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イカ餃子

●生イカが残っていたので、イカ餃子を作ってみた。なかなか美味である。今度はもうちょっと気合を入れて作ってみたい。そしてビールも用意しておかねば。ところで、「野菜を自家栽培してるのに、野菜をもらうの?」と驚かれることがあるけれど、ちょくちょく、もらうのである。植える時期の早い遅いがあれば、収穫の時期もズレてくるし、たとえば「春のダイコン」を、今年、うちの畑では作っていない。そんなわけで、いただきものの「間引きしたニンジン」と「ダイコン」がたんまりあったので、新じゃが、厚揚げ、焼き豆腐、コンニャク、しめじ、さつまあげと一緒に煮てみた。久しぶりの煮物。昆布をたっぷり効かせて、おいしくできた。
●たとえば、盆栽の水やりをしていて、幹に巻きつけた針金を見つける。これまでも目にしていたのかもしれないが、初めてはっきりと意識する、それ。(盆栽のかたちを整えるために、幹に針金を巻くのである)。こんなところにも爺さんの息遣いが見てとれて、わたしは慰められる。わたしは爺さんの昇天を「一点の曇りなく、受け入れている」のではない。それを上回るものがあるから、悲しみと全面対決しなくてすんでいるのだろう。

昼間の星

お祖母ちゃんはときどき夢の話をする。「(わたしの父が)夢に出てきたよ。にこにこっと笑っていた」とは昨日も聞いた話だが、今日もその話の流れで、「(夢のなかのお祖父ちゃんは)すぐに消えてしまう」という話になった。うん、うん、これまでも何度か聞いた話だな。お祖母ちゃんの夢にお祖父ちゃんはちょくちょくやってくるようなのだが、あまり長居はしないらしい。わりと最近の夢のなかでは、「お祖父ちゃんが転びそうになり、お祖母ちゃんが手を差し出すと、すうっとお祖父ちゃんの姿は消えてしまった」のだと。お祖母ちゃんはそれが不満らしい。「話をしようとしても、すぐに居なくなって・・・」と言う。わたしが「なんの話をしたかったの?」と尋ねると、「やっぱり、なにか相談したいことでもあるんじゃないのかねえ」と、ヒト事のような返事が。ふふふ。ところで、「どうして(亡くなった人が)夢のなかに出てくるのだろう、頭のなかで考えているからかな、知らない人の夢は見んもんね」と、お祖母ちゃんなりの夢の考察を今日も続けていた。

話は変わって、

「あっち(あの世)から、こっち(この世)は見えるのかなー?」は、しばしば、お祖母ちゃんが口にする疑問であるが、わたしは先ごろ、国泰寺で聞いてきた話をした。「お星様、昼間の空には見えないでしょう。でも、お星様が“いない”わけじゃないんだよね。たまたま、人間の目には見えないだけ。それと、人の魂は一緒。見えないだけで、いつでも存在するんだよ」。

5つの葉っぱ

●爺さんの命日である。夏のような暑さだなぁ。いつもより早く、坊さん、到着。なぜか、本日も、奥さんと子供が一緒。ま、いいか。法名の紙を表具したものができあがったと、もってきてくださり、これを坊さんにとりつけてもらうのに時間を要す。わたしは寝不足(2、30分しか寝ていない)の、顔も水をぱしゃぱしゃかける程度しか洗っていない、心の準備などまったくできてない、かなりぼーっとした状態だったので、この「間」がちょうどいい時間となった。法要のあとの、けっこう長い茶飲み時間のあと、帰りがけ、「金のなる木」の葉っぱをもっていってもらった。前に奥さんがこられたときに、満開の花が咲いている「金のなる木」を見て驚いておられたので、「分けてあげる」と約束していたのだ。あれから、葉っぱをとって、根っこを生やし、今朝早く、5つの葉っぱをポットにいれて、準備しておいたのさ。育つといいなぁ。そのあと、Dさんがお参りに来てくれていたので、お昼を食べてもうらことに。1週間ほど食材の買出しをしていない冷蔵庫をさぐり、あわてて支度。卵焼き(ホタテとパセリ入り)、明太子、さつまいもテンプラ、トマトとトウモロコシ(いずれも去年の実り)、カブラとキュウリの塩もみ、白ご飯、にゅうめん。なお、卵焼きと明太子は朝食用に準備したのだけど、母が「命日だから・・・。せめて、お経をあげてもらってから、お昼に食べよう」と言い、手をつけずにいたのだ。母は毎朝、「おぼくさん」といって、仏さんに3つご飯を供えている。そして、それを夕食前、動物性のものが口に入る前に食べている。ふうっ、ふうっ。午後からは軽く昼寝して、田んぼの向こうのスーパーに買い物に行ったあと、お祖母ちゃんの顔を見に行き、またまたあっという間に日が暮れた。
●坊さんの奥さんは東京出身の、十数年、アメリカに住んでいたという女性。それを聞いて、わたしは「うん、うん」とうなずいたよ。実は、最近、この奥さん以外にも、東京出身の、ずっとヨーロッパに暮らしていた、そして今は「お坊さんではないけれど、お坊さんと遠からず」の立場におられる男性の伴侶となられた方と知り合った。どちらの女性も(推定)30代と若く、結婚歴もまだ浅い。ごほんっ。わたしはお二人とまだゆっくり話したことのないときに、それぞれ「生まれ育ちが東京」と聞き、「やっぱりな」と思い、また「(ここに来る前は)海外に住んでいた」と聞き、「やっぱりな」と思ったのだ。理屈じゃなく、勘というのともどこか違い・・・、こういう生活環境(土地)の、こういう男性と結婚するのは、こういう女性なんだなぁー、と、“事実が自分の見立てにすっぽり収まった”感じだ。(今や、農家の嫁となるのは、農家の娘ではないだろう。都会で育った女性こそが、農業に憧れる率が高いという、それにも通じる話だと思う)。いや、しかし、待てよ。「こういうところに嫁いでくる女性だからこそ、生まれ育った東京の枠にハマりきれず、一度は欧米の生活という土台を築いていた」の言い方もできるなあ。うん、同じことなのかもしれないが、こっちの言い方のほうが、しっくりくる。

Only is Not Lonely の続き

下の話を書いた数十分後に思ったこと・・・。ぽつりぽつりと書いてみる。

では、今の世の中になにが必要なのかといえば、「多様性」を認めることなんだろう。ぐるっとわたしをとりまく世界(=意識としてわたしをとりまく日本社会を含む)、ここでは、“「おらが勝手」が進む”だけで、多様性というものはまだまだちっとも獲得してないんじゃないか、と思う。

本当の多様性って、自分とは異なる思考・価値観をもち、自分とは異なる立場・生活をおくっている他者も排除せずに生きる社会にこそ存在すると思うんだけど、そんなユートピアはなかなか存在しない。言葉としての「多様性」はあちこちに出現しているけれど、実体をもった「多様性」が漂っている場所は、めったに、ない。

自由は「おらが勝手」とは違うと思うし、多様性を求める社会のなかで欠かせないのがモラルなのだろう。

「人は一人で生きられない」という。一人で生きられないからこそ、生きるのが難しい。

よほどの悟りを開いた人間でなければ、日々の生活のなか、社会の垢、情報の波、まぼろしかもしれない他人の意見、まぼろしかもしれない周りの目を、完全に無視することはできない。だから、自分(の魂)を守る道をさぐりながら生きるしかないのだよなぁ。

(この事件の彼は、結局、自分を守れなかったのだと思う。だからこんな事件を起こすに至ったのだ。多様性のない社会が、彼を追い詰め、彼もまた自分のなかに「多様性」を見つけられず、出口のない迷路を進んでしまったのだろう)。

社会に多様性をもつ。とっても難しいことだと思う。わたしたちの存在ひとつひとつを改めなければならないほどの忍耐とエネルギーが要るんじゃないか。

Only is Not Lonely 

●秋葉原の事件の犯人がネット上に書いていたという言葉のいくつかを、夜のテレビニュースで見たけれど、わたしのなかでは「どこにでもいる、実に現代らしい若者」の像しか浮かびあがらない。彼の“孤独”や“ひねくれた感情”など、今回の事件を起こさせたのと同質の種は、若者に限らず、今世紀の日本に生きる少なくない人々がもっているかもしれず、たとえば電車で隣に座ったヒト、会社の同僚、コンビニのレジの向こうのヒト、もしかすると今現在親しくしている友人にさえ、いやいや自分自身にさえ、巣をつくっているかもしれないなぁ、と思うのだ。亡くなった方、負傷した方、遺族、友人、知人、現場に居合わせた人々に手を合わせたい。ただ、かといって、わたしにはこの事件がなんら特別のものとは思えず、今の日本の日常のひとつとしか映らないというのが、正直な感想だ。またこの事件に心を痛める人間ばかりがこの世に存在しているとも到底思えず、あるレベルまで病んでしまった人間のうちの一部には、「この事件を知り、スカっとしている者もいるだろう」と想像する。残念だけど、そこまで日本は病んでいるのだと、日本の片田舎に暮らすわたしでさえも感じるのである。
●事件そのものより、事件の原因となった種のなかみより、その種を捨てられず、発芽を食い止められなかったこと、つまり、彼の心にとりついた執着こそが、一番の問題なのだと、わたしは考える。ところで、『悪人正機』という本(*)の出だしの部分で、吉本隆明は「泥棒して食ったっていいんだぜ」と言っている。そうそう、そうなんだよ。人はなにをしたって生きていけるし、いくつ職業を変えたっていい。優秀じゃなくちゃいけないなんて、まっとうじゃなくちゃいけないなんて、本人の思い込みだ。けど、その思い込みから逃れられないから、苦しいんだよね。「ヒトはヒト」と頭では分かっていても、どうしても「そこ」にこだわってしまう。どうしても「なにか」と比較してしまいそうになる。彼の罪は言葉で尽くせぬほど重いだろうし、彼を弁護する気持ちはさらさらないが、この事件を起こすに至った彼の心の渦を思うと、わたしは彼を「絶対的に責める」気持ちにはどうしてもなれない。

(*) 『悪人正機』には、Only is Not Lonely の副タイトルがついている。さて、どこかで見覚えのある言葉。そう、この本のなかで、吉本隆明の聞き手となっているのが、糸井重里である。

御用松 と ナメクジ

■毎日があっという間に過ぎてしまい、「いつ何をしたのか」「日々思ったこと」など、記憶は彼方へいくばかり。ま、それでいい。こころが平穏な証拠であろう。
■夕べは何故か夜眠れなくなってしまい、久々に朝までお蒲団のなかで「眠れん、眠れん」と唸っていた。摂心から帰ってきて、そろそろ一ヶ月。ここ数日、色がつくかのごとく、精神的なにごりが出てきたのを感じている。うむ、座禅の効果が薄れてきたか。(5月の初めての座禅体験、まだ日記に書きおえていないけれど、そう遠くならないうちにブログにアップしよう)。ほんの1週間ほどの山ごもりは、あきらかにわたしのなかに新しい世界を生み出した。(いやん、新興宗教じゃないですぞ。いわば、これまでの“”自分教”に、“新しい自分教”が加わったというか)。座る、ということ、そのもの。山や川、そこに住む動物たちの息遣い。そして出会った人々。それらがわたしのなかに新しい命を吹き込む(実際には「外から吹き込まれた」のではなく「もともとあったものに気づいた」だけなのかもしれない)きっかけとなったのだと思う。
■そんなわけで、(って、話は戻る)、すっかり朝になってから入眠し、起きたら、午後の太陽もだいぶ西に動いたころだった。やや落ち込む。畑仕事をさぼり、庭をぶらぶら。ちょうど1年ほど前に新しく入れた御用松、最初は「なんと変な木をもってきたのだ、植木屋は!」と思っていたけれど、それはどうも手入れを充分にしてあげてなかっただけのようで、新しい居住地に根を下ろし、爺さんの手が入り、日の光をちゃんと浴び、せっせと水を吸い、冬の寒さにも耐え、と1年を過ごしていたら、今や「とても立派な」風貌の御用松となった。このひと月ほどは新芽がぐんぐん伸びて(この木に限らず、今は松の新芽の時期らしい。「取って」あげないといけない)、今日はてっぺんに青い松ぼっくりを発見。うーん、この松ぼっくりは放っておいていいのだろうか? そして、わたくしは今日、この松で、もうひとつの発見をしたのであります。あのね、ナメクジが、松の木をよじ登り行進しているの。数えてみたところ、ざっと20匹ほど。松の(正面としているところの真裏の)皮が向けたところを道すじにして、どんどんどんどん地面から上へ上へと、ナメクジが行進しているの。大名行列ならぬ、ナメクジ行列。でっかいのから、赤ちゃんナメクジまで。いったい、彼らの目的はなんなのだろう。この世はわからんことだらけだ。

バーベキューDay

■バーベキューの日であった。ひとたび準備をし始めると、(火起しは Y くん=姉の夫に任せ、姉とわたしで食材の支度)、あれもこれもバーベキューにのせたくなり、冷蔵庫の掃除とばかり、鶏のつくねまで作ってしまった。またタレおよびサラダドレッシング兼用として、レモンベースと紫蘇ベース、2種類のあやしい液体まで作ってしまう。甥たちはといえば、庭石に枯葉をのせて虫眼鏡をあて火を出したり、蟻をいじめたり、とにかく、バーベキューといったら、はちゃめちゃな時間が大半で、ゆっくり食べる時間など、ほんのひと握りしかないのである。ま、ワインが美味しかったから、よしとしよう。
■起きて→畑→バーベキュー(昼間)→祖母の所で叔母たちとお喋り→親の家に戻るとまだ姉一家がおり夕飯の支度→食べ散らかして帰った彼らの後片付け→もう眠い時間。毎日がほんと早い。
■夜中、ヤモリの赤ちゃんが風呂場にいた。じいっと動かずに。ほんとは逃げてくれればいいのだけれど、ヤモリの赤ちゃんは(たぶん、入浴中のわたしの気配を恐れて)ほとんどまったく動かず、ちょうど保護色のようになった風呂のフタの淵のところに右手(?)をかけて、じいっとじいっとしていた。あまりにも動かないので時々心配で顔を近づけて見るも、やっぱり風呂のフタと同化している。わたしが気づいてから風呂場を出るまでの30分ほどはほぼ同じポーズでいたろう。その後、風呂場の電気を消して、脱衣所からそおっとのぞいて見るも、まだ元のまま。ま、まさか、あのポーズのまま、死んでいる? 翌朝見たら、しかし、ヤモリの赤ちゃんはその場を去っていた。ほっ。ところで、ヤモリって可愛いよなぁ。

ジャンボな苺

のほほんと朝遅めに起きて、のほほんと駅に行ったら、あら、電車がない。魔の時間帯である。正確に言えば「電車がない」わけでなく、親の家に戻るための乗り換えが非常によろしくない時間帯というわけ。結局2時間ほどを金沢駅で過ごす。ま、喫茶店に入り、ぼおっとしていたら、アッという間に時間は過ぎたのだけど。■今日は百万石祭りの本番。昨日は何百メートルと続く屋台の一部をのぞいたり(近年、上野のアメ横を見て、トルコ系の食べ物屋が目立つなぁと思っていたが、ここもそうであった。シシカバブーやら、名前忘れたサンドイッチやら、かの国の名前ついたアイスクリームやら、何軒もトルコ系の屋台が出ておりました。しかも、売ってる人は正真トルコ人っぽい。今やトルコ系食べ物は日本の軽食界にひたひた浸透してるの?)、その他、街中に届く前夜祭の賑わいを味わっていたけれど、うーん、今日の本番は「おあずけ」にして、親の家に戻る。■さつまいもを植える日なの。(先月も植えたが、まだまだ植えるらしい)。昼をまわり、勇んで親の家に到着したが、ぐほっ、Dさんに助けをいただき、今日の分は午前中で終わっったそうだ。ぐほほん。■夕方、苺畑の顔を見にいく。そろそろ苺シーズンは終りに近づいている。去年の10月半ばに300苗を本植えし、しかも冬場の花がなぜか今年は咲かなくて、その分、春になってからの花が多かったらしく、たくさん、たくさん実をつけた。■ところで、「Tさんの苺、とっても大きいの。もらって(来年分を)植えてみようか?」と、過日から母が言っていたのだが、今日、わたしも、Tさんの苺を味見させてもらって、おどろいた。でっかくて、とても甘酸っぱい。食べ応えが一粒でも充分にある。うんうん、今年は「とよのか」「ほうこうわせ」の二種類であったが、このジャンボな苺(名前がわからない)も植えてみると、おもしろいかも。 

戸田さんの苺 ← これじゃ、わからんか。
        わたしの小指の長さほどの苺。

乗り換えの駅のホームにて、乳児を抱っこした若い男性のうしろから、3歳くらいの男の子がひとりで汽車から降りてくるのを見た(*)。人は生まれもってきたものも大きいけれど、やっぱ環境も大きいよなぁと、あらためて思う。もし「弟」がいなかったら、この男の子は、父親に手を握られて汽車から降りてきただろう。男の子は、弟が生まれた時点で、「兄」として育つ使命を帯びたのだ。そして今はまだわからなくても、また「弟」の使命というものも、あるのだろう。

*都会の電車と違い、この汽車は、ホームと汽車の高低差がけっこうある。足の弱い高齢者が一人で乗り降りするのはキツイだろうし、おチビちゃんにとってもこの乗り降りは一仕事であろうと感じる次第。

カレーパンとハチミツトースト

■午前のうちに銀行を済ませ、そのあとリブロ(本屋)に寄ったら、フロアをうろうろしてるだけで3時間ほど経ってしまった。しまいには、頭がくらくらし、いったん退散。のち、予定していたのとは全然違う本を購入するために、また店内に戻る。午後、アパートで遅い昼食。(レンジでゆでた蕎麦など)。朝は「いつ雨粒が落ちる?」な空であったが、きら~んっ、午後からは太陽の光線が1本1本見えそうなほどの、夏の晴れた日を思わせる空気がアパートの部屋にも流れてくる。夕方まで軽く仮眠。目が覚めたあと、近江町市場のなかのキャラバンサライ(珈琲屋)に出かけるが、「店じまいまであと5分」とのことで、ここは止め、尾山神社の近くのパン屋に行くと、店内奥に人はおれど店は開いてない様子で、ここも断念。21世紀美術館の近くのパン屋まで足を伸ばすと「本日は閉店しました」の札が。そのすぐそばの珈琲屋には「準備中」の札が。うおん、うおん。まだ6時だぞ。消沈気分でアパートに戻る。夜、三日月に向かって自転車をこぎ、小型ショッピングセンターに行くも、「手持ち現金がとても少ない」ことに気づき、またまた気持ちが沈む。食料品売り場のわきのパン屋でカレーパンとハチミツトーストを買い、場所を移し、犀川の河原でパクつく。どっと「孤独感」とか「貧乏感」とか押し寄せて、気持ちは低迷エリアを彷徨していたが、パンを食べ、お腹がちょっと膨れると、元気もやや復活。マックに直行し、100円のソフトクリームと、100円のホットコーヒーで、夜の時間を慰めたのでありました。
■わたしは爺さんとさいごの月日を、特に入院中は蜜月のような時間を過ごせたことを幸せだと感じているし、彼の死にザマを誇りに思っている。これはとてもとても、わたしにとってありがたいことであり、実のところ(もちろん最初のうちはそんな発想すらできなかったが)爺さんの死を悲しいものと、わたしはとらえていないのかもしれない。このひと月ほどだろうか、ちょっとしたことを思い出し泣いたり、他人の死に関する話に触れて涙を流すことが、減った。そして、あろうことか、今日は、爺さんの思い出(それも元気なころの思い出なんかじゃなく、もう体が弱っていく一方だったころの爺さんの発言など)が頭をよぎり、そのたびに、ぐふっと、鼻から息がもれるような、吹きだし笑いをしていたのであった。

この性格

●お昼から金沢へ。歯医者である。本日は口内右下の歯石とり。麻酔を打たれ、うぃぃーんと歯周ポケットをいじられる。不動産屋にて傘を借りて帰宅。(外出途中で雨に降られたのだ。もう梅雨入り宣言しても良かろう空だなぁ)。早めの晩御飯は、冷麺、チヂミ風味のつみれを棒状にしたもの、イカの糀塩辛、じゃがりこ(お菓子)、白ワイン。韓国っぽい品が重なったのはたまたまだ。夜、カード会社からの郵便物を再々配達してもらったものを開いて、驚いた。明日の正午までにお金を入れなければ「ブラックリスト」に載ってしまうらしい。その事実にも仰天だけど、ここまで金銭に無頓着というかだらしない自分にショックなのである。うむ、頑張って、明日は早く起きよう。
●「目的」をもつと苦しくなる。他人さまのことは知らないが、わたしの場合は、そうなのだな、と気づいた。ちょっとこれは大げさな例えなのだけど、「楽しむために遊園地に行こう」とひらめいた瞬間は何の問題もないのだけれど、そのことを人に話したり、たびたび心のなかで反すうしていると、「わたしは遊園地に行って、はたして楽しむことを享受できるか?」なんて考えが忍びよってきて、苦しくなるのだ。なんとかならんかこの性格は。

追記 「目的」をもつと苦しくなる。は、正しくないな。「目的」を意識する(意識しすぎる)と苦しくなる。が、より現状に近い。

焼きそばDay

今日も平穏な日であった。午前遅めの時間に起き、のんびり縁側でお目ざ食。(パン、ホット珈琲、カスピ海ヨーグルト、イチゴが、最近のマイブーム)。昼前にテニス帰りの姉が来て、シャーワーをしておる。(よく「息子より娘のほうがいい」と年老いた者がいうが、結局それって、今の日本社会では傾向として女性のほうが時間をとりやすく、実家に顔を見せてくれる頻度が高いってことと大きな関係があるんだろうな。まあ、親のエゴというやつである)。ごほん、話がそれた。昼食に、五目焼きそばを作る。あと、フクラギのお刺身と、スナップエンドウゆでたのと、おつゆ(しめじ、油あげ、ちんげん菜)、その他残り物いろいろ。この昼食でちょっとした発見をしたぜ。木の芽とお刺身とを一緒に食べると美味い! お店で食べる刺身には穂紫蘇が添えられていることがあるけれど、いやいや、木の芽も穂紫蘇に負けず劣らず刺身に合う!のである。夕方、畑の顔を見に行く。うむうむ、うむうむ。19時ギリギリ、宅急便をひとつ発送。夕飯どき、また山盛りの焼きそばを食べるわたしを見て、母があっけにとられていた。だって、焼きそば、この前から食べたかったんだもん。麺類大好き人間なんだもん。山盛りの焼きそばと対面できて、幸せである。夜、テレビをつけたら、水木しげるが「小学生の頃、死とはどういうものなのか知りたくて、弟を殺そうと、階段から突き落とした」と、さらりと語っておった。あと、「朝はいつもお寝坊で、みんなが食べ残した朝ごはんをの~んびり食べるのが至福のひととき、学校に行ったらいつも1時間目の終りだった」とも。なんか、いいなぁ。水木しげる、その存在が魅力だ。

且坐喫茶(しゃざきっさ)

朝から小雨。「どうしようかな」と迷ったが、えいっと自転車にまたがり、国泰寺へ。今日がこの寺を開いた清泉禅師の命日ということで、昨日に比べ人出がぐっと多い。◆法要の合間をぬってお茶室に行ってみた。しかも、二軒。(茶室のハシゴをしたわけだ)。最初の所では昆布茶のようなお茶を、風の通る開放された席でいただく。もうひとつの古い茶室では薄茶を。お菓子には前管長の好まれたという小竹をあしらった和菓子などが供され、素朴ながらも、この茶室に合う、ほのぼのした味わいであった。お名前をうかがいそびれたが、少しお話しただけで、その魅力をびんびん感じられるお坊さんが茶室の番をされており、わたしにとってはこの方とお目にかかれたのが「今日一番の収穫」だったかも。丸顔の、どこか昔会ったことのあるような印象さえ抱く、お坊さん。またいつかお話してみたい。◆お昼は「食券」を購入して、禅寺の料理をいただく。白飯、おつゆ(若布と麩)、がんもと筍の焚き合わせ、蒟蒻のからし和え、キャベツと赤ピーマンの煮びたし、おしんこ。檀家の奥さんたちの作った食事らしい。ところで、「おかわりは?」と、何度もお手伝いの方がまわってくれるのだが、近頃の年寄りは食欲旺盛なのね。わたしは「一杯」で充分満足したのに、あちらこちらで、おかわりの椀を渡すジイバアの姿が見られた。(こんなに元気だと)高齢化はますます進む!◆本堂のなかに、ちょこんと木彫りの仏さんが坐っている。それがね、なんともいえない表情なの。ニッと笑ったような顔をして、しかし、目がじい~っと右を見ている。(普通は正面を見てるでしょ、でもこの仏さんは視線を右に流してるのだ!)。天然木の色だと思うのだけど、赤みの強い色をされており、ひと目見たときから、わたしは「この方、インド人?」と思ったよ。なんか、いい。愛嬌すら、感じる。この仏さんの名前(=忘れてしまった)を教えてくれた方が「自分の体の痛いところを、この仏さんで触ったら、治るよ」と言い、わたしにも促してくれたけど、わたしは今のところ特別体の痛いところはないので、“頭よくなりますように”と言って、仏さんの頭巾をめくってもらい、仏さんの頭をなでてきた。頭、よくなるかな? 因みに、上の言い伝えのため、この仏さんの膝はぴかぴか、つるつるだった。皆さん、よく膝を触っていくらしい。◆そんなわけで、ほぼまる一日、国泰寺で過ごした日であった。天候は回復し、夕方頃には雲のあいだから青空ものぞいておりました。

国泰寺へ

●国泰寺へ。苔の緑と楓の緑が互いを引き立てあい、息を飲む美しさ。また本堂から眺める、苔と巨大石の不思議な調和の庭園。さて、今日と明日は「開山忌」の法要が営まれるとのことで、わたくしも見学を。全国からお坊さんと虚無僧さんが集まって、お経や尺八の音を奉納。特に、本堂のなか、読経と尺八がひとつになり響き渡るひとときは、身震いするほどの空気が生まれた。尺八が尺八の音でなくなり、お経のなかに溶けていくような感覚だ。
●説教は昼と夕の2回、海岸寺(福井県)の和尚さんがされる。昭和40年生まれの、心身ともに若いエネルギーあふれる印象の方であった。話は面白く、メモをとりたいほどの内容。(男女共通の体の穴は9つで、その倍数は1分間の人間の呼吸数、かつ1分間の海の波の打つ数、またその倍数は人間の体温という具合に、どんどん倍数を重ねていくと、人間の骨の入れ替わる日数やら、人間の胎児が母体にいる日数やらetcになっていくのだね)。思うのだが、お坊さんというのは、もちろん性格や話の得て不得手もあるが、説教により、おのれの普段の仕事ぶりや学びがあきらかになる、キビシイ職業だ。この和尚さんは普段から檀家との垣根を低く活動されているように話の端々から感じられたが、うむ、今日の話を聞いているのが「すでに棺おけに足をつっこんでいる」ような年配の方々ばかりだったせいもあろう、聴衆の年齢層をうまく配慮した話に流れていったのであった。
●ところで、富山県の高校生が財布やケイタイを置いたまま、しかも水着に着替えたあと、サーフィンをするために出かけた海岸から「突然、消えた」ため、必死の捜索をしていたが、本日、東京都文京区の路上で“保護”されたそうな。ニュースでは「家出の可能性が高い」と報じていたけれど、うーん、わたしはこの話を聞いて、首を捻ってしまった。なぜ、こんな「手の込んだ」家出をする。まるで 「死んだものと思ってくれ。捜索はしてくれるな」の意思表示にも思えるのだが。わたしには未成年の男の子が企てる家出とは思えず、まるで人生に疲れた中年おっさんの失踪のように思えるニュースであった。

なめくじよ

●水無月だ。新しいカレンダーをめくると、ぐっと季節が進んだ気持ちになる。早いなー。早い。実は先月まで折りに触れ「まだ5月か」と思っていたのだけれど、(具体的に言えば、爺さんが亡くなってからまだ「たったこれだけ」の時間しか経っていないのか、随分の時間を経た思いなのに、という)、まもなく今年も半分になるのかと思うと、「早いなー」の気持ちもわいてくる。
●なめくじ。なめくじがイチゴを食べていくの。鳥よけの糸を張ったけれど、今年は鳥があまり来ず、代わりになめくじがイチゴを食べていく。(あんな小っちゃい口で・・・って、なめくじの口を見たことないけど・・・よくもまあ、あんだけ食べていくものだ!と感心するくらいの、食べっぷり)。今日の午後は高校時代の友人がイチゴ狩りに来たのだが、自宅のプランターで育てているという彼女のところのイチゴも、なめくじが食べていくそうな。そして彼女の母親は「なめくじが食べていったイチゴこそ、美味しいの!」と言って、食べ跡を削いでは食べているそうな。うむ、たしかに。なめくじの食べ残しのイチゴを、わたしもちょくちょく畑で食べるが、なぜか、特に甘いのだよね。なめくじよ、なぜ、わかる?
●夏のような暑さ。一日じゅう、半そでで過ごす。きのうまで、「梅雨入りしてるの?」と疑うような空模様であったが、今日は、夏に負けないくらいの日差しであった。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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2014年 12月 【52件】
2014年 11月 【50件】
2014年 10月 【41件】
2014年 09月 【40件】
2014年 08月 【38件】
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2014年 02月 【35件】
2014年 01月 【27件】
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