」をむしゃむしゃ食べて(これが、すばらしく美味しかった!)、そのまま入眠。普通はこういうお菓子を頂戴したら、お茶を立て、有り難くいただくものなのでしょう。あいすみません。◆なお、このたびは七百回忌であったが、うーん、七百年の重みとは・・・・、「七百年も遡れば、あの人ともこの人とも親戚になるかもしれん」、「わたしの祖先は何千人にのぼる?」、「場合によっちゃあ、この七百年のあいだ、すでに生まれ変わって、またこっちの人間界にいらしてる(いらしてた)かもなあ」、などなどと、想像は膨らむ。

板橋さん

今年の夏、初めて板橋さんに会ったとき、茶話会でのお話が「あまりにも低いところに降りてきている」(高いも低いもないのだが)と感じ、また近年出版されているご著書も、内容の重みよりも、「この方の名前を出せば売れるだろう」という出版社の意図がありありと伝わるように感じ、ちょっと寂しいような、軽くではあるけれど可笑しな戸惑いがわたしのなかにわいた。でも、だからといって、わたしは失望などしなかった。そもそもわたしが板橋さんに魅かれるようになった、田口ランディさんとの対談本のなかでの言葉や、「悩みを悩まない」という彼の人生の教えは、今も、キラキラとわたしのなかで輝いている。そして、板橋さんが「あまりにも庶民になじみやすい和尚」になっているのは、それなりの訳があるのだと、思うようにもなった。ひとつは、権威や名誉、目に見える形をととのえることに躍起な仏道者たちと、一線を引くこと。ひとつは、時代の、世間の要求にこたえる心から。ひとつは、それ自体が、彼のキャラクターであるから。ところで、最近、ある雑誌のなかで、板橋さんが大きな寺の役職につくようになったあとも、「井上老師の座禅会にまた参加したい」と、井上老師の弟子に手紙を送られていたことを知った。若い時分の板橋さんは、絶対的な権威ある師のもとを去り、井上老師に就いた経歴があるのだ。これ、日本を代表する大企業を辞め、無名に近い町工場に弟子入りするようなものである。こういうところも、板橋さんの魅力の原点のひとつなのだろう。

 以上、生意気な文章の連続であるが、あくまでも、「アイドルをファンが勝手に評している」ようなものだから、まあ、お目こぼしを。

「うどんよりそうめん」

◆「お祖母ちゃんの風邪は、精神的なものが大きいから、Sちゃんの顔を見たら、治るんじゃないかな~」と、適当な、しかしマジな話を、昨日、叔母Sちゃんからの電話の際にしていたら、本日は用事があってこられないはずだった叔母たちが、急きょ、スケージュールを合わせ、午前中からやってきた。ぐふ。お祖母ちゃんのところで昼食会。寿司などをいただく。そして、この席で、わたしは、「うどんよりそうめんが好き。コロッケが好き。インスタントラーメンも嫌いでない」というお祖母ちゃんの一面を初めて知った。四十年の付き合いで初めて知ることもあるのだなー。
◆母が午前からずっと、昼時の短い休憩を抜かして、畑に出ているので、夕方早めに様子を見に行く。カブラの植え替えをしてるらしい。(ちなみに、カブラは、年末年始に食べる「カブラ寿司」用のカブラである)。手伝おうかと思ったが、あと少しで作業は終わるようだし、「これが終わったら、Tさんのイチゴの植え替えを手伝ってあげようと思ってるんだけど~」と母が言うので、生まれて初めて、わたしは人さまの畑仕事を手伝った。といっても、とほほ、苗を植えるための穴凹に水をまいたり、苗の運搬をしたり、の簡単な助手的作業をやっただけなのだけど。Tさんには母がいつもお世話になっているし、そもそも、Tさんの顔はなんとも素敵で、(自然と一体になって生かされているヒトの顔!といおうか)、この顔を見るだけで、こちらに幸福の種が届くような感じなのじゃ。(おおげさじゃなく、ほんとに)。だから、わたしはTさんのイチゴ植えを手伝えたことが嬉しかった。

ポポなど

「おさむさんが美味しいと言っていたから」と、叔母が、ポポという果物を持ってきてくれた。早速、お供え。父が初めてポポを食べたのは、一昨年、叔母の家でらしい。そして去年の夏の終わり頃から、毎週の楽しみにしていた叔母たちとの団欒にもだんだんと参加できぬようになった父は、去年のポポを、自宅で食べた。(たまたま撮っていた写真によると、ちょうど一年前の明日のこと)。ぐふふん、こんなことをわざわざ記すなんて、めめしい!ぞい。わたし。ふ~う、心のなかではいつもそんな「もうない時間」のことを思ってる。たとえば、イチゴの移植作業、去年は父が苗を選び取り、それをわたしが運んで植えていたのだと。手伝いに来たはずの甥っこ二人は、ちょっと離れたところで水遊びに夢中になって。人手が足りているからと、母はせっせとイモ掘りをしていた。わたしは「早く終わらせたい」の一心で、スピーディーにスピーディーに作業を進め、父からは「急かすなま(急かさないでくれ)」と、たびたび言われたのだったなあ。あのときの父の手元、かがんで作業する姿は、わたしの記憶のなかで永遠に残るだろう。(どうでもいい話だが、これを書いていたら、この日のお昼ご飯がなんだったか、昼食後にテレビ『なんでも鑑定団』を見ていて(当地では土曜の昼に放映される)、台湾鑑定出張だったかの特集で、あ~ん!見たいのになぁ、と思いつつ、畑に駆り出されたことまで思いだしてしまった)。そうそう、去年の十月はまだ、松の木や、盆栽の手入れも、父はしていたのだった。暖かな秋の日差しのもと、庭のテーブルに盆栽を置いて手入れしていた父の背中がたしかにあった。あいまい記憶によると、この頃には畑へ行くよりも庭に出ていることが多かったような気もするなぁ。今思えば、畑へ行くのも大そうな体になっていたということなのだろう。(イチゴの苗の仕事をしたのは、肉体的には奇跡に近いものだったのではなかろうか)。ふうっ。もうあと少しで、父がかろうじて元気だった頃の(本人にとってはとても元気といえる状態でなかったろうが、まわりの目から見て「まだ元気だった」といえなくもない頃の)季節が一巡する。

「のぼれ~!!」

午後はイチゴの移植作業。去年の3分の2ほどの数を植える。道行く人々が「立派な苗だねー」とほめてゆくが、うん、うん、わたしの目から見ても、丈夫そうな苗である。わたしが母に「去年よりいいんじゃない?」と云うと、「そんなこと云ったら、お父さん、しょげるわ!」の返事が返ってきたけれど――。今年の作物、この苗に限らず、いずれも出来は上々なのである。母が一人で作っても、こんなに上手くいくとは、ほんと驚きであるが、わたしには、これ、「父がどこぞから手伝っている」と思えてならんのだよなぁ。

イチゴの畑のすぐ隣の道は、ちょっと手前が短い上り坂になっている。今日も、その坂で、「のぼれ~!! のぼれ~!!」と、独り号令をかけながら成人用三輪車を漕ぐ、バア様がいた。そして上りきったところでは、「嫁に来て以来、この坂には、ほにゃららら・・・」と、バア様、また独り言。これは、なんも珍しくない、この辺りの日常のひとこまである。畑にいると、黙って通り過ぎていく者はほとんどいない。「何しとるがぁ~?」「××大きくなったねぇ」等々、こちらがやっている作業のことや、道から目にとまる作物の感想を。あるいは天候の話や、ねぎらいの言葉を。あるいはこのバア様のように、こちらに聞かせるための独り言を。ある者は足を止めず話かけ、ある者は足を休め話をしていく。農村の時間が流れているぞぉ。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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2007年 09月 【46件】
2007年 08月 【36件】
2007年 07月 【47件】
2007年 06月 【33件】
2007年 05月 【57件】
2007年 04月 【52件】
2007年 03月 【49件】
2007年 02月 【69件】
2007年 01月 【8件】

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