ともみ@ピクニック

ライター

●ぼおっと、縁側の椅子に座っていたら、肘掛とクッションの間に、な、なんと、ライターを発見。(これまでずっと気づかなかった。だって普段はまったく視界に入らぬところなんだもん。なぜか本日、気がついた)。で、なにげに反対側の肘掛のもとも見てみると、ここでは、タバコ1本を発見。ぐはははは。母に話したら「(ジイさんが)隠しとったんかね?」と言っていたが、いや、いや、隠したとは思えんなぁ。なにかの折りに落っこちて、そのままになっていたのだろう。うまそうにタバコをふかし庭を眺めていたジイさんが、たしかに、過去の時間にいた。わたしの頭は異常なのだろうか(*)、そう思うだけで、嬉しさがこみ上げてくる。翌日、向かいの椅子をさぐってみたら、ははは、ここにもライターがありましたわい。(* 思い出のものを目にするのはツライという人もいるだろう。しかし、わたしは、元気なころのジイさんの存在を確められるアイテムを見つけると、嬉しくてたまらない)。
●小松-台北、定期便が今月から飛んでるらしい。富山-上海の便は前からあるな。気になるのは、金沢港-釜山港のフェリー。ふーん、ふーん。もう飛行機の乗り方忘れてしまった。パスポートもいつまで有効期限か忘れてしまった。

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家紋が違う?

お祖母ちゃんを送り、叔父や叔母も帰り、ほっとする午後。(ここで「ほっ」というのは、叔父たちに失礼な表現ともとれるが、特に昨日なんて二日酔いに加え、「ブっ倒れるか?」というほど体が疲れていたので、「これでやっと休める」の「ほっ」)。昨夜から降っていた激しい雨も止み、静かな日曜となる。午睡をとって、ややすっきりした頭で夕方起床すると、母がなにかゴソゴソやっている。聞いてみると、石材店の営業マンが先週くらいに最終確認と持ってきた図面を見ていたら、「なんか変」と気になりだして、よくよく見ると、「灯篭に入れる家紋が違うのでは?」の思いに至ったそうな。で、家紋帳なるものを出してきて、調べていたのだと。うーん。わたしは実に冷たく(だって、もう引渡し直前だぜ。すでに彫ってしまっただろう)「しょうがないよ」と言い放ったが、母が「家紋が違っちゃあ、変だ」と、いつもはアバウト人間のくせに、心配しまくっている。(わたしがいい加減過ぎか?)。「うーん」と思いながら、わたしも家紋帳を見てみると、あーあー、まったく違いますワ。そして、担当の営業マンに電話をする母。しかし隣で聞いていると、いっこうに埒の明かない話の様子。母としては「最初にちゃんと家紋の確認をしているのに!」を訴えたい様子で、営業マンとしては(推測)「ここで自分の非を認めたら、やり直し費用の問題などがでてくるし・・・(悩む)」なのであろう。焦った様子で同じ話を繰り返す母の受話器をとり、わたしは営業マンに言った。「こちらが最終確認の図面で見落としたわけですから、申し訳ない。とにかく今、“困った、困った”とやっていても仕方ないので、とにかく、明日一番に、現状どこまで進んでいるのか、間違った家紋で彫ってしまったのかどうか、調べて下さい」。わたしが人のことを言える立場ではないけれど、「何かアクシデントがあったとき、まず自分の手落ちを悔やむのではない」という精神構造には、やや腹が立つし、うらやましくもあるなぁ。・・・・・翌日のこと→家紋はまだ彫っていなかった。セーフであります。それにしても、最終確認をしたとき(このときは文字だけ一生懸命見ていたらしい)には見逃していて、このギリギリのタイミングで気がついたというのは、母のなかに「ムシの知らせ」のようなものが走ったのだろうか。

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「川に落っちんか」

●新じゃがが、うまい。小さい粒だけ選び、もちろん丸ごと、もちろん皮ごと、「油でジャーっと炒めて、醤油ベースで甘辛く煮付ける」と、あーた、三日三晩食べ続けてもいい!と思わされる。新じゃがの一番のポイントは「皮もおいしい」ってことだね。
●きのうの日記に書いた叔父、本日、生まれて初めて「じゃがいも掘り」を体験。大量の収穫物を運ばねばならんため、軽自動車で畑へ行ったのだが、留守を預かるお祖母ちゃん、「○○(=叔父の名)、川に落っちんか」と、しきりに心配していた。歩いても5分ほどの距離、途中川沿いの道を運転するためであるが、はてはて、92歳の母親に心配される64歳の叔父。笑いごとじゃなく、これが日本の母なのだろう。
●二日酔い。睡眠不足のためもあろう、終日、二日酔いが抜けず。
●ちょっと古いニュースになるが、「中国の大地震で、日本の救助隊が『遺体に黙祷』し、中国人の感激を誘った」という話。少なくない日本人が、「当たり前の行為。それに感激されるほうがビックリ~」なのではなかろうか。わたしもそうだ。そして、この中国人の単純さにこそ、逆に、感激である。この中国人の単純さを手玉にとれぬところが、日本人の弱さであり、長所なのだ。

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「待っているあいだが、花」

「今晩は♪」のタイトルでメールが来たのは先週のこと。送り主は、60代半ばの叔父(母の弟)である。ぐふふん、彼はプライベートでは(いや、もしかして公的な場でも?疑惑は在る)、絵文字多様の、またこの度のように♪マークなどをつけたメールを送ってくるのである。▲ごほっ、話がそれた。過日のメールの要件は「来週、一人で帰省するけど、お祖母ちゃんを自宅に連れていったら、おさんどん頼める?」であった。もちろん、わたしは大歓迎。普段から、お祖母ちゃんのお世話をすることがわたしの願いであり、(ウツ状態に負けて、満足なことをできていない)、こういう機会があるのは、大大歓迎。また田舎生活、叔父が来るだけでも、賑やかになるしね。彼は酒飲みなので、わたしも酒飲み相手ができて、嬉しい。▲まだまだ旅の疲れが残っているものの、午前中には起き、お祖母ちゃんのところ(普段は自宅でなく、老人専用の住まいに暮らしている)に行って、シーツ交換をしたり、祖母自宅(叔父が帰ってくる家)の窓を開け歩いたり、祖母自宅の普段は納屋に仕舞ってある物干し竿を出してきて、洗濯ものを干したり・・・あっという間にお昼に。▲「待っているあいだが、花」とお祖母ちゃんは言った。今回の叔父の帰省ではなく、先月の、叔父の奥さん(お祖母ちゃんにとってお嫁さん)が一人やってくる前の弁である。そこには「花はすぐに散ってしまう」の意味がこめられているのだろう。だから、そのとき、「花は散ってしまうけど、でも、またすぐ咲くでしょう?」と、わたしは言い返したのであった。ここ数日も、お祖母ちゃんは「花」の心境だったんだろうなー。(もし予定が変更になったら、お祖母ちゃんがガックリくるから、日が近くなるまでは具体的な帰省の予定を、叔父はお祖母ちゃんに知らせないようにしているようだ。普段から)。▲親子の関係じゃないから、わたしは「祖母と叔父・叔母・母」の関係よりも、冷静にお祖母ちゃんのことを見れるのだと思う。その分、いいこともあれは、いいとはいえないこともあるのだろう。ごくごくごくたまに、お祖母ちゃんは、たぶん自分の子供たちには言わないのだろうなぁと思わせることを、わたしに言う(この見方は誤解であるかもしれないが)。特にそれは「自宅に戻れない」ことへの感情として、ちろっと露出する。正直、お祖母ちゃんに対する叔父・叔母・母の考え方に、賛成できない面もある。しかし、わたしには「ここで出しゃばる」勇気がなく(それはつまり自分自身への自信のなさである)、今日に至っている。もちろん、叔父・叔母・母が、それぞれ自分の出来る範囲で祖母のことを思い行動に移していることを知っているからこそ、でしゃばりの芽がひっこむ、という面もある。▲午後、お祖母ちゃんを自宅に向かえた。その晩は、祖母・叔父・母とわたしで食事をし、翌日はそれに叔母も加わって、賑やかな時間を過ごした。▲(日記としては未来の話→)それから2日後の朝、「家に戻っているんだから、(昔からお祖母ちゃんの利用している、近所の)美容院に行けばよかったね」と、わたしがお祖母ちゃんに言うと、返事はこうだ。「なーん、ちょっとでも家で遊んでいたい」(家にいるだけで、幸せ。ちょっとでも長い時間、家にいたいから、美容院には行かなくてよかった。の意味だろう)。

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『花よりも美しく』

●きのうは、深夜の帰宅となったのに、どうもすぐには眠られず、ぐずぐず夜を過ごす。で、本日は怒涛のごとく眠ってしまった。夕方の起床。夜の電車で親の家に向かう。そしてそして、なんてこった、金沢から乗った電車のなかにケイタイデンワを置き忘れてしまう。乗り換え駅で気がついたものの、駅員さん「書類を書いてもらわないと、探せないよぉ。これからローカル線に乗り継ぐの? 書類を書くには時間かかるから、ローカル線の最終に間に合わないなぁ」ということで、どの電車の、どの車両の、どこらへんに置き忘れたかを、ちゃーんと分かっているのに、おまけにその電車はまだ終着駅に向かう途中であることを知りながら、泣く泣くJR問い合わせセンターの電話番号だけ教えてもらい、最終列車に乗って親の家に戻ったのであった。(翌日、ケイタイデンワは終着駅であずかってもらっていることを確認し、宅配便で送ってもらった)。
●木曜深夜は、お楽しみの時間である。ほほほ。久しぶりに韓国ドラマに魅了されている。初回から見ておらず、ちょくちょく見逃してもいるのであるが、それでもなお楽しみな『花よりも美しく』(タイトルにちょっと引いてしまうが)。悲劇のヒロインも出てこないし、過剰な憎まれ役も出てこない、現実を逸脱したきらびやかな生活もない。そこにあるのは、ただただ庶民の生きざま、だ。温度は決して高くないが、じわっ、じわっ、と心にしみこんで、いずれの内容も、深い。「そこになにがある?」と問われれば、「ほとんどすべてある」と答えたくなるほど、人生というものが詰まっていると思う。(今週の見所のひとつは、「夫の愛人のために、自分の腎臓を移植しようと決意する、中年女の苦悩」)。それにしても、韓国はいまだ“離婚歴”が相当の傷になるのか。日本では考えられないくらいの親子スキンシップにも仰天。介護の現実問題。男女愛憎の痛み。血縁を超えた親族の信頼感。などなど、これからも見逃せない。

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京都は洗練されたアジアだったの巻

京都は洗練されたアジアだった 一日京都 備忘録

5日間ほど、ある方のもとでお世話になり、早朝、M奈さんにJRの駅まで送ってもらう。■さて、まっすぐ北陸に戻るぞ、のつもりでいたが、ホームにてぼぉっとしていたら、目のまん前に停車した電車に乗りそびれてしまった。(正確にいえば、しばらくたってから、「あれ、今、電車が来たよな」と思い出し、「そういえば、同じホームにいる人々が、その電車に乗りこんでいく光景を我はぼぉっと眺めていたよな」と気づいたのである)。むむむ。次の敦賀方面に向かう電車まで1時間ある。どうすっぺ。■結局、ホームでこのままぽぉと時間を過ごすより、まもなく到着するらしい(北陸に向かうのとは反対の)電車に乗って、テキトウな駅で引き返そう・・・と、人気(ひとけ)ある向かいのホームに移り、そこに到着した電車に乗車。■おお、空いてますなぁ。どうやら、この電車は各駅停車で乗る人が少ないらしい。(みなさんは快速電車を待ってたのね)。琵琶湖を眺めながら、ぼんやり。「走っても、走っても」琵琶湖が見える。さすが湖西線というだけある。この数日、ずっと山のなかにいたので、この光景はひときわ新鮮だ。■別れ際に思いがけずいただいた、M奈さん手製の弁当を開けると、「ああ、おいしそう」。2種類のおむすびと、卵焼きと、野菜のおかず。お茶(自家製ブレンド茶)もある。まったく有り難い。■このお弁当、食べていて、涙が出そうになった。実はこの5日間のあいだ(5泊6日)、落ち込んだり、残念だったり、最後にはいたたまれない気持ちになっていた。それが、このお弁当を食べて、癒されるといったら、安易な表現だけど、普遍的な愛情を感じたといおうか、救われる気持ちになったのだ。青森の佐藤初女さん(=おむすびで人を癒すという)、彼女のことは人様の書いた文章のうえでしか知らないけれど、わたしはM奈さんのお弁当を食べて、初女さんのことを思い出した。■さてさて、この電車、京都・大阪方面まで行くらしい。ま、時間はあるし、この際、「京都まで乗ってみっぺ」。■朝8時頃、京都駅に到着。「せっかくだから、珈琲でも飲もう」と、駅をうろうろするが、小さな売店しか見あたらない。うーん。京都駅って、こんな小さかったっけ? 「乗車券は買い足さない(つまり京都駅の外には出ない)」つもりのわたしはガクっ。「しょうないな、このまま茶の一杯も飲まず、北陸方面にまっすぐ戻るか。いやいや、いっそ、大阪駅まで出たら、駅の改札くぐらなくとも喫茶店があるのでは?」と思いながら、ホームに戻る。■すると、ぱわわわわ~ん、頭のなかに突如、豆電球が灯りました。「先にわたしは、ホームから階段を下ったところにある改札周辺をうろうろしていたが、もしや、今、目の前に見える、昇り階段を昇ったら、そこは違う様相になっているのでは?(たとえば上野駅のように!)」。■そして、その勘はズバリ的中。京都駅がこんな小さいわけがないのだ。案の定、ホームより高いフロアには、改札をくぐらずとも、喫茶店がありましたわい。満足顔でホット珈琲を味わう。■しかし、しかし、そのうち、「せっかく京都まで来たのだから、駅前くらい散歩したいものよのぉ」の気持ちが湧いてくる。・・・・しばし逡巡ののち、エイッと、切符を買い足して、改札の外へ。すでに、9時頃となっていた。■あちい、あちいのぉ。ほとんど夏といっていいような日差し。あてもなく京都駅の外に出たわけだけど、せっかくならば、ご縁のあるお寺を訪ねようと、駅でもらった地図を片手に歩き出す。■まずは東本願寺。(←父方のお寺)。そして西本願寺。(←母方のお寺)。どちらも浄土真宗のお寺である。そう、わたしは南無阿弥陀仏がしみこんだ土地に生まれ育ったのさ。しかし、いやぁ、「老人のテーマパーク?」といいたくなるような雰囲気が、どちらのお寺にもありましたわい。きっと、ある程度お年をとって、なにか精神的な補いを欲しくなった人たちは、こういうところを訪ねるのだろうなぁ。そして、「帰敬式」(おかみそり)をしたり、戒名をもらったり、あるいはただお参りするだけの人もいようが、とにかく、どちらの寺も、外国人と老人が多かった。(西本願寺なんて、寺の構内に団体客用の宿泊所がある!)。■残念だったのは、親鸞聖人の大法要(2011年)に向け、お堂の大修復が行われている最中で、東本願寺も、西本願寺も、お参り・見学が制限されていたことである。■そうそう、話は戻るが、駅から東本願寺までの途中、「文子(あやこ)天満宮」なる名前の看板を見つけ、そこにも寄ったのであった。同じ名前の友人がおり、「どんなところか」のぞいてみたのである。が、これ、しかし、「天神信仰の発祥の神社」とあったが、ちょっとあやしげな宮であったなぁ。■さて、西本願寺の唐門を見て、ちょうど昼近く。地図を広げると、はじっこに「中央卸売り市場」とある。んー。行ってみっぺか。てくてく。てくてく。方向音痴のわたしも、京都の町は歩きやすい。てくてく。てくてく。途中、肉屋の前で「日本一 コロッケ」なる看板を発見。うむ、放ってはおけない。足が止まる。待つこと、3分。揚げたてコロッケをほうばりながら、またテクテク。(日本一かどうかは分からんが、近年食べたコロッケのなかでは一番の美味しさであった)。■やがて辿りついた中央卸売り市場。残念ながら一般客は入れんような雰囲気(ま、それは承知のうえだ。早朝ならば、活気のどさくさに紛れ、入れただろう。第一、昼の市場なんて見てもつまらんだろう)である。市場の魅力のひとつは、市場周辺の食堂にある、というのが、わたしの持論。那覇にしても、築地にしても、市場の内外の食堂がいいんだよね。ふふふ、確かに、ここ京都の市場の近くにも、期待したほどの数ではないけれど、いくつか入ってみたいお店がありました。けれど、なんということでしょう、電車のなかでお弁当を堪能し、また、つい先ほど食したコロッケのため、お腹は満杯。とてもとても残念だ。横目で食堂のメニューを眺めながら、いずれの店も通り過ぎる。■「京都は、洗練されたアジアだなぁ」が、この日、京都を歩いた、一番の感想である。広くはない台の上に中華・そば・うどんの生麺を並べ、その向こうでのんびーり、くつろぎポーズのおじさん。果物屋さんも、その陳列が、なんともアジアを思い出す。そしてその奥にいる商売人の顔がなんともいいのだ。花屋さんも、同じく、である。市場に沿った大通りを歩いるだけで、「日差しが夏のよう」作用も手伝ってか、わたしは洗練されたアジアの町を歩いている気分になった。その後、東寺に向かう途中、狭いところに干された洗濯物を見ては、「あ、アジア」、アイスクリームを買おうと入ったお茶屋さんにて、想像したのと違う品だったので買うのを止めてしまったが、そのときの「いいのいいのよ」という店の老美女の微笑みがなんともアジア。しかも、上品に洗練されたアジア。ふうっ。なぜ、こんな思いに包まれたのか不明だが、「ここは日本の古都」というよりも、わたしのなかでは「洗練されたアジア」なのだ。■東寺はすばらしく、3時間余いたのではないか。それはもちろん、金ピカピカの素晴らしさ、というのではなく、密教の教えが、かたちとなって現れた、その素晴らしさ、もっといえば、教えそのものの素晴らしさなのだと思う。■帰りがけ、大きな八重桜の前で、立て看板を読んでいたら、そばに来たジイ様が、突然、でっかい音を鳴らし、鼻をチーンとかんだのには、びっくらこいた。そして、笑ってしまった。ジイ様と同行の方たちも、大笑い。しかし、このジイ様は「何が可笑しいのか」さっぱり分からぬ様子。そのあと笑い声を残しながら去っていく同行者(たぶん妻と娘)とジイ様の後姿を見ていたら、ぽろぽろぽろと泣けてしまった。ジイ様のマイペースな老人ぶりが、我がジイさんに重なったのである。肉体をもつお父さんにはもう会えないんだ。あんなふうに一緒に歩くこともありえない。肉体をもったお父さんに会いたいなぁ。■東寺の近くのスーパーに寄り、ビールとつまみを購入。その後、バスに乗って、鴨川近くまで移動。そしてテクテクと徒歩で鴨川へ。ほんと、普段は方向音痴しまくり人間が、京都ではほとんど迷わず、目的地へ行ける。やったぜ。■鴨川は生まれて初めて見たと思うが、「なんだ、浅い川だな」の印象。そして、「鴨川→京都の象徴のひとつ」という俄かスリコミがあったのだけど、正直、「思ったほどでないな。これなら、金沢の犀川のほうが、数段、素晴らしいのでは」の感想。■とはいえ、せっかくビール持参でやってきたのだから、京都旅の慰労会というか、一人打ち上げを敢行すべく、河原のわきの階段に腰掛ける。プシュ、ゴクゴク。ビールさん、ありがとう。朝の9時から、夏のような日差しのもとを、休憩なしに、ほとんどずっと歩き回り、しかも、でかいリュックをしょったままだったのだから、体は相当に疲れている。(東寺に向かう途中で、実はもう「歩けましぇ~ん」状態であったのだけど、手ごろな休憩所が見つからず、そのまま東寺に行ったのさ。すると、すると、東寺の魅力が足の痛さに勝り、東寺にいる間は足の痛みをなんとか半分くらい忘れていた!)。■この時点でたしか、夕の4時頃。時刻表をめくり、調べると、「京都 18時51分発」の電車に乗れば、今夜中に金沢まで辿りつけるらしい。(各駅停車を乗り継いでの話ね。特急ならば、もっと遅い時間でもOKだろう)。ふーむ、あと3時間ほどはあるのね。のんびりとビールを飲む。■川の所々には、機械による草刈り労働の人たちがいて、ちょうどわたしの近くにも、草刈りの青年がやってきたので、「鴨川って、ほかの場所もこんなに浅いの?」と聞いてみたら、「そう、そう」という返事であった。今わたしが歩いてきた辺りがたまたま浅いのかとも思ったが、そうか、全般に鴨川って浅いのか。(いや、しかし、あまりの浅さにこの説は信じきれんな)。帰りがけ、この青年の相棒の中年男性に「おつかれさま」と声をかけたら、「ありがとう。いい旅を」の言葉が日焼け笑顔で返ってきた。■そのまま河原沿いを歩いていたら、なんとなく浮浪生活者っぽい雰囲気もあるおじさんが、川に網を突っ込んでいる。てっきり「魚釣り」かと思い、「なにが釣れるんですか?」と聞いたら、いやいや、魚釣りではなくて、川の掃除をしているそうな。「ついでやから」とも、おじさん。しかし、なんのついでなんだろう? ようわからんだ。「あっちのほう、エビおる」とのおじさんの言葉を頼りに、あっちのほうにも行ってみたが、エビはまったく発見できず。どうでもいいが、なんか、気になるおじさんであった。■京都駅を発つまでの残り時間、「軽く一杯」と思い、駅の近くまで行ってみるが、たまたま目にはいったのは「京都タワーの地下にある、お風呂」の看板であった。軽く一杯もいいが、お風呂も魅力的。これはほとんど迷わず、お風呂に決定さ。■京都のお風呂って熱いのね。東京の銭湯に負けないくらいの熱さ。たぶんこの数日の疲れが積み重なっていたせいもあると思うのだけど、体がクラクラ、普段はどちらかというと長風呂のわたしも、ゆっくり湯船につかることができなかった。サウナも1分くらいで出てしまった。でも、ま、さっぱりしたので、いいか。■湯上り、パンツ一丁で鏡の前に座っていると、むくむくむくと変な気持ちがわいてきた。なんというか、「おっ、わたしの体もまだイケる(!)わな。この肉体を、自分でこうやって眺めるだけなんて、もったいない」の気持ちの結晶として、思わず、脱衣所の客が途切れるのを見計らい、自分の裸体(パンツ一丁)をケイタイ写真に撮ったのでありました(←翌日、消去)。■つくづく思うのだけど、公衆浴場っていいよなぁ。わたしは東京貧乏生活の前半期、日々銭湯にお世話になり、銭湯通いの味わいを知っている。そしてまた、こうやって知らない町の公衆浴場に飛び込みで入るのは、旅をぐっと引き締めるエッセンスがある。ちなみに、この京都タワーのお風呂、旅行客のほか、地元民も利用しているようである。たまたま一緒になったご婦人も、

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ケイタイより

20080620153610
日記はお休み

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ケイタイより

20080620142610
旅に出た


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するするする

●夢のなかで、「足をちゃんと組んでみよう。するするする・・・出来た!」という夢を見ていて、夢から覚めた夢のなかのわたしは、(ややこしい。つまり、夢のなかで夢を見ていた)、「たしか、あんな夢を見たな。ためしにやってみよう」と思い、実行すると、これがするするする・・・と出来た。(←これも夢であるが、夢のなかでは夢とは気づいてない)。
●座禅をするとき、わたしは足をちゃんと組めないでいたのだ。痛いというよりも、自分の短い足では不可能だ、の結論を出していた。だから、自分流、もしくは半分だけ組む姿勢(半跏趺坐)をとっていた。しかし、しかし、夢のなかで(しかも、夢のなかの夢でも)出来たのだからと、ほんもの起床のあと、試しにやってみると、するするする、これが本当に出来た!のである。(結跏趺坐という)。そして意外にも、体が安定し、下半身の恍惚のようなものを感じた。
●ぐずぐずと昼間寝ていた。夜の7時半ころまで寝ていた。どうも数日前から軽症の風邪をひいているのかも。「お腹のなかに熱菌いるような感覚、リンパが少々腫れてる、軽い頭痛、食欲低下」が続いていたのだ。しかし、それも今日の夜にはだいぶ良くなった。(ま、寝ていたのは風邪のせいでなく、精神力がどうにもこうにもダウンしていたからなのだが。今日は大事な用事を休んでしまった)。そして、この数日間、鉛のような心だったが、夜からはだいぶ元気になった。
●心が回復状態になると、なぜか、嬉しい便りが重なる。今日も夜になり、2~3、そういうことがあった。

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心は内臓

心は内臓なんだそうだ。だから、自分の力では調整できない。ナルホドなあ~。 

SN340257.jpg 「心は内臓」は、吉本隆明の説。 
  

話はまったくかわって・・・

森博嗣先生のブログにも、同じようなことが書いてあり、「そうそう、そうなんだよ」と、以前考えていたことを思い出したので、ここにメモしておく。
         *        *         *
不幸とか辛いとか、そういうのに属するものたちの、濃さや、数の多さ、というのは人生の決定事項じゃない。それらと反対のベクトル、例えば楽しいとか、嬉しいとか、実はこういったところに属するものたちが発揮するエネルギーは、はかりしれなくって、いくらでも負の感情を飲み込む力があるんだ。「負の感情」の実感総量を、「幸の感情」は増減させることができる。

(森先生も、6月13日付のブログに「マイナスをカバーするプラス要因」に関する話を書かれております。わたしはブログでしかこの先生を知らないけれど、彼の文章はまさに「膝を打つ」ことの連続で、とても敬愛したくなる。なお、同日の文章の中で一番好きなのは「一番つき合いたくないのは、空気を読むことしかできない人間である」という部分)。


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ヘビを見た日

夜、テレビの向こうの背広を着た男性が、「宮崎何某の死刑が執行された」と伝えていた。正直、わたしにはどうでもいい出来事であるが、つい先日の、秋葉原通り魔事件のときにも感じた、犯人の内面に通じるかもしれない、わたしのなかのわたしにも説明しきれぬ心の模様を、ふと、また意識してしまった。そしてそれはこの宮崎何某にも、ずっとずっとたどっていけば通じるのかもしれないとの思いに至った。■こんな奴ら(人道に反する犯罪者)は極刑だと、絶対の自信をもっていえる、“良心的”な人間よりも、わたしは、はるかに、宮崎何某や通り魔事件の犯人に近いのかもしれない。(もちろん、わたしは犯罪者でないし、これまでの人生で「人を殺したい」などと思ったことは、ない。わたしの刃は、わたし自身に向いており、それが彼らとの決定的な違いなのだろう)。■先日の「多様化」を求める話は、どこか高い場所からの意見ではなく、わたしがわたし自身の内面にこそ「それが必要」と思い、書いたのである。社会にナニナニが必要という場合、実は、社会なんてまぼろしに求めるのではなく、自分の内面にこそ、それを求めればいいのだろう。

hebi 2 青大将? 
          hebi.jpg 玄関を守るようにヘビがいた (本日午後撮影)


翌日(18日)の追記 
*最近にしては珍しくNHK以外のニュース番組(ニュース23)を見た。そしたら、そこで、「死刑反対論者は遺族の気持ちを分かっていない」「見せしめ、多いに結構」など、なんだか、イケイケどんどん!的な、視聴者の意見が紹介されていた。わたしは怖くなった。その視聴者たちの空気こそが怖くなった。うまくいえないが、そこには、自分のエゴや不安を投影しただけの思いが先頭になって渦巻いているようで。
*わたしは死刑制度に関して、賛成でも、反対でも、どちらでもない。考えたことがないのだ。
*たとえば、子供が被害者になる事件が起きると、「同じような年齢の子供をもつ」親の発言が、説得力ありげな参考意見として、ニュース番組などで紹介される。一見、「被害者家族」に似た環境の者の意見は、“もっとも”のように映る。いや、事実、もっとも、なのだろう。そういったことを根幹に社会は成り立つのだろう。しかし、そういった「情」だけで社会を動かそうとするのはおそろしい。「情」は説得力があり、おおいに参考にすべきだろうと思うけれど、社会を運営していくには、「情」だけでなく、時には「情を押殺して」でも、情を乗り越えたものも、重視されなければならないのではないか。
*先のテレビに紹介された視聴者の意見に戻るが、「死をもって償う」という言葉が、やけに目についた。不思議でたまらん。人を殺してしまったら、なにをもっても償うことなど、不可能ではないのか? まあ、みなさん、「償えるわけではない」とは分かっていて、「少しでも、償いに見せかけられる、それに近い行為」として、「死をもって償う」という言い回しを使っているだけだと思うけど。「死んで償えるものなど、なにもない」と、わたしは考える。
*葬式や法事が遺族のための行いだとすれば、この死刑制度というのも、被害者の遺族&残された社会に生きる者たちのためにある、といっても、間違いではなかろう。
*犯罪被害者家族のなかに、死刑反対の立場を公にしている方がいるらしい。(わたしはよくわからないが、被害者家族のなかでこの立場をとるのは非常に勇気がいるらしいな)。「加害者の本心を知るためには、加害者を生かしておかねば」というような理由らしい。先に書いたように、わたしは死刑制度賛成でも反対でもないけれど、どちらかといえば、この意見に近いかも。
*死刑制度は犯罪の「抑止力になる」という考え方・・・、これ、どうなんだろうな。一歩間違えると、人間のエゴにまみれてしまいそうな考え方だ。

*わたしの深部内面が犯罪者の彼らと通じるかも・・・という話に関し、「(自分のなかにある負の感情を)バクハツするのとしないのとでは大きな溝がある」とか、「そもそもあなたの刃は他人ではなく自身に向かっているのでしょ」などという意見は、ナンセンス。もちろん、「バクハツする・しない」では大きく違うけれど、そーゆー話ではないのだ。また、もちろん、これは誰かを裁いたり、かばったり、の類の話ではない。

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月を眺めただけの日

◆先々週、『生きててもいいかしら?』 を読んだ。一気に読んだ。気持ちがいつ下降してもおかしくないときだったけれど、これを読んで、シンドさがぽろぽろ剥れたような気がした。そして板橋興宗さんのもとで生活したい!とまで思った。越前市のお寺を訪ねようとまで思った。なのに、ぼーっとしていたら、そんな気持ちさえも、忘れそうになった。
◆5月から、このエネルギーはなんなのだろうと、ずっと驚きながら過ごしていた。あきらかに「新しい世界」が開いたというか、「ああ、ウツでない人の日常って、こんなに素晴らしいの?」とまで思い、ぐずぐず迷いながらも未来の展望のようなものが見えそうな場所に近づいたつもりにもなっていた。それが、がーん、今日はあまりに懐かしい穴というか、これまで何百、何千回と落ちてきた、息をするのも苦しい、どうにもこうにもしんどい状態から抜け出せなくなってしまった。(惰眠もほとんどとらなくなっていたのに、今日は20時間近く寝てしまったし)。そして、わかったのデス。この超ネガティブな思いは、どこからでもない、わたし自身のなかから生まれてくるのだと。ただ、その撲滅方法が、わからない。

6月の月 もうすぐ満月

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まだ入梅せず

▼紫陽花の花が色づき始めた。ひと月半ほど前から次々と場所を移し開花しているつつじの花もいまだ、庭のじか植え、盆栽ともに花盛り。どくだみの花もたんたんと咲いている。くんしらん、バラ、はまひるがお、などなど、その他名前の覚えられない植物いろいろ、庭のほうぼうで咲き誇っている。鉢植えの百合も、朝起きるごとに、一輪あるいは二輪、三輪と花数が増えている。うーん、まだ梅雨入りしてない北陸であるが、「この季節も悪くないな」と、色とりどりの庭を見て思う。・・・だから、なんだ。の話だな。(こういう文章を書くのは悪趣味?)
▼どういうものに自分が弱いのか、つくづくわかった(ような気がする)。ひとつ、他人の発する「自分とは相容れない熱」に触ったとき、心身調子を崩してしまう。ひとつ、寝不足なのに、無理に肉体労働をしなければならないとき。いやいや、「寝不足+肉体労働」は別にいいのだ、心の調子がよろしくないときに「寝不足+肉体労働」が重なると、最悪!なのだ。
▼たぶん、「調子の崩れる」萌芽はきのうからあるのだけれど、なんとか最低ラインは乗りきった一日のつもり。しかし、5月から一日も欠かさずにいた座禅をサボってしまった。

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モミジ剪定

この一ヶ月余り、「うーん、うーん」と、心のなかで腕組みしながらイメージトレーニングしていた、モミジの木の剪定を、昨日と今日でやり終えた。なぜ、モミジの木なのか?といえば、「すぐに伸びるから、多少の失敗は大丈夫」と聞いたからだ。ほかにも手入れしたい庭木はあるが、まずは「この木」で、と、前から決めていた。

それにしてもなー。
調子にのって、刈り過ぎたようだ。
枝が見えすぎだろ。左右のバランスもよくない。すまんのう、モミジくん。

08剪定3 ← 刈りいれ前

08剪定5 ← 刈りいれ後

08剪定1 ← モミジを木陰にするガーベラ

08.jpg ← 木陰を失ったガーベラ

ひとつところばかり見ていれば、「もっと、もっと」「まだ、まだ」となり、しまいには、枝も葉も見えなくなってるのに、本人はちゃんと見ているつもりでいる。「そこ」だけにとらわれて、自分では「いい仕事」をしているつもりでも、実はちっともそうじゃない。あとで離れたところから全体を見てみると、自分がいかに愚かであったか、よーく、わかる。剪定は、わたしの人生を映すような作業であるなー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

午前中、庭木の消毒をしてもらう。これでチャドクガを退治できればいいが。同じく午前中、ケイちゃん(小3)が「将来、東京に行くんじゃないよ」と、村人に言われていた。こ、こわい。わたしに「(母親を一人にせず)家に入りなさい」と何百回と言うだけでは物足りず、小学3年生にまで、こんな話をするなんて。ああ、田舎は恐ろしい。午後、玉葱を運び、車庫に干した。

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チャドクガ

●天気予報では降水確率10%だったのに、午後、雷をともなった雨が降る。あわてて畑へ行き、玉葱(約600個)のうえに、ブルーシートをかぶせる。おととい母が収穫し、乾燥させててあった玉葱。きのう、わたしが、しっぽ(根)を切っていた玉葱。無事であるといいのだが。
●雨あがりの夕方、庭に出ると、ぎょえ~、大量のチャドクガ(小)を発見。山茶花の葉に数百いや千を超えるかものそやつがいた。過日もその親分のようなの(成虫)を別の木に見つけたのだけど、2~3匹だったので、その場で退治して終わっていた。また連日、チャドクガではない虫を複数のバラの鉢でも見ていたのだけれど、それもその場で退治して終わっていた。うーん。「庭木のパトロールをしっかりせねば」と思っていた矢先にこの事態。まいったな。母が近所のKさんに相談に行くと、Kさんはすぐに自転車でかけつけてくれた。そして、処分に困った「チャドクガの這う葉っぱ」(←Kさんが来る前にわたしが伐採)を焼却してくれたのであった。あーめん。
●虫の話のあとで食べ物のことを書くのはなんであるが・・・・。「たたき長芋の梅干和え」はそのままでももちろん美味しいが、これをドレッシングとするのも、なかなかグッド。夕飯、紫玉葱がメインのサラダに、この「たたき長芋の梅肉和え」をかけて食べると、目からウロコが落ちそうになった。

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