ともみ@ピクニック

愛の寿司

20時からのテレビで西原理恵子さんが「アルコール依存症だった」夫(元夫)の話をしていた。うむ、夫の鴨志田さん、“まとも”だったのは(結婚から)最初の半年で、あとの年月はアルコール依存症を発症した日々だったらしい。わたしもごくごく軽症のアル中であるかもしれないが、アル中の怖さは、「酒を飲むのを止められない」ことじゃあ、ないんだね。「酒を飲むことによって、人格が破綻する」それが一番の問題なんだね。▼この人はほんとうにアル中の男と向き合い生きてきたんだなあと、西原さんの一言ひとことが、テレビを見ているわたしにしみこんできた。▼なんたって、夫は結婚してじきにアル中になり、アル中が治ったら、今度はガンで死んじゃったんだもん。「彼がお酒を止められないのは意思が弱いからじゃない。病気だからなんだ」と理解し受け止めるまでの月日は重いよ。そもそも、人が人の弱さを認められるのは、並大抵のことではない。▼おまけ。西原談の一例 →「 アル中の人は、最低限の『やっちゃいけないこと』が分かるんですね。ある夫婦は、アル中でも『生活費を入れる』から、別れない。これで稼ぎが無くなったら別れますよ。ウチの場合は、もしも私や子供に暴力をふるったら、一発でアウトですよ。彼も『暴力をふるっちゃいけない』と分かっていたから、それはしなかった。アル中の、この『最後の理性が残っている』っていうのが、また小憎たらしいの!」。▼ところで。鴨志田さんは、アルコール依存症を治すために三鷹の精神病院に入院していたらしいのだが、『遺稿集』(鴨志田穣・著)のなかには、「精神病院の中庭で家族と一緒にお寿司を食べた」話が短く綴られている。「病院で生ものは食べられない」ことを妻が配慮しての差し入れ。夫はそれに気づきながらも、あえて触れずにいたんだろうな。わたしはこれを「愛の寿司」と呼びたいじょ。(「ところで」の「おまけ」。同著のなかの未完小説「焼き鳥屋修行」は鴨志田さんの自伝でもあろう。わたしはとても好きだ。上等な青春小説である)。

*「アルコール依存症」と「アル中(アルコール中毒)」の違いがわからない。
 ここでは混同して書いてます。
*20時からのテレビというのは、NHK教育の『福祉ネットワーク』。

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「こんな安らかなのはめったにないですよ」。主治医が爺さんの臨終に際して言った言葉を、わたしは訃報を知りかけつけてくれた人々に繰り返し伝えていた。「眠ってるみたいに、いやもう、眠ったまんま逝ったんです。ちっとも苦しまないで。お医者さんがこんな安らかなのはめったにないと言ったくらいなんです」、自宅に戻ってきた爺さんの床の横で、わたしは何十回、客人に伝えただろう。■お通夜の直前、黒の振袖を着付けてもらいながら、わたしは「挨拶文」の推敲をしていた。そこには「こんな安らかなのはめったにない」の話も入れていたのだけど、下帯をぎゅうぎゅう締められながら、「違うんじゃないか」という気持ちが、突然、わいた。息をひきとったときは、たしかに、眠っているように安らかだったけれど、それよりも前、午前中の熱を出したときや、わたしが仮眠をとっているあいだ、爺さんは「はぁ、はぁ」と熱にうなされていたではないか。ちっとも安らかじゃないよ。辛かったんだよ、爺さんは。なのになんで「安らかに逝った」なんて、わたしは思い込んでいたのだろう。迷いなく、わたしは挨拶文からその部分を削った。■それからしばらくの日々は、にこにこと笑っている爺さんの遺影を見ては、とてもフクザツな気持ちになった。今は、今はどうなのだろう。「誰しも、いつかは逝かなきゃいけないんだもん。あんな安らかに死んで、幸せやわ。よかったわ」と、本気で、かつ、平気で口にしていた自分には戻らないけれど、それでもやっぱり、眠るように、あるいは眠ったまま逝った爺さんの最期は、わたしにとっていくらかの、いや、相当大きな慰めになっていることに変わりない。

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『水虫退治株式会社』

朝、急に、高山(岐阜)日帰り旅行をすることになった。途中休憩を入れて片道3~4時間ほどのドライブ。あれは何という河なのだろう、途中、大きなつり橋を造っているのが見え、ちょっとドキドキした。(橋の建設はビルの建設よりも興奮するな。なぜだ?)。高山では、蕎麦、みたらし団子、牛の串焼き、せんべい、日本酒などなど、観光そっちのけの、食い倒れ旅になりかけたが、さいご、獅子会館という所で「からくり人形」の上演を見て、ほぉと感心。おまけを言えば、獅子会館の近くで『水虫退治株式会社』という看板を見つけ、ほぉほぉと感動。高山


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T さんの言葉

「意識が遠のき始めている」と、担当看護師のTさんが姉に告げたとき、「妹さんはもう限界だから」ともTさんは言ったらしい。

爺さんの最期を思い出しては、今も毎日、涙が出てしまうけれど、このTさんの言葉を思い出すと、とりわけ涙が大粒になってしまう。入院以来、爺さんのみならず、わたしのことも見ていてくれたTさん。その彼女がこんなことを言うのだから、たった一ヶ月の入院ではあったけれど、いくらかのことをわたしは爺さんにやってあげられたのではないかという安堵の気持ち。そして、「限界? あのとき、わたしは限界だったの? 違う、違うよ。ただちょっと疲れが溜まっていただけ。まだまだ大丈夫だったのに」、悔しい気持ち。この両方がやってくるのだ。

まだまだ時間が欲しかった。いや、まだまだ時間はあるつもりでいたのだ。わたしは。

本当は「しかるべき」ときがやってきて、爺さんは昇天したのだろうけれど、わたしは今だに爺さんが「あっけなく」逝ってしまったとしか思えなくて、どうしようも、ない。

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「二人はおらんと」

1月10日の午前、わたしと二人きりになった部屋で、爺さんは言った。「一人じゃ足りんの。やっぱ、二人はおらんと」。そのとき、わたしは何の意味かも考えず、「そうやね」と答えていた。

爺さんが息を引取るとき、母や甥たちも駆けつけていたけれど、彼が昇天を始めたのは、それよりも早い時間、姉がベッドまわりに付き添い、わたしが簡易ベッドで仮眠をとっていたときなんだろう、と、今のわたしは思っている。

爺さんが骨になってまだ日浅い頃、とつぜん、あの言葉が蘇ってきた。そしてわたしは、「一人じゃ足りんの。二人はおらんと」の意味を合点したのであった。あはは、いつの間に爺さんは近い未来を知ったのだろう。あはは、ちゃんと言葉どおり、姉とわたしの二人がいるときに、爺さんは旅立ち始めたのだ。

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小さな奇跡

25時からのラジオで、なべおさみが、ハナ肇を看取ったときの話をしていた。肝臓癌だった、ハナ肇。「痛みをやわらげるために、眠り薬も入れるでしょう。そういうのを、僕(なべ)はお医者さんと結託して、一切、止めたんです。『痛い』のは生きているからこそ。眠り薬をしないから、意識もはっきりしている」。なによりもわたしが驚いたのは、余命「1.75日」(2日もない)と言われた体を一ヶ月近くも生きさせたことだ。なべは「どういうプロセスを経て、死に至るのか」を医師にたずね、ならば、それを「させない」ような作用をすればいいと考え、実行したのだと。そしてまた、なべによると、最期のさいごまで、「息をしているだけで、意識はない」と傍目には見える状態のときも、ハナ と なべはコミュニケーションをとれていたのだという。会いたい人に会い、ベッドの上で漫才のようなやり取りをし、5回も危篤を体験し、生と充分にお別れをしたうえで、なべの「おやじさん、もういいいでしょ」という声に応え、ハナは逝ったのだと。しずかに合掌。この小さな奇跡は、付き添う側の心構えひとつで、誰の手にも届く範囲に在るのかもしれない。わたしは拾えなかったけれど。拾わなかったけれど。

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ガチャピンみたい

■朝、親の家を出て、金沢へ。途中駅下車、昨年から(!)借りていた本を図書館に返す。(開館前なのでこっそりポストに投函)。10時半頃、金沢着。デパートの文具売り場などで時間を費やしてしまう。気がつけば、とっくに昼をまわっている。アパートに「行き」、窓を開けると、近所の庭のフキノトウが“ばかでか”く成長。1週間前はフキノトウらしかったのに、今は『ひらけ!ポンキッキ』のガチャピンが無数いるようにも見える。「キャベ玉」を2枚食べ、30分ほど昼寝。こんな時間、久しぶり。14時半、あわてて歯医者。思っていたよりずっと早く終り、拍子抜け。今日の治療費は(保険適用のうえ)5千円以上。歯医者に通い出すと、高額出費が毎週のようにやってくる!という事実を思い出す。いくつか用事を済ませ、金沢駅へ。新しくできたカフェを発見。コーヒーとシュークリームを注文。(中年欧米人カップルの座っていた窓際テーブルに赤ワインを飲んだあとのグラスが2つ並べて残っており、それを目にしただけで、わたしの心はドキュンと好感の針に触れた。← 「酒を置くカフェは素敵だ」という単純な理由だけではない)。居心地がよく、親の家に帰るのを1時間ほど遅らせてしまった。21時頃、親の家に戻る。今年初のホタルイカを食べた。
■親しい人を亡くした喪失感はそうそう癒えるものではない。と、言葉をかけられて、わたしはこれまでしまっておいた気持ちを話した。「親を亡くしたことからくるものは、いくらか、ほかの人とも分かち合えるし、また第三者からも理解されやすい。冷たいことをいうようだけど、わたしは、親を亡くしたことよりも、それ以前から抱え持っているウツに苦しんでいるのです」。

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真央ちゃん

●浅田真央ちゃんの滑りを見ていると、背筋が伸びるような気持ちが湧いてくる。演技の上手さだけでなく、観客にこういう体験をさせる力こそが、プロの凄さなのだろう。
●わたしは爺さんの死を通して、「自分が死ぬ」ことへの恐れの壁が低くなったと感じている。そして、もしも同じ病気に自分がなっても、やみくもな不安を抱えることなく、病気と向き合える、そんな気がする。そういうときがいつ訪れるのか、あるいは訪れることなくまったく別の形でこの世を離れることになるのか、わからないけれど。
●やっぱり花粉症は完治していないようだ。目のかゆみ、ほんの少し鼻炎の症状が出てきた。ま、それでも薬に頼るほどではない、ごくごく軽症。(今年は「紅ふうき」茶も飲んでいない)。

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「戻りたいよ」

やっぱり一日中、寝ている。先日(17日)日記として書いたけれど、「湿っぽい」と思いアップしなかった分を、今日のブログにアップしよう。
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あのね、わたしは爺さんが亡くなっても、純粋な悲しみというものを味わっていないのかもしれない。はじめは、ただ呆然とするばかりで、しばらく(何週間か)は現実に慣れなくてやはり呆然の連続で、そのあとは人生最悪というくらいのストレスがやってきて、そして、このごろは、爺さんの死を迎える以前からあった個人的なもんだいに襲われつつある。▼悲しみと対面するヒマがなかったともいえるが、あるいは、悲しみの感情を、わたしのなかに持ち合わせていないのかもしれない。ただ、今も毎日のように涙は流す。その涙の源を悲しみとこじつけるならば、できないこともないけれど、ほんとうはね、その悲しみなんて、エゴと直結した悲しみなんだと、わたし自身が知っている。▼「元気になんか、なりたくないよ。いつだって、あの時間(爺さんの入院中)に戻りたいよ」と、この前も、荻窪のお風呂につかりながらはっきり思った。ここまではっきりと言葉になって胸におりてくるのはときどきだけど、この思いは言葉にならずとも、一瞬のとぎれなく常にわたしの胸のなかにある。
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これは大事なことだから書いておくけれど、肉親の死があったから、その悲しみを引き金にしてわたしのウツウツがぶり返ったのでは、決してない。あのね、「誰かの死」に集中して悲しみを注げるのは、精神が清らかで、ある意味、幸せな状態であると思うよ。

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「眠い眠い」病

ごほんっ。「眠い眠い」病はまだ居るのである。(おとといは、15時をまわり、「墓を見に行くぞ」の電話で起床。きのうは、14時ころか、「もうこれ以上、先に伸ばせん」と庭仕事のため、がんばって起きた)。そして、本日は猛威をふるっているようです。寝ても寝ても、眠い気持ちは消えない。もう眠れないだろうと思っていても、朝昼夕を関係なしに、眠りのなかにいる。

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あの世につながる電話

庭を春仕様にする。盆栽の棚を造り、冬篭もりしていた鉢を銘々の位置においていく。ふふ、簡単に書いてますが、これ、けっこうな肉体労働。大きい鉢になると、子供の背丈ほどありますもん。横幅一メートル弱ほどのもありますもん。昨年まで、これを爺さんが一人でやっていたというのだから、まったく!!なのだ。▲入院中、あれは大晦日の夜だったか、元日の朝だったか、爺さんに「玄関に松の盆栽を飾ったよ」と話をすると、なぜか、爺さん、おかしなことを言い出した。「・・・勝手にいじった。せっかくいいのにしたのに動かした」。どうも、入院数日前に冬篭もりさせた盆栽を、誰か(家族の者?)が勝手に動かした、というのだ。わたしは「玄関に松を飾ったと知らせたから、そんなことを言うのだな」と思い、でも、飾った松は爺さんの言う場所には置いていない松だと思い込んでいたので、「なーん、動かしとらんよ」と返事をするも、爺さんは「動かした」の一点張り。あまりにも頑固にそう主張するので「なんで、そんなこと言うの?」と尋ねたら、「ワシ、見たもん」だと。その日、家に帰り、わたしは「玄関に飾ったのは、確かに爺さんの『いじった』と主張する場所にあった盆栽だ」ということを知った。▲この頃の爺さんにはせん妄が薄く現れていたので、夢と現実が交じり合い、たまたま見た夢がわたしの話と一致しただけなのだと思うけれど、それにしても、わたしにとってはちょっとドキリとする一件であった。(実はこのほかにもう一つ、同じ頃、爺さんは自分が知らないはずのことを当てるような発言をしたので、わたしはまたドキリとしたのだった)。もしや、爺さん、夢見のなか、「体はベッドで、魂はあちこちお出かけしてるの?」と、まじで、わたしは思ったりもしたのだった。▲さて、話は戻るが、本日の庭作業の途中、「どうなっていたっけ?」「どうすればいい?」ということが度々あり、母は「あっち(あの世)に電話あればいいのに」と独り言を言っていた。

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酢豚定食えとせとら

▲お彼岸らしい。頂いた「おはぎ」で彼岸の入りを知る。(どうも、「お墓参りといったら、お盆」という環境に育ったので、お彼岸という考え方に馴染み薄いのだ)。
▲夕方早め、爺さんの弟夫婦と母と4人で、石材店をまわる。まずは前回見学していない石材店に行くも、ぴゅーぴゅー寒い風が吹いていることもあって、あまり力を入れて見れなかった。次は前回も行った石材店。実は、母が前回気に入った様子を見せていたお墓(見本)がここにあり、彼女の気持ちがかなりこれに傾いているのがわたしにはわかっていたので、あとは「うん、これでいいね」と後押しするようなひと時があればいいと思っていたのだ。(「お墓は母のいいと思うものがいい」が基本的なわたしの考え。本来、お墓なんて、「これ」と気に入るものを見つけるのは難しいだろう。母がほとんどひと目ぼれする品があったのはラッキーだった)。叔父や叔母も「なかなかいい石じゃないか。色もいいし」と同意してくれたので、母はたいそうホッとしたようであった。その後、お墓の予定地を叔父たちに見せ、相変わらず、ぴゅーぴゅー寒い風が吹いてはいたけれど、母は大仕事をしたあとのような高揚した顔をしていた。
▲夕飯、ラーメン屋にて、「酢豚定食」(1人前)に「野菜炒め」(大皿半分)に「餃子」(半皿)を食べた。(「なんでも好きなもの、食べて。ごちそうするから」という叔母の言葉であったが、メニューを吟味する前に、こんな高校生級の量を注文されてしまった。我を除いて「平均年齢70歳」の三人も、同量を完食していたのだから、おそろしい)。

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脳内麻薬(睡眠依存症)

この前、家の裏をのぞいたら、福寿草が咲いていた。ひっそりと、でも、ニコニコと咲いていた。■やっぱり、「眠い眠い」病はやってきているな。のっぺりした顔してるくせに、かなり強烈な奴だ。昨日は、金沢駅→残り少ない預金を下ろす(ATMの使用方法を間違えて、カードのセキュリティを直してもらうのに30分もかかった!)→歯医者(なされるがまま)→各支払い(市役所など)→アパートに寄り新たな郵便物チェック(まだ電気が通っていないアパートだ)→スパゲティ屋(時間がなく、コーヒー屋へのハシゴは断念)→金沢駅(マック100円コーヒー買う。最近、マックのコーヒは美味しくなった気がする)→親の家(20時頃)。と、珍しく行動Day。そして本日は一日ずっと寝ておりました。■どうもね、寝ることで、わたしは脳内麻薬を出しているんじゃないかと思う。だから、寝ても寝ても、眠い。寝ても寝ても、眠れるんだ。この麻薬はね、「現実から逃避する」世界に連れていってくれる。

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歯周ポケット

ほおっ、「眠い眠い」は身を小さくしている本日であった。■昼前の起床。金沢へ。歯医者である。治療のついでに、歯周ポケットの歯石を削ってもらう。(本日は全歯の1/4、口内左下を)。この歯医者では歯石をとるとき、麻酔を使うのだけど、どうもわたし、「歯ぐきを刺激する痛みは、キライでなく、むしろ、快感に近いものを感じる」のだよ。例えば、歯ぐきが膿んでるとき、そこを触るのは「痛気持ちイイ」のだ。だから、歯石をとる際の麻酔は要りません!と、ホントはいいたいのだけど、自分の中の変人性を知らせるような気がし、言い出せないでいる。■アパートの電気が止まっていた、とは先週の日記に書いたが、本日は、電気・水道・ガス、国保、税金、滞納していた分をえいっと支払った。(コンビニで一斉に払えたのかもしれないが、頭の働かないわたしは、市役所の各窓口やコンビニをハシゴして支払った)。〆て6万円ほどなり。実はNTTにも滞納金はあるのだが、(固定電話でなく、光フレッツ代)、お金が足りずに、それは次回にもちこし。あのね、鼻息荒めにこれは書いておきたいのだけど、NTTからは「契約解除。すなわち加入権の消滅」を告げるお手紙が入っていたの。(ここ数ケ月、郵便物をほったらかしにしていた。当然、NTTや公共料金などの請求書もほったらかしに。山のように溜まっていたそれらを、先週、やっとチェックして、この件を知った)。ぐふんっ。すべては自分の責任とはいえ、「加入権を奪われちゃう」なんて、後味悪いなー。

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眠くても、腹ぺこ

やっぱり「眠い眠い」はお出ましのようである。本日は17時半まで眠ってしまった。(しかも、起きたのは、高校時代の友人が18:15に迎えにくる、という約束があったから。あわててシャワーを浴び、髪を乾かし、仕度した)。■車中、「起きたばかり」と打ち明けると、「起きがけじゃ、食べられないかもね」と友。「いーや、腹ぺこであります」と返事をした通り、パンをお替りまでしてコース料理をぺろっと完食。■「この歳になると、まとまろう、落ち着こう、って人が多くって、わたしが頭のなかにあることをちょろっとでも話すと、『え~、まだ何か目論んでるの?』って驚かれるんだよねー」と、ちょろっと打ち明けてみたが、やっぱり、相手(高校の同級生)には通じなかった。えへんっ。人生は孤独が基本である。

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