ともみ@ピクニック

タケノコDay

目覚めると、しとしとと雨。ホント、梅雨みたい。Hちゃんが来るので「お昼を食べていってもらおう」と支度をはじめたところで、Hちゃん到着。しかし「時間がない」と庭先でお喋りをして帰っていってしまった。残念。Hちゃんの前の来客N夫妻から「朝取りのタケノコ」をもらったので、昼にはタケノコのおつゆ。もう6月になるこの時期、まだタケノコが取れるのか。驚いた。午後からは少し晴れ間も見え、過日より行きたいと思っていた「国泰寺」を訪ねようと、家を出る。小学生の頃、遠足で行った記憶はあるが、道は定かでない。だいたいの見当つけて、自転車走らせていると、ぐふふん、いつものごとく迷子。でも、この迷子が良かった。竹やぶの脇のあぜ道をママチャリ走行。いいね、いいね、森林浴。沼もあり、水田もあり。途中、山のなかで焚き火を発見したときは、ぎょえ~。何かを燃やしているのだろうけれど(←地元民にとっては長年の習慣?)、火事にならんでくれヨ。やがてあぜ道は行き止まりになり、あららん、と引き返す。その後、家に帰るでもなく、気をとりなおして国泰寺を探すでもなく、なんとな~く、風の吹くまま、気の向くまま、右へ左へと、水田のなか、ペダルを漕いでいると、いつしか舗装道路に出てしまう。そして、目の真ん前には「コッチ、国泰寺」の標識が。ぐふふん、せっかくなので、行ってみましたわい。たしかに国泰寺の入り口まで、たどり着けたけれど、入山は後日にしようと、門を仰ぎ見ただけで、帰ってきた。んでね、帰りはちゃんと道が分かったかといえば、いやいや、まったく。また迷子になった。でも、「山のなかに美味しいパン屋が越してきた」と噂に聞いていた、当の店を発見できたので、ラッキー。さっそく、クルミパンを購入しましたわい。焼きたてパンを前籠に入れた自転車は軽やかであります。行きも帰りも迷子になりながら、(親の家を出てから戻るまで)所要時間はちょうど1時間。これ、迷子にならんだら、国泰寺まで10分ほどで行けるのではないか? 話はいきなり、晩御飯に移る。タケノコカレーを食べた。赤唐辛子をピリリと効かせてね。実に美味かった。タケノコとカレーは相性がいいね。

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「口が上手」!!!

●なんだか梅雨に入ったような天気だな。どんより空。昼頃の起床。午後は、赤紫蘇の植え替えをする。(赤紫蘇は、夏に飲む「紫蘇ジュース」に欠かせない主材料)。あと、オクラの苗を後日に植え替えるために、土壌を耕したり。今夜からまた雨が降るというので、別の畑へ行ってイチゴ摘み。あたふた、あたふた。で、日が暮れた。夕飯には、今シーズン初の「しろな」や「ちんげんさい」を。今はスナップエンドウも旬。新玉葱も甘々。春キャベツもいまだ不思議な甘さ。初夏の野菜がテーブルを飾る日々だ。夜は、お米を届けてもらう。(お米は地元の人から、玄米ごと、年間分を買っている。で、貯蔵庫にて保管してもらい、必要なときに必要な分だけ配達してもらい、これまた必要な分だけ精米しながら食べている)。また平和な一日が終わった。
●先日の話であるが、わたしはどうらや「口が上手い」と思われることがあるらしい。(はっきりね、そういわれたの)。ま、そのときのニュアンスにもよるが、好意を含まない「口が上手い」との形容は → 「口ばっかり」→「腹のなかはどうなのだ?」となり、ややもすれば、「口が上手い」のなかには発言者の「悪意のカケラ」を感じられるわなぁ。(深読み?)。ぐすんっ。(イジケ虫だからね、すぐイジケるの)。だーけど、これは、はっきり言っておきたい。わたしは、目の前の人に対して、(そりゃあ、社会的な場所で「世間にあわせる」発言を、生まれてから一度もしたことがないとは言わないが)、いつも、まっすぐ、心のなかを言葉にしているつもり。嬉しいことや、感謝の気持ちや、尊敬の思いなど etc。それが、ま、人によっては、「おべっかい」だとか、「気持ちがピュアすぎ(る。→そんなことはないだろうと聞くほうが疑う)」だとか、そう映るのかもしれない。だから、この日記を読む限りではわからないかもしれないが、現実のわたしを知っている人のなか、「口ばっかり。腹のなかはどうなのだ?」と、もし思っている人がいるならば、腹のなかも、口から出る言葉も、一体です!!と言いたいわい。

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春菊の花

夕べから降っていた雨も、午後に目覚めるとすっかり雨雲ごとどこかへ消え、しっとりした空気のなかで庭の緑がぴかぴか光っていた。線香をあげ、縁側でコーヒーを飲みながら、長崎カステラとカスピ海ヨーグルトとイチゴと串団子で軽く(!)腹ごなし。ぼぉ~。ひたすら、ぼぉ~。連日、来客やらなんやらで午前中から用事がつまっていたが、今日は久しぶりの「なんも予定のない」日。幸せ~。ぼぉ~。近頃はいくぶんの疲れが溜まっていると感じていたけれど、昨晩(正確にいえば、明方から午後にかけて)ゆっくり寝たので、睡眠欲も大満足し、体も元気になった。こんな日は、へへっ、雨上がりの地面から「草むしり、して! して!」と言っている声が聞こえてきそうで、夕方少しだけ畑に出た。この季節、庭と畑、毎日草をむしっても、追いつかないくらいだ。畑の帰り、もうひとつの畑に寄って、春菊の花を摘む。(春菊の花は、とてもカワイイのダ)。親の家に戻り、仏壇の花を、黄と白の春菊の花に交換。(その他、カスミソウ、Sちゃん庭園の花束、Aさんから頂いた佛花、名前の分からない、母が畑友達からもらってくるお花が、今、爺さんの遺骨まわりで賑わっている。しばらく前までは、スイセン、ミヤコワスレ、シャクヤクなども。爺さんがあっちに逝ってから、冬のあいだは、買って持参してくれた、あるいは花屋から送ってくれた、春になってからは、それに加え、庭先や畑で育てたお花を、いろいろな方が届けてくれ、いつも仏壇の部屋には花が咲いている。まるで、お花畑みたい)。今日も平和な日であった。

SN340221.jpg コレも

春菊の花 2 コレも
          
春菊の花。たぶん、根元は1本。いまや枝分かれの野生化している!

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す、すごい

●午前中は両親の友達のおばさまがバイクにのって遊びに来てくれ、昼に銀行の人が来て、それから昼食を作って食べ、そのあと「今夜から雨、イチゴをとらなきゃ」(雨にあたるとイチゴが美味しくなくなる)というので、イチゴ摘みに行き、戻ると、もう夕方で、爺さんの友達の妹がイチゴをとりにくる。お風呂に入って、夕飯を食べ、それからSちゃん夫婦がイチゴをとりにやってきて、夜の庭でお喋り。毎日があ~っという間に過ぎていく。
●先日、銀行の人が来たとき、「この時代、定期にお金を預けるよりも」と、外資系の投資商品を進められた。で、その後、いろいろモンダイがあったのだけど、あ~、わが姉ながら、す、すごいと、わたしは呆れ&脱力であります。(上記の外資系商品に関して)「受取人を甥の二人にしたら?」と、わたしが提案したら、「将来、どんなお嫁さんがくるかわからない。もしもお金のことで命を狙われたら、大変! だからそんなのはダメ」と姉。結局、この商品は(膨大なお金を投資する予定でもなかったのだけど)損する可能性あるからダメ、と、姉の反対でダメになった。しまいには銀行の人のことも疑いかからんばかりの姉。このときの話の流れで知ったのだけど、彼女は、数年前に建てたマイホームを、「万一、夫の身になにかあったとき、夫の両親の手に家が渡らない」ように、手を打ってあるのだと。ほかにも、この姉に関しては「す、すごい」というか「こ、こわい」話がいろいろあるのだけれど、す、すご過ぎて、ここに書くのは止しておこう。
●九州で梅雨入りしたそうな。まだ5月だぞ。毎年こんなに早かったっけ?

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ミンチ

遠出をして石川県H市のGのおばちゃん宅へ、母と姉とわたしで遊びに行った。うー、30年近くぶり? わたしがG宅までおじゃまするのは。母の女学校時代からの友人Gのおばちゃんは、昔より痩せたようではあるが、それでもいまだ体重100キロほどありそうだなー。「歩くと疲れる」といいながら、で~んとした貫禄で、居間に座っておった。ところで、4人でいるとき、テレビで「女性の遺体を切り刻み、トイレに流した」男のニュースを報じており、母が「人の体を切り刻めるものかね?」と訝ると、Gのおばちゃんはソプラノ系ながらも貫禄ある声で「ミンチにする機械」とポツリと言った。ひぃ~、こわいよぉ。Gのおばちゃんが言うと、リアリティありすぎる。彼女の家は、養豚から小売販売までする「お肉屋さん」なのである。肉をミンチにするなんて、朝飯前であろう。話は変わって、「毎度まいど、ありがとうゴザイマス」なのだ。新鮮卵をダンボール1箱、高級和牛をたんまりと、頂いて帰ったのであった。ぐふふ。

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物々交換で生きている!

朝、母様、畑友達から「バケツ一杯のかすみ草」をもらい、昼前、母様、近所の畑の人から「大根1本」をもらい、夕方、わたしが外から帰ったら、家の玄関の前に「たくさんのカブラ」が置いてあり、そのあと、畑から帰ってきた母様の自転車の籠には「ホウレン草」と「チンゲン菜」が(これももらいもの)たんまりと。そうそう、昼間は、祖母のところから「ゴボウチップス」をもらってきたのだった。(ちなみにこの日記を書いている23日は、サンマとサバ、きんつば、海苔、前日とは別の人からのカブラ、などをもらった)。はい、はい、「当地では物々交換が盛ん!」とは前にも書いたけれど、ほんま、自家製の野菜だけでも食べきれないのに、頂き物が多くて、嬉しい悲鳴。この土地では、冠婚葬祭にはお金がかかるが、食に関しては「現金いらんのでは?」と思ってしまうことも。・・・以上は(他の話が長くなりアップするのを止めた)22日分の日記である。その後も、毎日、誰かがなにかを届けてくれたり、誰かがなにかを「取りにおいでぇ」と電話をくれる。(ほとんど忘れてしまったが、24日は笹団子、25日は赤鯛、笹餅、和菓子、26日は饂飩などをもらったか)。ま、ひょこひょこと、あちらこちらと仲良くしている母様の人脈のおかげ。 ここにいると、餓死だとか、スーパーの見切り品だとか、安いだけの外食店だとか、その他、貧困や飢えから繋がる世界を忘れてしまいそうだ。ちなみに、(上に挙げた)笹餅は搗きたて! <自分で摘んだヨモギと笹、杵で搗いた餅>を届けてもらったのだ。こんなお餅を普段から食べてると、スーパーのお餅は食べる気せんね。

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ゴリラの鼻歌

Tさんがいるから、みんなで中華を食べようということになる。近所に、やや本格的な(?)中華レストランがあるのである。ビール好きの母の妹もいたので、「一本だけね」とわたしが言い出し、二人で飲んだ。昼のビールは久々だ。ま、日曜だしね。(←毎日が日曜のわたし)。八宝菜が一番美味しかった。■今日はTさんが「トウモロコシの苗の植え替え」や「ジャガイモの施肥」を母と一緒にやるそうなので、わたしの畑仕事はお休み(とした)。(←自由業(=母)の助っ人なる立場のわたし。ふふ、普段から気の向くときしか畑に行ってないのだ)。Tさんは、東京の白金台辺りに生まれ育ったお嬢様で、ずっと大学の先生などをやってきた女性。とても気さくで、よく気がつき、ちょっと暇があると、さささと草むしりするなどの働き者。そしてとても柔らかい人当たり。同じ女性として「スゴイな~」と、わたしは幼い頃から彼女を見ていた。Tさんの手が入り、畑も喜んでおろう。■ゴリラも鼻歌をうたうんだってね。ただし、「仲間と一緒にものを食べている」ときか、「ひとりでいる」ときに限って、らしい。これがゴリラの至福の時なんだろう。人間と変わらないじゃないか。(←過日の爆笑問題のTVを思い出してのメモ)。

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こんな一日

早朝、イチゴ摘み。10時頃に簡単な朝食。宅急便をひとつ作って、自転車で出しに行って、ついでにスーパーマーケットまで足をのばす。そのあと、お祖母ちゃんのところに行って用事を済ませ、親の家に戻って洗濯。(お祖母ちゃんのところに行った時間がよくなかった。ちょうど昼食時で、わたしが来たのを発見した彼女は、自分のおかず(魚肉のすり身に野菜を入れたテンプラ)をティッシュにくるんで、わざわざ持ち帰ってきた!のである。あつあつテンプラは美味しかったけど)。14時頃に昼食。天気予報どおり、午後から雨。けっこう、どしゃぶり。遠方よりTさんが来ているので、お祖母ちゃんのところでみなで夕食をとろうと、簡単なおかずを支度する。(エビとキャベツの炒めもの、ウドのサラダ、とびうおの刺身、大根と油揚げの煮物など)。お祖母ちゃんのところには小さなキッチンもついているので、そこでお味噌汁を作ろうと、具材(フグ、絹ごし豆腐、長ネギ)も用意。ほんとうはブロッコリーやスナップエンドウも調理したかったのだけど、雨のなか収穫に行く気はせず、断念。夜、早めに帰ってきて、21時から「トップセールス」を見る。(←土曜日お楽しみのドラマ)。こんな一日であった。

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初夏の晩酌

●夕方、早く畑を切り上げたので、庭の水やりをして、お風呂にはいっても、まだ18時過ぎ。夕飯にはまだ早い、でも小腹が空いたよなぁ、というわけで、昼の残りの冷やしウドンと、冷酒を縁側のテーブルに運び、網戸から入ってくる風に吹かれながら、軽く腹ごなし。夏の夕涼みとは違い、また春先のような寒さはもうなく、こんもりと新緑しげる庭木を眺めながらのこんなひとときも、いいもんだ。
●「早く畑を切り上げた」といっても、普段から、たいしたことをしているわけではない。母が一人でやるには大変なので、ほんのちょっと手伝う程度。今年はね、爺さんがいたときほどの豊かな畑ではないけれど、それでも急に畑を止めるわけにはいかず、まあ細々と(といっても、それでも趣味以上の規模)やっております。冬の日差しから春の日差しに変わった3月頃から、母様は畑に出るようになっていたけれど、なかなかわたしは手伝う精神的肉体的余裕がなかった。最近はやっと、少し手伝える程度にはなってきたのだ。
●「みかんジュースを飲み終えたパックのなかに、ただのお水を入れた」ものを、コウちゃん(長子の甥)に騙されて飲んでしまった。という話の続き。えっへん。仕返しをね、しよう!と思ったのだけど、なかなかいい案が浮かばない。だって、同じこと(こちらも空のジュースパックにお水を入れる)したって、つまらないじゃない。で、ひらめいたのさっ! コウちゃんをギャフンと言わせる方法を! 先日の水が入ったジュースのパックをとってあったので、今度はね、それにホンモノのジュースを入れるのだ。冷蔵庫にちょうどサンキストのオレンジジュースがあったので、それをね、パックに入れて、姉に託したさ。「学校から帰ってきたら、コウちゃんに飲ませて」と。狙いは「騙されるぅ~、と用心して飲まないだろう。へへへ。これがホンモノのジュースと知ったときの、コウちゃんの驚き」である。しか~し、残念。オレンジジュースの量を多く入れすぎて、パックをちょっと押しただけで、ストローからオレンジ色の液体が見えたのだとさ。で、すぐに「オレンジジュース」だとわかったそうな。くぅぅぅ。もうちっと、こちらも頭を捻らねばならんなぁ。

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「時間の糸」

●爺さん亡くなってから、初めて病院に挨拶に行った。イチゴをもってね。外来の婦長さんは、およよん、今年3月で退職されていたのであった。(特に会いたい方だったので、残念。手紙を書くことにしよう)。手術から、通院、入院、最期の看取りまでしてくれた、主治医のN先生とは会うことができ、でも、N先生の顔を見ただけで、またポロポロ涙人間になってしまったので、充分なお礼を言えなかったかも。そのあと、入院病棟へ。婦長さん、担当看護婦さんたちと会えたので、よかった。「爺さんが入院する少し前、10月半ばに本植えしたイチゴ」、食べてもらえたら、爺さんも嬉しいだろう。それにしても、決して小さな病院ではないのに、みなさん、わたしの顔はおろか、爺さんの顔も「今も覚えてますよ」と言ってくださり、“だから何”ということでないのかもしれないが、わたしにとっては、忘れがたい時間を拾いに行ったような、今の自分を慰めてもらっているような、有り難いことであった。
●ところで、今年1月からわたしは病院に行かなくなって、でも、病院の方たちはその後もずっと、爺さんが亡くなる以前からつづく(病院の)時間をつむいでいる。なんかね、そのつむがれた時間のなかに、ポツリと自分が降り立ってみると、不思議な感覚におそわれる。過去に戻ったような、でも、過去じゃない。「時間の糸」を見せつけられたような思いである。
●Sちゃんの家に寄る。病院を出たところで電話をすると、「おいで、おいで~」と言ってくれ、15分ほどのちに到着すると、(夏日ほどの気温ある、暑い日であった。まずは麦茶をゴクゴクいただいてから)、わざわざ近所まで買いに行ってくれたケーキやら、アイスクリームやら、ごちそうになる。帰りにはお花畑(すんごく狭いところに、何十種類の花を植えてある)で摘んだ花束までもたせてくれ、おまけに駅まで車で送ってもらい、まことに恐縮。夜、母様がお礼の電話をかけると、「若いパワーをもらって楽しかったわぁ」と言われたそうだ。ぐふふ、四十のわたしをそう言ってくれるSちゃん夫婦だが、そんなこと言われると、わたしのなかから益々若いパワーが生まれてくるわい。

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ギャフン

●おととい、コウちゃんが「ぷるんぷるん クー」(みかん味)をもってきた。で、バアちゃんの冷蔵庫に入れていたのだけど、「おいしいから、ともちゃん、飲んでいいよ」という。へっ? 「そんなことをコウちゃんが言うなんて、今世紀のトップ10に入る驚きだ」と返事をしたら、「ひどーい。ボク、ママが何か味見させてって言うときも、気前よくあげるよ~。ケチなのは、ケイちゃん(弟)」と言ってくるではないか。なーんかヘンだなぁ、と思いつつも、その日はそのまま、コウちゃん、自分の家に帰っていった。で、きのう、「ボクのあげたジュース飲んだ?」と電話がかかってくる。「んー、コウちゃんと一緒に飲もうと思ってまだ飲んでないよ」(ほんとは忘れてた)と答えると、「おいしいからさ~、飲んでみてよ」という。で、きょう、飲んでみたさ。かすかにオレンジジュースの香りがついたお水だったさ。ギャフン。こんな古典的ないたずらに騙されるとは!
●平和。平和で単純。単純ということは、とても尊い。この世の中、単純を得られないために、息をするのも苦しいくらいもがいている人間がどんなに多いことか。平和は(たぶん)すばらしく、単純はそれに負けないくらい、すばらしい。
●お月様。「燃えるように赤い月」というのはおかしいか? でも、ホントウにそういいたくなるような、今夜の月であった。

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出稼ぎは中止

都会の空気を吸いたい。というのもあるし、なんといっても、「現金収入」が欲しい。というわけで、先日、かつて派遣社員としてお世話になっていたところの人に連絡をとってみた。前に「あなたの希望する日数だけでもいいから」と言って下さっていたので、「月の半分だけ働きたい」とメールをしてみたら、現在の採用担当者とは面識がないのに、「採用!」となってしまった。で、とんとんとんと話が進み、実は今週の途中から、上京して労働することまで決まっていた。だが、結局、わたしは断わってしまった。表向きの理由は「時給が希望に合わない」(前は大手派遣会社からの派遣でわりといい時給であった。今回は労働先のグループ会社からの派遣ということで、時給が下がる)と。先方は「特別に時給を100円アップしよう」とまで言ってくれたけれど、それでも、わたしは上京して働くのをやめた。ぱおぉぉぉん。仮に東京のオフィスで労働すれば、それなりの現金収入にはなるけれど、はたして、月10万、20万、30万ほどのお金を稼ぐことが、今のわたしに重要か?と考えると、もっとほかにすべきことがある。と思ったからだ。

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節約したい人

スーパーなどで100円、200円のものを買うには、じぃーっと立ち止まり悩んでしまう我である。ケチなのかといえば、ケチと認めるのはシャクで、じゃあケチでないのね、といえば、いや、ケチですと答えたくなる。■先ごろ、アパートに戻った際、水道料金のメーター検針表が入っており、そこには、「使用量ゼロ」で、料金5千円(二ヶ月分)とある。えー? 「使用量ゼロでこの金額はおかしい」と、市役所に出向いたついでに、担当部署をたずねてみると、「まったく使わなくても、基本料金だけでこれくらい請求がいく」の答えであった。ぐわわわん。ショック。そうか、そうなのか。(って、これまで気づかなかったほうがおかしいか)。ちなみに、同じく金沢市が管轄している都市ガス代は、今回、使用量1立方メートル。水道もガスもほとんど使っていないのに、今月も両者だけで6千円払わねばんらんとな。・・・それから数日後、水道とガスを止めました。たまあにアパートに滞在するくらいなら、「トイレは近所の公衆トイレ」、「お風呂は銭湯」を使えばいい。その他、多少の水はミネラルウオーターでいい。電気は通じているので、お茶を飲みたいときは、電子レンジでお湯をわかせるしね。まあ、掃除のときなどは大量の水が必要であるが(掃除機をもっていない。雑巾で掃除するのダ)、そのときは、また「開栓」してもらえばいいのさっ。■ケチか否かはおいといて、節約できるところは節約したいものでR。「気持ちを貧乏くさく」するような節約には興味がないが、余分な出費は出来る限り抑えたい。

*おまけ日記*
先週はしばらくネットができず、であった。「今使っているプロバイダーに適用されない、データー通信カードを買ってしまった」話までは書いたな。あのあと、親の家に戻り、これまでどおり「普通の電話回線」でネットにつなごうとしたら、あーた、あーた、「なんか変な回線を呼び出してしまい、電話回線につながらない」状態になってしまったのさ。んで、また、お手上げ!■プロバイダーのAOLは「朝10時から夜7時まで」しか電話にでる人がおらず、夜7時以降に「あああんっ」と思ってしまった我は、テキトーに「削除、えいっ、これも削除だっ」とPCをいじっていたのね。(←テキトー過ぎて、内容を説明できない)。で、治ったかといえば、「治らず」で、翌日の営業時間内にAOLに電話したのさ。そしたら、「どうも、大事な内蔵モデムまで削除してしまった」ことが判明のうえ、「こうなってしまっては弊社で対処できません。メーカーさんに電話してください」の返事。で、メーカーのシャープに電話したら、「電話窓口の者では対処できないので、技術専門の者に代わります」だとさ。■あーた、あーた。これって、数日前にデーター通信カードの件で電話したときと同じね。この「技術専門」の人に電話をつないでもらったら、その電話でのアドバイスが、ひとつの件につき、確か2千余円かかるのよね。直っても、直らなくても、それだけのお金がかかるのよね。はぁ。「それがいやなら、お客様自身でPCをリカバリーしてみて下さい」とも、シャープの電話の人が言うので、そうすることにしましたわい。んで、AOLのバックアップをとる方法を教えてもらうために、AOLにまた電話したさ。そしたら「手順がフクザツなので、電話ではちょっと・・・。手順を書いたものをファックスで送りますね。あ、ファックスない? じゃあ、メールで送っときます」だと。わたしも「はいはい」と返事していたが、あとで考えたら、「ネットにつなげんから電話しとるのに、メールで送ります」だと?■なんでコンピューター関係のトラブルって、わずらわしく、フクザツそうに見えるのだろう。ふうっ。結局、シャープに技術料を払うのがイヤで、かつ、PCのリカバリーもたいへんそうだなぁ、と思った我は、再びテキトーにPCをいじったわい。でね、えへへ、「システムの復帰」というのをやってみたら、な~んと、トラブルの大元を直せたのである。あとは、再びAOLに電話して、ちょちょちょいと教えてもらって、無事、ネットにつなげるようになったのでありました。■それにしても、「ネットにつなげない」というだけで、小さなストレスがある。いかんなー。ネット環境を整えたいと思っていたけれど、(電話回線だと、思いっきりネットできない)、あまりネット環境を快適にしてしまうと、ますますネット依存が進みそうだなぁ。しばらく、この不便で、使いにくい、電話回線(しかもアナログ)のままでいようかのぉ。

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平和な日曜日 (わたしは「毎日が日曜」だけど)

お寝坊。11時頃の起床。クルミパンなどの朝食。天気よいので、祖母宅(普段は無人)の換気をしようと、自転車に乗って、出かける。2階と屋根裏部屋の窓を開けて歩く。親の家に戻ると、ちょうど来客。お喋りして、じきに時間が経つ。15時頃、冷やしウドンなどの昼食。食べ終わって、お皿を洗っていると、また来客。今度は庭を眺めながらの接客。その後、祖母宅の家の戸締り。そのまま、山側の畑へ。カボチャ、グリーンピース、スナップエンドウ、観賞用キク、食用キク、アスパラ、黒ウリ、オクラ(苗)、トウモロコシ(苗)、チンゲン菜、サラダ菜の、水やり。(海側の畑は母が水やり)。帰り、祖母宅庭の花木に水をやろうと思い、立ち寄るが、ホースが上手く伸びず、断念(ちょっとしか水やりできず)。祖母隣家のおばちゃんが、軒下に吊るしていたおイモをくれる。美味。親の家に戻り、庭木と盆栽に水やりをしていたら、あーた、もう日も暮れまっせ。(草むしりは明日にもちこしだ!)。平和な一日である。

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運動会Day

晴天なり。甥っ子たちの運動会。毎年のように「見に来てぇ」と言われつつ、一度も行ったことがない。うーむ。長子の甥は小学校最後の運動会だし、その甥が幼稚園に入ったときから一昨年まで、学芸会や運動会などの行事には、ほとんど欠かさず、ジイちゃんバアちゃんも参観していた。けど、今年はジイちゃん、来れんしな。・・・というわけで、わたしも初めて甥っ子たちの運動会を見に行くことにした。■運動会は思ったほど人が多くなかった。市の中心に程近い学校なので、郊外化の進む現在、子供の数が年々減っているらしい。高学年で3クラス、下の学年にいくと2クラスの規模だったかな。それでもまあ、ビデオカメラをかまえた父兄たちがうようよいるわけで。。。「あー、苦手な空気かも」。わたしは、「身内に愛情を注ぐ余り、まわりが見えない」人間の放つ空気が、とても苦手なのだった。■ははは、とはいえ、わたしも甥っ子の出場する競技は応援しながら観戦するが、他の学年の競技の時間は、木陰のシートで昼寝などしていたのだから、人様のことは言えんのだがね。■長子の甥が一番張り切っていたのは、騎馬戦。ま、なかなか強い馬であった。6年生ともなると、闇雲に「突っ走る」のではなく、彼らなりにいろいろ作戦を立てているようで、感心。それよりも、1~2年前まではポッチャリ気味で、かけっこも、闘争威力が足りないというか、とろとろ走りだったらしい彼が、100メートル走で先頭を切っていたのには驚いた。で、も。ゴール近くなり、ほっとしたのだろう、1等かと思いきや、結果は2等になってしまったというのが、「いかにも」なのであった。次男の甥は、100メートルはダントツの差をつけて1等で、リレーも「ちょっと学校の有名人」になるほど早かったのは、まあ、ここに書くと自慢話のようになってしまうか? (わたしは、殊更、そのことを自慢に思ってるわけではない)。

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