ともみ@ピクニック

1年ほど前に買ったカレンダーを、本日はじめて壁にかけた

●きのう買ったリンドウのポットから、3つ4つ花がのぞいていた。夜になって萎んだけれど、あすにはまた倍の数が咲きそうだ。つぼみよ、つぼみ、あすの朝にはどんな顔を見せてくれるのやら。

●信じられないだろうが、ホントの話。→ 1年以上ぶりにアパートの掃除をした。徹底したものじゃなく、ちょこちょことモノをずらして、ぞうきんがけした程度。ほほー、気持ちいい。やれば出来るじゃないか。「生活する」ってことが楽しいのだと、思い出しそうである。

●金沢滞在中は、寝込んでいない限り、一日一回は外でコーヒーを飲むのだけれど、きょうは銀行と市役所とスーパーマーケットに行っただけで、コーヒー屋には行かなかった。レンジでチンしたお湯で無理やりドリップコーヒーを淹れてみましたわい。(水道は通っているが、ガスは止めたまま!)。夕方は工務店の人が来て、火災報知機を取り付けていった。なんでも法律で取り付けが決まったそうな。御苦労なことである。

●鈴木大拙先生の、英語講演を翻訳したものを、ななめ読み(ごめんなさい)してたら、浄土真宗と禅宗について語っている箇所があった。そして、ある人が真宗に向い、ある人が禅宗に向かうのは、「気質」の違いなんだ。と説明されていた。そうかー。気質かあ。わたしは、親鸞の思想は現代そして未来に通用する素晴らしいものと(深く知らんくせに)思っているのだが、かといって、浄土真宗なるものは、今や時代遅れの宗教では?と常々感じてきた。大拙先生の講演は1950年代後半のものであるが、うーん、「気質」ときましたかぁ。たしかに、それはあるかもなぁ。

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田舎人

田舎で暮らせないから、都会に流れる人は、なんとなく都会に居ついている人口の多くを占めるのだろう。ということを、1年以上前から考えている。■なんでそんなことを考えるようになったかといえば、ずばり、わたしが田舎の生活に辟易としていたからである。そしてこれまで漠然と思っていた「都会で暮らせないから田舎を選ぶ」なんてのは、ほんのひと握りで、実は「田舎で暮らせないから都会を選ぶ」民で日本はあふれてるんだなーと、思いをあらたにしたのだ。■余談であるが、先日、地元の新聞を読んでいたら、ある元モデル(富山県出身)のエッセイがのっていた。彼女は幼いころから周囲と上手くいかず、父親からは「家風に合わん」と、学校の先生からは「校風に合わん」と、しまいには近所の人々から「この土地に合わん」といわれ続け、高校卒業後、上京を果たしたのだと、短い半生を明かしていた。うむ、想像に難くない世界の話だ。わたしが育ち、今も母親と半同棲生活しているのは、「まず第一に人さまに恥ずかしくないように。人並みを大切に。出る杭など、要らん」という風土だからな。だから、たとえ正論であろうと、足並みを乱すような発言は控えなければならんのだ。さもなければ、それが後々、村人の噂の種になってしまう。■「地方の痛み」という言葉があるけれど、痛いのは、財政面や経済面や医療面や教育面などだけではない。人情あふれるぬくもりの下には、おどろおどろしい精神の呪縛があることを忘れちゃならんのヨ。ということを、都会で育った人間には、想像もできんだろうなー。田舎で暮らすには、相当神経を鈍らせるか、あるいは一度死んだつもりで腹をくくるか、せにゃならん。

最近、わたしが都会と距離をとりたいと思っているのは、これまでの自身の都会との向き合い方に反省をしているからでもある。さみしい人が、ふとテレビをつけてしまうように、ネットにかじりついてしまうように、わたしのこれまでの都会との向き合い方は、内面のさみしさを安易にごまかすことばかりに長けていたのではないかと、省みるのだ。

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郵便屋さんを待ちながら

正午の起床。(きのは17時頃寝た)。ミスドで朝兼昼食をとりながら、3通の短いメールを書く。そのあと、近江町市場をうろうろ。リンドウと、リンゴと、クラッカーと、刺身盛り合わせを買う。いずれも、花ならここ、果物ならここ、お菓子ならここ、お刺身の盛り合わせならここと、お気に入りの店舗で購入。その後、不動産屋で来月の家賃を払って帰宅。そして、今、甘い白ワインを飲みながら、再配達を頼んだ郵便屋さんを待っているのだが、予定の時間をとっくに過ぎても、まだ配達のベルはならぬ。わたしが時間を勘違いしているのだろうか? ううむ。カシューナッツとチーズが食べたくなって、買いに出かけたいのに。このままでは、「食べたい、しかし」のジレンマに陥りそうだ。

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郵便屋さんを待ちながら(2)

なので、目先を変えたことを、書こう・・・・

先日らぶらぶらぶな時間を過ごした、Bちゃんの娘(6歳)が、わたしの帰った日、保育園の昼寝の時間に泣いてしまったそうだ。Bちゃんは「ともみんと遊んだのが、よほど楽しかったのだろう」と云う。ありがとう、Bちゃん娘よ。▽わたしは幸か不幸か、小さな子どもに懐かれる機会が多い。しかし、わたし自身が子供を好きかどうかと問われれば、それに答えるのは難しい。ここから先は「相手を特定した」話ではなく、わたしのなかの一般論である。▽小さな子どものなかの天然の輝きをみつけたときのわたしは、無条件に「子どもは素晴らしい」と感じ入る。けれど、それはあくまで「素晴らしい」であり、「好き」という感情とは別ものだ。また、子どもであっても、生まれたばかりの赤ん坊でないかぎり、一日一日と、自我というものを身につけていくのであるから、子供の自我を目にしてはそれがわたしの苦手な方面のものであると、とても疲れてしまう。(その点、大人と対峙するのと、わたしのなかでは変わらないのかも。相手を「子どもだから」と容赦できぬのだ。特に「子どもだから許される」と知恵をつけている子どもには憎らしさすら覚える)。

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郵便屋さんを待ちながら(3)

と、ここまで書いたところで、郵便屋さんが来た。(無事、受領)。

もういっこ、ついで話を。

4人の子どもを産み「今が一番幸せだ」と云っている共通の知り合いのことが、過日Bちゃんとの話題になった。「子どもを生むごとに、彼女は自分の人生を軽くしたのだろう」という意味のことをBちゃんは語った。それ、すごくわかる、と、わたしは答えた。つるん、つるんと、ラッキョウの皮をむくように、彼女は身ごもり子孫を作ることで心の重荷を脱ぎ棄ててきたのだ。一人産んだだけでも、二人産んだだけでも、三人産んだだけでも、それは自覚できず、彼女の場合、四人目の子どもを産んだことで、やっとはじめて、そのことに気づいたのだろう。すべての人がそうとはいわないけれど、子どもをもうけて、人生が軽くなった女性は多い。(と、わたしの目には映る)。

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三文の徳

お昼に起きて、大乗寺に直行。今のわたしに「お寺さん」が絶対的な魅力を持つ場所とはいえないけれど、ほかにすがる場所がないのだよ。■人は人によってパワーをもらい、明日も生きていく元気をもらうのだ・・・・。なんて意味のことをよく聞くし、それをわたしは否定しない。しかし、しかし、基本の基本に、自分のなかから生み出すエネルギーがなくては、いくら人と交わろうと、明日も生きる力にはつながらないと思うのだ。わたしには、基本の基本のエネルギーが絶対的に不足している。だから、人と会っても、それをなかなかパワーに変換できない。今は基本的なエネルギーを自分のなかに増やすために、やっとやっとの思いでお寺さんなどに行くのだろう。■さて、ひと季節ぶりの大乗寺。保谷(東京都)の住職さんが来られ、お話(禅宗の経典関係)されており、へぇと学ぶことばかりであったが、メモしなかったので、ほとんど忘れてしまった。ただ、脱線したところの、「早起きは三文の得」は間違いでないけれど、本来は「早起きは三文の徳」なのだ、という話は、今も頭に残っているが。ん、ん、んー。わたしは「得」を追及するしゃばの価値観にはついていけんので、「ああよかった。得じゃなくて、徳なのね」と、ひそかに安心を得た。

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10円不足

予定を立てたことを、まずは実行できない。ひょーいと電車に乗れば、金沢につくのに、毎回「金沢へ行こう、行こう、と思っても、あした、あした、と伸び、いよいよ今日こそ行かねば、となっても、昼の出発が午後になり、午後の出発が夜になる」始末だ。ぐず子。ああ、ぐず子。そんなわけで、本日も夜の電車で金沢へ戻った。そしてアパートに帰宅後すぐに、お布団にもぐり、スペインが舞台のラジオドラマを聞き、そのあとは邦楽とジャズが合体したような音楽を聞き、そのあとはラジオ深夜便を聞き、いつしか寝入った。とても贅沢な、贅沢過ぎてある種の病におかされている、わたしの日常である。

しかし、ぐず子でも、時々それが幸いすることもあるのである。きのうの夕方に投函したYさんへの手紙が10円の料金不足で、きょうの夕方、親の家に戻ってきた。(台湾への定型郵便は90円が基本だと思ったのに、近所の郵便局のお姉さんが「いや、80円よ」と断じたので、それに従ったら、案の定、料金不足だったのさ)。親の家の近くのポストは「日に一回」しか集荷がないので、24時間営業の金沢の郵便局で投函しなおす。ところで、わたしは日々、「不義理や自分のふがいなさを思い、つらくなるから、大好きな人のことさえ考えないようにしている」のであるが、今夜はYさんのことを、ちょっとだけ考えた。そうしたら、「あれをやりたいのだった」「これをやりたいのだった」と、彼につながる記憶が連鎖して思いだされた。

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ブログの衣替え

衣替えの気分で、テンプレートを久々に替えてみた。

すると、ブログの名前すらも、消えてしまった。

そういう仕組みのテンプレートらしい。

リンクがないのも、自己紹介がないのも、ブログ名がないのも、

他意はない。あしからず。 

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わたしの分身

夜になり、暖房が欲しいほど寒い。なので、今年度初のおうちホットミルクティーを飲みながら、日記を書くとしよう。

ひと月ほど前だったか、ぴゅゅ~んっとやってきて、いつの間にか去っていき、最近になり、またちらちらとやってくるようになったこと → 世の中の、とても悪いことをやってしまった人の思いや、とても危ない人の内面、あるいはもしかして、とても良い感情に包まれた人の種は、わたし自身の分身なのではないか? だからわたしは少なくとも自分の日常とは関係のない(*)、どこかの誰かの罪を心から憎めないのかもしれない。他人は他人であるけれど、たとえば他人のなかの悪は、わたしのなかにあるものが伝播している、いや、わたしのなかにある悪そのものなのではないか? 何故にこんな思いがやってきたのかはわからんが、宿ってしまったもの(今はまだ通ってきている状態)はしょうがない。   (*)わたしの日常に関係ある罪は、わたし自身の欲とかかわって、憎んでしまうだろうな。

わたしがインスタントのブラックコーヒーを飲んでいると、「砂糖あればいいのにね」とお祖母ちゃん。「いや、ブラックを飲みたい気分なの」とわたし。「ブラックって?」の質問に答えていると、「ちょっとは英語を勉強しなきゃね」と、思いがけない言葉を、お祖母ちゃん。帰りがけ、ふかしたお芋をたたんだタオルケットのなかに入れた(←保温のため)ことを忘れないでね、と告げると、「そこまで、もうろくしてない」だって。わははは。お祖母ちゃんと話していると、へえっと、学ぶことも多い。今日はお芋の蔓を煮たのをもっていくと、「お芋の葉っぱも食べられるんだよ」と。なんでも、加熱するとネバネバするらしい。モロヘイヤみたいな感じだろうか? 昨日は梨をもっていくと、「昔はこの辺りでも梨畑をやっている人がいて、収穫期には人を雇っているほどだった。でも、やがて梨ドロボウに頭を痛めて、梨畑を止めてしまったの」と。へえっ。と、いうことは、梨の木を植えてみれば、この辺りでもちゃんと実をつけてくれるのだな。一昨日は彼岸花をもっていくと、それがどこに咲いていたものか、すぐにお祖母ちゃんは分かったようだ。昔から田んぼの畦道には自然と彼岸花が咲き誇っていたらしい。お祖母ちゃんの語りにかかると、昔の暮らしがすぐそこにあるように、わたしの耳には届く。

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ソバの芽

朝8時ころ、国道沿いの畑にいると、自転車をキコキコこぐ、青年男女の一群が。(群といっても、十人ほどか)。見るからに、中国人。(なぜでしょう。中国人だって現代風の服を着ているのに、その風貌で中国人と分かってしまうのは)。たまにローカル線や最寄駅で中国人の青年男女を見かけることがあったが、そうか、彼らはここからそう遠くない場所で出稼ぎ労働しているのかぁ。わたしの子供時代にはなかったことである。安い労働力の波は、こんな田舎にも押し寄せているのであるなぁ(と、初めて自覚)。それよりなにより、中国人の進出パワーは、とどまるところを知らぬのだなぁ(と、圧倒される思い)。

さてさて、なぜ朝から畑にいたかといえば、キャベツとブロッコリーの苗を植える手伝いである。もうすでに過日、母がどちらの苗も植えていたのだけれど、「余っているからいらん?」と昨日訪ねてくる人がおり、それをもらったわけだ。季節ごとの基本的な野菜は植えているけれど、今年は種類も量も、去年までと比べると、うんと少ない。まあそれでも、家族で食べる以上の収穫があることは間違いない。今はサツマイモの最盛期で、母が暇さえあれば、イモ掘りしている。わたしは、いかなる包み方をもって「レンジでチン」したら美味しいかを研究中。畑話のついでに書くが、先日、ソバの芽をはじめて食べた。(芽というか、間引きした菜)。おひたしにしても、ソテーにしても、なかなかグッド。ほうれんそうの赤ちゃんみたいな味だった。

わたしが何かを、誰かを、ぷんぷんと怒っているように見えるときがあっても、それは実のところ、その対象を怒っているのではないのだと思う。では、どこに向かって怒っているのかといえば、わたし自身に・・・という答えしか思いつかない。

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彼岸花

■秋晴れなり。所要があり、田んぼのなかの道を、自転車で走る。ペダルは軽い。空は青く、稲刈りの終わった田には白鷺が舞い降りている。遠くには立山連邦の稜線を望み、向こうのあぜ道には緑のなかに赤い模様がところどころついて。所要を済ませ、帰りも同じ道を通ると、手に一輪の赤い花をもったおじさんが歩いてる。彼岸花だ。そうか、あの赤い模様はこの秋の花だったのだな。わたしもちょっとだけ遠回りして、あぜ道に咲く彼岸花を三本いただいた。
■ゴーヤ。今年はゴーヤを植えていない。けれど、去年の種がこぼれおち、おまけに去年父が作った棚をそのままにしてあるので、肥料をやらず、手間をかけずとも、太陽の恵みと雨のおかげで、するするするっと蔓を伸ばし、例年ほどの太さはないが、それでもちゃんと実をつけている。さて、ゴーヤ。よく食べるのは、ゴーヤのお菓子(ヨーグルトに入れて)、ゴーヤのお酢煮(今年発見したレシピ)、ゴーヤの塩もみ(苦味がおいしい)、ゴーヤの糠漬け(塩もみほどのフレッシュさはなく、また違った美味しさ)。理屈はわからんが、ゴーヤを食べただけで、「シャキッ!」という音が体のあちこちで生まれるような気がする。
■どうでもいい話だが、「今日は火曜日」と夕方近くなるまでずっと思い込んでいた。たまたま「水曜なのだ」と母に言われ、ビックリする。日にちが分からなくなり久しいが(←マジ。「今日が何月何日」と把握しているのは、月のうちでもほんの数日程度だ)、曜日感覚まで失くしてしまうとは。とほほ。

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秋分の日

■一週間ほど前のことだと記憶しているが、母が、スゴ腕の癌専門医を扱ったテレビ番組を見ていた。つい数日前も、わたしがチャンネルをあわせたまま部屋を離れてしまった、ホスピス関係のテレビ番組を見ていたようだ。なんと、まあ。父の生前は、そういう番組(癌に触れる番組)は見たがらなかったのに。見たがらないどころか、家族が見ていても、勝手にひょいとチャンネルを変えちゃっていたのに(←普段はそんなことしない人が)。時間というのは大きいのである。片や、わたしはといえば、父が亡くなってからしばらくは終末期医療のテレビ番組を(ちょうど、このころ、在宅の終末医療を扱う番組が何度か放映されていた)、なにか執念のようなもの伴って画面にくいついていたが、今は逆にそういうものを見たくない。たぶん、父が亡くなってしばらくは、そういう番組を見ることによって「自分のなかの時間」の流れを「逆さ」にしていたのだと思う。父の生前に、わたしの思いを戻していたのだと思う。そうすることによって自身を癒そうとしていたのだろう。どうしたことは、今は、そういう番組を見るのがつらい。
■眠れぬまま朝になったので、いったん布団から抜け出して、朝食を食べてから、睡眠をとった本日。普段から、何時間も寝付けぬ床でもだえ、明け方になりやっと入眠・・・・という調子なので、この「朝ごはんを食べてから、寝る」というのは、わたしの体のサイクルには合っているのかも。ただ、家族のヒンシュクを受けるという点は痛いが。午後は「お彼岸だから、お墓に行こう」という母の誘いを受けて、すぐ近くの土地に眠る父の墓参り。母は一人でもときどきお墓に行っているようだが、わたしは先月の命日に行った以来だ。ま、普段から仏壇に手を合わせているからいいのだが、それでもたまにはお墓を見に行くのもよかろう。(お墓にたぶん父はいないけれど、あの世とはつながっているかもしれん)。

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味わい

花を、いつも母があちらのヒトからこちらのヒトからいただいてくる、という話を前にも書いたが、花とわたしの付き合いも、ここ最近変わってきたように思う。ゴージャスに活けるのが好きな母(大きくて重い花瓶に山盛り活けて、活けたら最後、水も変えずに何日間もほったらかしておく!)に文句を言いながら、わたしはちょこまかと、小さく活けるのが好きだ。花と葉っぱの組み合わせを楽しんだり、背丈の高さに変化をつけたりして、玄関に数ヶ所、洗面所に数ヶ所と、並べておくのが好き。花瓶は豪華なものでなく、頂き物のゼリーなどが入っていたガラスの器なども重宝している。さて、「最近変わってきた」というのは、前はいろんな色の花を組み合わせ、ミニブーケを作ることも多かったけれど、(おしつけがましく、人さまにプレゼントもしてた)、しかし、コスモスの咲き出した頃から、あれこれと手を加えるよりも、「できるだけ手を加えない」活け方に、魅力を感じるようになってきたのだ。こてこてとアレンジしなくとも、ただ一本の花が咲いていることに、本来的な魅力があるのだと、気づき始めたのだ。そして、さらに。母がもらってくる花はたいてい、畑の隅っこに植えられた、ほとんど手入れなどされていない花。お店で売っているのが温室育ちの令嬢とするならば、こちらは、掠り傷もへっちゃらな野性児さ。茎が曲がっていたり、花びらの開き方が変形していたり。やや不格好な花も当然混じっているのだ。これまでのわたしは、活けるときには不格好な花を除いていたけれど、あるとき、ふと、思ったのさ。「なぜに除く?」。そして、店頭では見かけぬだろう格好の花も活けてみたら、それはそれで、味わいがあった。

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Lサイズ

●午後、お祖母ちゃんのところに行ったとき、上の叔母と下の叔母が先に来て、お祖母ちゃんの衣替え&収納棚の整理をしている最中であった。その折、七色の虹のように横一列箱に詰められた新品パンツ(下着)Lサイズのセットが出てきたらしく、でも、お祖母ちゃんにLサイズは小さかろうと、わたしがそのうちの、オレンジ、グリーン、ブルー(いずれもパステルがかった色)の下着をもらうことにした。しかし、いちを、これまでのわたしの人生、下着サイズはMなんだけど。まあ、大は小を兼ねるのである。ズリ落ちる、なんてことはなかろう。
●父の一周忌の日にちを、過日決定したはずであったが、ちょっと事情があり、また変更せねばならぬことになった。(「また」というのは、当初の日にちを一度、変更しているのである)。お坊さん、参列していただく方、法要後の会食のお店、それぞれの調整がいる。ま、わたしはちょこちょこと横から口を出しているだけで、方々に連絡をとるのは母なのだけど。そんな母、今夜はこんなことを言っていた。「あー、お父さん、なんで死んだの!」「死ななきゃ、こんなことしなくていいのに~!」。どうも、前から薄々分かってはいたが、母とわたしの嘆きのツボは大きく違う。悲しみの暮れ方も、まったくといっていいほど、違う。
●晩ご飯、サンマの小麦粉焼きを作る。カレー味と塩味の二種類。カレー味は風味を楽しめて良かったが、純粋にお味としては塩味のほうが軍配。サツマイモと豚肉は相性がいいはずだと、それに玉ねぎを加えて、炒め煮を作る。想像どおりの美味しい仕上がり。その他、ピーマンとナスの味噌炒め、アサリの味噌汁、ホタルイカの塩辛(頂き物)、など。
●冷蔵庫から出したばかりの糠床に手をつっこんでかき回していたら、冷たいのなんの。じんじんする冷たさ。夏場にはなかったことだ。東京から戻り、一段と気温が低くなったように感じる北陸である。冬のかすかな気配さえ、大げさでなく感じるのである。

追記 後日、もらってきたパンツをはいたら、ぴったりだった。ズリ落ちるどころでない。これまではMサイズに体がムリしてたのだろうか。

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クヨクヨ寝だおす

「大型台風がやってきている」なんて、上京してから初めて知った。あの人からも、この人からも「上陸前に帰ったほうがいい」と言われたけれど、そういう言葉はわたしの耳に入らないのだよ。台風さなかの東京の街を歩いてみたい。それに、上京前は「今のわたしには都会など疲れるだけ。用事が終わったら、さっさと帰ろう」と思っていたのに、いざ、上京すると、一人でぶらぶら行ってみたい所も出てきた。――夕べは、Uさんの奥さんにJRの新浦安駅まで見送ってもらい、電車のなかでUさんのことが書かれた活字の写しを読んで、そのあと目をつむり、ぼんやりしていたら、あれれ、さっき八丁堀駅に停車したはずなのに、今度は打ち上げ花火の音の賑やかな駅(舞浜)に停車しているではないかっ! どうも、眠ったまま終点の東京駅からまた折り返していたらしい。ぐすんっ。――以前に利用したことのあるカプセルホテルに電話をしたら、女性用のベッド、まだ空いているという。その場で予約。しかし、しかし。わたしのなかのグズグズ病がすぐにやってきて、「泊まる」か「帰る」か、おおいに迷い始める。天候が悪いなんてのは迷う材料ではない。ヘンな言い分だが、ネガティブな記憶と想像がやってきて、「都会のエネルギーを、今のわたしは上手に受け取れないのではないか(都会滞在を延長することによって、心身によろしくない影響があるのでは?)」という思いの他、「カプセルホテルなんて、そんなインキくさいところに泊りたくない」「一泊すれば、その分、お金も飛んで行くのだよな~」と、まあ、総じて、しみったれた考えと、「久し振りの上京だもん。ぶらぶらしたいよな~」の思いが、せめぎ合う。なんせ、秋葉原の駅構内と上野の駅構内で、「どうする、どうする」と、歩きながら、突っ立ちながら、ただひたすら悩みの綱引きをしていたのである。1時間以上も。――結局は、ホテルにキャンセルの電話を入れ、切符を買い、上野発の夜行列車に乗ったのであった。――そして一夜明けた今朝、親の家に戻る。わたしゃ、ホント、ビョウキだ。これだけが理由ではないけれど、「あー、せっかくの上京、もうちょっと滞在してこればよかった」と、クヨクヨ、クヨクヨしながら、夜まで寝だおす。

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