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「かもめ食堂」

ここ最近にしては、お寝坊な日。といっても、まだ夕方にもなっていないが。▼玉川図書館へ。雑誌、ぱらぱら。ほとんど興味ない頁ばかりであったが、小泉純一郎の「セックス、再開!」話はよかった。(←たしか『週刊文春』)。ぐふんっ。こんなことを書くから、いろいろ誤解を受けるのだ。まるで色魔のようにね。ふ~んだ。わたしはね、コソコソした行い、と、ウソが大嫌い。(笑いのエッセンスをこめたウソはOK)。保身のためにウソを塗りたくる人間が大嫌いなの。だから、「首相時代は右手がお友達だったけど、ようやく、セックス生活再開しました。あっ、という間にイッちゃったけど、翌日の朝、もう一度やったら、それなりにもった。いやぁ、セックスはいいね!」なんて、(ま、これ自体、真相は藪のなかではありますが)、小泉発言とされる話を総合した記事を読んで、すがすがしささえ覚えました(*)。ところで。小泉さんが何歳なのか知らないが、あれだけの白髪オトコになっても、そういう能力があるのかと、感心も致した次第であります。▼ドリップコーヒーが切れそうだったので、「東京ストアー」へ。(←そういう名前のスーパーマーケットがあるのだ)。くるみパンと、コーヒーと、チョコレートと、きつねうどん(アルミの鍋にはいってるやつ。火にかけるだけ)を買い、数軒隣にあるマクドナルドへ。『日々是作文』と『寿司とマヨネーズ―ある愛の記録―』を拾い読み。▼夜はやっと、「かもめ食堂」を観る。思ったとおり、超Goodな映画。「思ったとおり」というのは、好評価をいろんなところで聞いていたし、なんといっても、小林聡美が出演する作品ははずれがない、というのがわたしの持論。(TVドラマ「すいか」以来の考えだが)。主人公サチエの「あったかい、すっきり」感がいい! ストーリーも大好き! そして、なんといっても、光の具合が最高! (この色あい。映像の色合いが、とってもわたし好み!)。しずかなハッピー感をもたらしてくれる作品だ。何度でも観たい!

(*)あまりにも飛躍した話だな。はい、「ウソが嫌い」→「小泉さん性生活」→「すがすがしい」の間には、ぐるぐる色んなことが回転しているのですが、ここではそれをハシおってます。なので、「(独身者で)セックスした人はみんな、報告しましょーねっ」話では、もちろんない。わたしはね、個(特に著名人)が複数に向かって「自分の性」を語る姿が好きなのだと思う。好きというより、とても好感をもつのだ。

「やわらかい生活」

近所のパン屋さんで買ったクルミパンなどを食べながら、ネットサーフィンをしたり、一週間分の日記を書いて過ごした午後。こんな時間、久しぶりである。幸せ。夕も六時になれば、まっくらなのね。冬の気配を嫌でも感じてしまう。夜7時半ころ、犀川向こうのスーパーマーケットに行くために外に出たら、あまりの寒さに心身が反応。つい数時間前、「ため書き」した日記のなかに、秋冬は好きな季節になりそうだ、なんて意味のことを書いたのに、いやいや、とんでもない、寒いのはいやデス。と、自転車のペダルを漕ぎながら、独り言の撤回。▲オーシャンサラダ。(←オーシャン、それは「カニかま」のことであります)。シャキシャキ野菜のゴマ酢サラダ。(根菜とコンニャクがたっぷり。ゴマと酸味の割合が絶妙の味付け!)。北陸健康鶏チキンカツ・味噌ダレ。(←「健康鶏」と銘打つあからさまな名前はちょっと下品に感じる。が、旨かった)。焼きそば。(←ふつーのソース焼きそば。この「ふつー」がいい)。天然本マグロお刺身。(880円が200円になっていたので、貧乏性の我は「買わなきゃ、損!」の思いに陥り、買ってしまった。しかし・・・)。スモークチーズ。そしてもちろん、白ワイン。以上、今夜の献立。はい、つまみは全て、マーケットからの調達品である。すっかり料理しない人間になってしまった。まあ、いいのである。▲DVD「やわらかい生活」を観る。共感しすぎて、言葉を失う、とは、このことかっ。な、映画であった。いや、感想は山のようにあるのだけれど、ひとつ言えば次から次へとあふれそうで、今日の日記では書くのをやめておこう。ともかく、「わたしの三十代後半期にしみこむ、ナンバーワン」といえる作品かも。

ファドの夜

午後、金沢へ。今夜はファドのコンサート。歌い手は、アナ・モウラ。チケット予約はしたものの、期日までに購入していなかったので、当日券を買うことに。毎度のトホホ。■「並ぶんだろうなぁ」と早めに行ったものの、だーれも並んでないどころか、チケット販売開始まで20分ほど時間があり、本来ならば、会場のお隣である全日空ホテルのラウンジで「軽く一杯」といきたいところだが、20分じゃ、落ち着かん。って、ことで、近くのラーメン屋に入り、とんこつ醤油ラーメンで腹ごなし。その後、無事、当日券(自由席)を買い、「いい席をゲットするために並ぶぞぉ」のつもりでいたが、だーれも、人っ子ひとり、並んでおらん。ちょっと拍子抜け。開場まで少し時間があるので、(施設に併設されている喫茶店は営業時間が終わっていた)、近くのコンビに行き、ハーフボトルの白ワイン、あなごの竹輪、サラミのスライス、を買い、コンサート会場に戻る。■結果、ものの10分も並ばないのに、とてもいい席をゲットできた。(二階席の最前列真ん中!)。で、席確保に安堵したのちは、ぐふふん、開始まで30分近くあるので、二階のロビーにて、ひとり、ウエイティングバーごっこ。ちなみに、階下(指定席のフロアー)のロビーには、それなりにヒトがいたようだけど、わたしのいるロビーには、だーれも、いない。なぜだ? ま、そんなことは置いといて、珍しくおめかしした我は、これから始まるコンサートを楽しみにしつつ、あなごの竹輪を齧り、サラミをつまみ、ワインをラッパ飲みし、ウエイティングドリンクを楽しんだのであった。(傍から見たら、「アル中女」あるいは「変人女」ですな。パールのネックレスをし、ヒールのある靴を履き、つまりは正装をして、この行動!)。■で、肝心のファドであるが、前半、眠気と戦うのに大変でした。(つまらないんじゃない。どうも、わたしはブラジル語とか、ポルトガル語を、ことさら気持ちよく感じる体質なんじゃないか、と思うのだ。気持ちよくて、また、実はコンサート前から眠くって、おまけにワインなど飲んだものだから、ファドが子守り歌のように聞こえてしまったのデス)。後半は、アナ・モウラの湧き上がるような歌声と、ギタリストのすばらしさに、自然と、体が30度くらい前のめりになり、首を鶏のように前後してる、そんな姿になっておりました。

美味しいお茶を淹れること

昨夜、昭和37年に放映された、BG(今でいう「OL」のこと)を扱った番組をやっていた。(「NHKアーカイブス」ね。この番組、たまに観るが、面白い)。ゲストの里中真知子さんも同じような感想を述べていたが、「女性の社会進出が進んだといっても、根本的なことはなにも変わってないのね」と、思った。このBGの時代から半世紀近くが経った現在、たぶん、お茶汲みが強制させられるような会社はほとんどないと思うけれど、また表面上は「女性も同等」というふうには大概なっているのだろうけれど、組織のなかで求められる本音レベルの女性の役割は実はBG時代と変わっておらず、また女性自身が組織のなかでくすぶり煮詰まるテーマもBG時代と同じなんだなと、逆の意味で感心せざるを得なかった。ここまで見せられたら、(だってそうでしょ。BG時代から、様々な「制度」改善がなされてきたにもかかわらず、依然、会社のなかの女性の抱える問題の本質が変わらないのだから)、これはもう、最終的には、組織とか制度云々ではなくて、「女性という性」「男性という性」の問題なのかもなぁ、と思えてしまう。(ex 女性が一般に本来得意とする仕事、男性が一般に本来得意とする仕事、女性より下位には立ちたくないと思う男性のサガ、女性の女性に対する嫉妬や優越感、などなどが、結局は、一番の根っこなのだ・・・)。■同じお茶汲みでも、「なんで私がお茶汲みしなきゃいけないの!」ととらえる女性と、「どうせお茶汲みをするなら、私にしか淹れられない、美味しいお茶を入れよう」と発想転換する女性とでは、“その後”が分かれてくる。というようなことも、里中さんは述べていた。このこと、OLをやっていた20代には、恥ずかしながら、わたしはわかっていなかった。しかし、今なら、すごくよくわかる。会社という枠の話でいうと、「どうしてこの部署?」「どうしてこの担当?」というふうに向き合いがちだけど、そうじゃないんだよね。これは会社組織にかかわらず、生きている道で遭遇するすべてにいえること。字の上手い、かつ心のしっかりしたヒトは、どんな筆を与えられても、文句をいわず、上手に字を書ける。道具や環境にあれこれ不満を抱いて、そこで足踏みしちゃうヒトは、どんな立派な環境を与えられても、あまり伸びないのだと思う。

秋の休日

昨夜、「こっちに帰ってきているなら、よかったら行かない?」と、高校時代の友人より誘いがあり、食の祭りに行ってきた。祭りといっても、昔からあるものではなく、ここ数年に誕生したらしい、町起し的なイベントだ。漁港いっぱいに、いろんなお店が出てて(ほとんどが食べ物屋さん&食材屋さん)、なかなか興味深かった。友人が買ってくれていた食券で、魚鍋やおにぎりを食べたり、その他、たこ焼きなどなどを買い食いしたり、お腹がいっぱい、お目めもいっぱい。長野県より来ているブースがあって、先日、爺さんがテレビを見ながら「ワシ、食べたことないなぁ」といっていた、野沢菜のおやきを売っていたので、おやきなどをお持ち帰りに。(が、野沢菜のおやきは、評判がいまいち。キノコのおやきのほうが、美味かった)。ちょっと日差しがきついかな、というくらいの好天気で、秋のいい休日となった。

*最近よく見かける花のひとつ*
   SN340116.jpg 秋明菊デス。
                  親の家、庭石の陰にも咲いていた。

*最近おどろいたのは・・・・・・*
   SN340122.jpg サツマイモの花でアル。
                  生まれて初めて見ましたわい。
                  蔓を切って何日経っても咲いている。

ふふふ、これといった意味もなく、ブログに花の写真を載せるなんて、無粋この上ない試みであろう。まぁ、いいのじゃ。

孫と爺

車のナンバープレートについて調べている、小学5年のコウちゃんは、「陸運局」なる存在にひっかかったらしく、昨夜、爺ちゃんに電話して尋ねていた。「海運」「陸運」といえば、爺ちゃんの大得意分野(←四十年以上、この分野の仕事をしてきたので)。電話での説明では足りんと思った爺ちゃんは、チラシの裏にびっしりと、陸運局の変遷やら、組織の仕組みやらを書き、本日、コウちゃんがやってくるのを待っていた。■自分の横に孫を座らせ、延々と説明をする、爺ちゃん。かたや、「ボクが知りたいのはナンバープレートについてであって、陸運局は、たまたま出てきたから、どんなものかと思って聞いただけなのに~」な、コーちゃん。ははは。爺ちゃんの話は、話せば話すほど熱を帯び、その隣でじっと「聞いている」ふりをしなくてはならない(いや、聞いてなくはないのだが、同時に頭から抜けていく)、コーちゃん。しまいには、あくびをかみころしている。わかるぞー、わかるぞー。コウちゃんの気持ち。わたしも過去、何十回、いや何百回、同じような体験をしたか。この教える側と教えられる側のギャップというのは、今思えば、わたしは、わたしの祖父とのあいだにもあったような。また旅先の老人たちとも、多々あったような。ふふふ。こういう時間、教えられる側はけっこうツライのよね。でも、自分の聞きたいこととズレてるんだけど、年寄りの一生懸命な話を聞くというのは、一種の人生修行(!)として、希少かつ貴重かも。■昼は、鉄板焼きをしたのだが、そのあとで、母様(←かつて I H ヒーターに銀紙を敷いて炎を出したヒト)は「この鉄板、ここで使えるかしら?」と、I H ヒーターに直接のせて実験していた。懲りないヒトである。■午後は、イチゴを本植え。(前の日記には間違ったことを書いたかも)。昨シーズンから3回目の植え替えである(これで来年の実りまで同じところで育つ)。苗の運搬に疲れましたわい。

*かなり無粋なphotoですが* (←こんな言い訳までして載せる!)

SN340110.jpg 先月、稲刈りを終えた農家のヒトからもらった
「藁」を干している。来年、イチゴ、その他の野菜のベットとして使う。

SN340113.jpg 「ワシが手塩にかけて育てた」。
品種別になっているらしいが、わたしから見たら、どれも同じイチゴの苗に見える。

ひとり満足ダンス

よーし。と意気込んだことが、できず、小さなパニック&あせり&ふうっ、な、ここ数日であった。■普段、わたしはネットを、プロバイダーであるAOL独自の接続ソフトを使って利用しているのだけれど、自分のパソコン以外からメールのやりとりをしたいときは、そのパソコンにはいってるインターネットエクスプローラーからAOLのHPにいって、そこから自分のスクリーンネームに入る、というやり方をとっている。(AOL利用者以外には「?」ですな)。で、おとといの水曜日は姉の家のパソコンを借りて、エクスプローラー経由であること(自分のネット用パソコンには取り込めないファイルを添付してメール送信)をしようとしたのだけど、叶わず、「うんもうっ、古いパソコンだからだわ!」と悪態ついてあきらめ、昨日の木曜日は、金沢のネットカフェまで出向き、これまた同様のことを試みたのだけど、やはり叶わず。AOLに問い合わせたら、「はい、はい、そういう障害はたしかに確認されてます。普及のメド? わかりませんね~」の回答であった。仕方なく、「えーい! 3~4万円出して、ソフトを買うか」(そしたら自分のPCで用が足りる)と、電器屋まで出向くも、いざとなると、お金が惜しく、・・・・・・・結局、アウトルックエクスプレスを通した作業ならば、問題が解決できるかも、ということで、本日の金曜日の朝、金沢を出てまた姉の家へ行き、ふー、ふー、ふー、やっと解決したのであった。■以上、説明不足もあり、「なんのこっちゃ」、まったく意味不明な話になっていると思うが、とにかく、パソコン音痴なわたしは、パソコン関係でちょっとトラブルと、小さなパニックになって、わからないなりにもなんとか解決しようとあれこれもがいてしまう。聡明に対処していれば、ひとりよがりな勘違いをすることもなく、その日のうちに問題がどこにあるかも解かり、3日もかからずに解決していたかもしれないのに。な、話であると、思ってくれぇぇぇ。ま、終り良ければ、全て良し。で、良かったじょ。そうそう、きょうの日記は「あー、解決して良かった!」という、ひとり満足ダンスなのでR。■エアロビから帰ってきた姉(←運動好き)と、ビーフン&ポテトサラダ(昨夜の残り)&ひじき煮物(同残り物)の昼食を食べ、アフタヌーンティをしていたら、甥たちが帰ってきて、結局、ほぼ終日を姉の家で過ごす。マンガを描いて遊んだり(もしかして、わたし、マンガを描いたのなんて、生まれて初めてかも)、小学2年の甥と一緒にお風呂に入ったり(背中を洗ってくれるのはよかったが、そのついでに、つるっと、手を滑らせたふうにして、背後から、両手でおっぱいを触られる!)、カレーライスなどの夕飯をごちそうになって、夜の汽車で親の家へ戻る。

ポポ

午前はサツマイモ運びをし、午後は金沢へ。

なにをしても現実感がない。という日々が続くなら、
その「現実感がない」日々こそが、現実なのだろうと
おのれに言って聞かせるしかないのでありましょーか?

先日、ポポを食べた。
zpfile000.jpg ←北米原産の果物
独特の香りを放つ、ねっとりとした甘さ。まるで、ドリアンのクセを弱くしたような感じ。
わたくしは好きであります。

20代の終りから急に「暑い」好きになり、季節が秋にかたむいてゆくのを
とても心細く、さみしく感じておりましたが
なぜか今年は、この季節の移りを、比較的気持ちよく受け入れられる
自分がおります。
あと数年はこの傾向が続きそうな予感がするじょ。

体育の日

窓を見上げるだけで、すっきり気持ちいい。旧体育の日とだけあって、やっぱり、朝から晴天。こういう日(毎年必ず晴れる日がどこの国でもあるらしい)を特異日というのだっけ? 親の布団を階下から運び、三人分の敷布団と枕を屋根のうえに干す。■祝祭日とは無縁生活を送っている我は、これまで頻繁にやってくる3連休にほとんど関心を払ってこなかったが、最近、あまりの3連休の多さに(ようやく気づいて)、お腹のなかで「ずる~い」とささやいては、3連休謳歌者をこっそりうらやましがっている。(毎日がホリデーみたいな我なのに!)。■ところで。この「月曜に祝日がくる」連休対策で文句をつけたくなるのが、体育の日。「体育の日は10月10日なんだよ~」という思いが、どうしても、抜けない。あのさ、「10月10日は、晴れ。運動会」というのは、戦後ニッポンの一種の文化のようなものだったと思うのよ。だから、連休対策で体育の日が引越しさせられるのは納得がいかない。■ちなみに。「さすが、体育の日、今日はいい天気だったね」と言ったら、小5の甥っ子に、「えっ? 体育の日? 違うよ~」とヘンな顔をされた。そのうち、昭和人間が減り、平成人間だらけになったら、我のような人間は「宇宙人扱い」されるんだろうな。ふんっ。いいんだもんっ。■話は変わって。今朝、ラジオのヒトが、「“空気を読む力”を測定するのが、今、ネットで流行っている」と言っていた。どうやら、「あなたは相手の様子を見て、話の内容を切り変えることができますか?」とか、まあ、そんなような感じの項目…他の具体的な項目を忘れてしまった…で測定するらしい。ぐふんっ。「その手のことを自己申告で評価するのって、どうよ?」と、わたしは思わぬでもない。ドン(鈍感のドン)なヒトほど、「私は相手の気持ちを読むのが上手い」と思い込んでいるフシがあるし。。。 ま、“脳内メーカー”と同じで、こりゃ、大人のお遊びということなんだろう。マジで測定結果を信じるヒトがいたら、コワイじょ。

じわじわ

爺さん、抗がん剤の点滴Dayの予定であったが、血液検査と問診、それだけで帰ってきた。血液検査に異常があったわけではないけれど、体力の回復がなされていない様子が医師にも伝わって、「じゃ、点滴は翌週にしましょ」となったようである。(しかしなー、診察室から出てきた爺さんが、いきなり「帰りの車、呼んで」と言ったときには、びっくりしたじょ。こんなこと、初めてだから)。それから急遽、姉の車を呼んで、自宅に戻ったわけだが・・・・・、爺さん、家に着いて、なにをしたかといえば・・・・・、作業服に着替えて、ご出勤の準備。「おーい、もうお昼だよ」といっても、「様子を見てくるだけ」と、自転車にまたがって、畑へ行かれたのであった。■じわじわ、と、人が弱る様を見ている、そんな毎日である。この「じわじわ」の具体例を挙げるのは簡単だけれど、じわじわ感が伝わるように書くのは難しい。爺さんは、歳の割に(まもなく数え78歳になる)元気といえるし、ガン患者としても恵まれた日々なのだろう、しかし、一緒に生活していると、その肉体がじわじわと弱っていく様子が、じわじわじわじわとこちらにも伝わってくる。(本人はもっともっと実感しているだろう)。■これは前々から思っていることなのだけど 老齢期に達した親がじわじわと弱っていく、そのそばに居られるのは、子として、幸せなことなのだろう。ただ、生きている人間同士だから、「そばに居る」過程で、ささいなうんざり感や、ささいな衝突も生まれたりするし、親とは全く関係ないところで抱える問題にかまけて、この時間の貴重さを忘れてしまいそうになるときもある。それでもやっぱり、「子が親を、時間をかけて“看取る”。この幸せ。人生のなかでも最上レベルのありがたいことなのだろう」の思いは、いつでも静かに、わたしの心の底にある。


*今日の日記の後半は、「今の自分を慰めるため」の思考からきた話ではないし、なにかの宗教にありそうな「××な状況は、神が自分に与えた試練である」的な発想も、わたしにはゼロだ。
*育児や介護の人が陥りやすい、「自分がなにかの犠牲になっている」ような“勘違い”というか“錯覚”が、ごくごくたまに、わたしのなかにも芽生えそうになる。まあ、今の時点でいえば、それは介護うんぬんからくるのではなく(だって実際に介護なんて何もしてないもん。せいぜい、老親と接して生活しているに過ぎぬ)、わたしが抱える「親とは関係ないところ」の自己内の衝突を、そういうふうに転化しそうになっている、っちゅうことなのだろうと、その芽生えの種の存在を感じながら、わたしは思っている。
*ははは。それにしても、「看取る」なんて、こんな言葉を我が平然と使っていることを、親、特に母親が知ったら、「縁起でもないっ!」と、卒倒しちまうぜ。(じわじわ弱ってはいるものの、別に今日明日、生死の川をさまようわけではなかろう、見方変えれば、ぴんぴんしているともいえる爺さんについて、こんな表現しているなんて!)

3次元のつながり

先日、ロシア行きの船の夢を見たと書いたが、そしたら、「実際に乗りましたよー」と教えてくれるおヒトがいた。ちょっと、自分でも不思議なのだけど、それを教えてくれるメールで、わたしは「3次元つながりの幸福感」とでも名づけたくなるような感覚を得た。▲その方は東京方面に住んでいるらしく、そこから、船の出る港(広義でいえば、わたしの地元)の県まで高速バスの旅をし、船でウラジオストックへ、さらに鉄道でロシア内を移動し、そして飛行機で新潟まで戻り、最後は新幹線で東京に戻られたのだとか。ぽつ~ん、と、北陸の小さな村で書いているこの日記を、山々越えた向こう側に暮らすおヒトが読んでくれているんだという実感。また、その方の、「もぐら日記」時代から読んでいるという言葉にも、上記と絡まって、・・・・上手く説明できないのだけれど、「この場所(北陸)に生活を移すなんて想いもしない時代に書いていた日記をリアルタイムで読んでくれていた人間が、月日流れた今もパソコンの向こうにいて、偶然ながら、わたしが現在居る土地を、旅の途中で通過した」という、たぶん、ふつーに考えたら、特記することもない、ありふれた出来事なんだろうけれど、ぽつ~ん人間のわたしには、不思議であり、少し嬉しくもなる知らせであった。(上記、東京→北陸を「旅」とし、ロシア国内を「移動」としたのは、なんとなくの“わざと”である)。▲時間と土地の「つながり」や「つづき」。このたびの話は、客観的に見れば小さな「つながり」に過ぎないのだろう。けれど、こんなつながりがあるのなら、世界は、今のわたしが想いもしない時間と土地にも、つながっていそうだ。だからこそ、小さな「つながり」を嬉しく思う。

ごくろうさん

「ひさびさに、うんまい、ぶどう酒をのみたいなぁ」爺さんのリクエストに応えるべく、晩は、チリワイン。おかずが全般的に、日本酒向けなのは、ま、気にしないことにして。あれはなんという名前なのだろう、カマンベールのなかにアオカビが申し訳なさそうに入ってるチーズ。ワインのお供にと思って買ってあったのだが、これは、気にいった。(ブルーチーズは好きだが、合わせる酒に偏りがあるし、その味自体が体調によって「ヘビー」に感じるときもある。一方、これは万能のつまみになるな)。もともとカマンベールやブルーチーズが好きな爺さんも、満足そうに食べていた。■ところで。我が母様に、「毎日、ごくろうさんだね、イモ掘りして」とグラスを合わせると、すかさず、爺さん、「ん、ワシには、イモの蔓を切って、ごくろうさんだね。とは、云ってくれんの?」と聞いてくるので、「はい、はい。毎日、イモの蔓を切って、毎日、イモを干して、毎日、イモの泥を払って、ご苦労さんですね」と、ベタベタ誉めると、「うん、それに、箱詰めもして」と自分で誉め内容を追加していた。(あちこちに配るサツマイモの準備に大忙しの老両親!)。

キンモクセイの香る夜

窓を開けたら、キンモクセイの香る夜が広がっている。よしもとばななさんの日記(9/26分)に、うー。と静かに唸ってしまう。■この部分→ なにかをすごく信じている人の、遊び心のなさというか、そういうものは私をひきつけはするけれど、息苦しい。人間の種類のサンプルとしてはものすごく興味深いんだけれど。同じような勘を持っていて、かたやFBI、かたやインチキ扱い。この差は受難ではなく、ある意味で正しい現実なような気がする。■わたしは、はっきりと「信じている」ものなどもたないし、(もっているとすれば、自分の「心」くらいか)、特別な才能などなにもなく、ばなな日記の話とは180度ズレた方向にいってしまうのだけれど……(ですから、以下、ばなな日記を離れ、「わたし」解釈の話ですぞ~)、「かたやFBI、かたやインチキ扱い。この差は受難ではなく、ある意味で正しい現実なような気がする」のうち、ホンモノになれないほうの人間が「まさに、わたし」という気がしてならんのだ。人間性のどこかの部分がガチガチすぎて、うまい周波を出せない。遊び心がなさすぎ。上でいう「この差」が、自分のなかにあるのも、自分ですごくわかる。(余談だが、“わたし”をさらしてしまえば、他人からは間違いなく「息苦しい」となるんだろうな)。 そのことを「受難」ととらえるのは、あまりに自分の人生にロマンチックをおいた見方であり、あっさりと「正しい現実」ととらえるのが良いのだろう。と思う。

夢と船

バスに乗っている夢とか、汽車に乗っている夢って、見ないなー。
けれど、ごくごくたまに、船に乗ってどこかへ向かっている夢ってのは見る。
たいがい、行き先は「夢のなかの地図」上のどこかなのだけど
数週間前に見たのは、かなり現実的で、これに乗ってロシアに向かう夢だった。

ぐふふ。いずれ、正夢ともなりかねない。
わたしは船の旅が好きだし
あの閉じられた空間で何時間も何日もかけて移動するってのも
ちっとも苦痛にならない。(苦痛どころか、むしろ、快感)。

船の旅って、原始の旅だと思う。
もともとヒトは、徒歩、その次は、船で旅をしたのだから。

・・・とは、書いてみたものの、
わたしは原始の船旅は嫌だなー。
泳げないから、海がこわいもん。
丈夫な船じゃなくちゃ、乗りたくないもん。

ちなみにわたしは飛行機に乗る夢ってのも見ないなー。

2年前

わたしには、この2年間、大きく2つの問題があって
いまだそれら2つの問題が互いの足をひっぱり合っている。
もちろん
それらの問題がなければ、きっとわたしはまた別のことに
うーうー唸っているのだろうが
それにしても・・・・わたしの生涯の闇を99%集めてしまったのか
という苦しみが、そのうちの1つにあって
「もう、ええかげんにしてくれ」の極みである。
(ということは、この1つが静まれば、わたしの人生は結構、安泰?)。

昨日の午前に親の家に戻り
「夕方、サツマイモの運搬を手伝って」の申し出に沿うよう
ほんとは昼食後すぐにでも寝るつもりだったのを中止。
母様がもみもみ(接骨院)に行っているあいだ
爺さんと、カシューナッツやクルミをつまみに、コーヒー飲んでお留守番。
夕方、畑の手伝い。
帰ってから、やっと睡眠。
本日、朝、起床。
(なんたって2日分の睡眠だからね)
ここまでは良かった。
予定外のことに弱い、というのは、ほんの少しあるのかもしれない
「自分を優先し、親の手伝いをできない」状態は自分の苦しみになるのも知っている
しかし、
昨日に引き続き本日も「畑、手伝って」の言葉どおり、午前中、両親と一緒に畑へ行って
だんだんだんイライラしてくる自分がわかった。
40歳手前にしてこんなことをいうのは未熟のさらしにほかならないのだが
せっぱ詰まって、あせって、毎日まいにち、心労重ねている(←自分で言うな!自分で言うと正真ギャグになる!)ことが
こんなことをやっている時間によって、ますます問題解決から遠のいてしまうという錯覚に
「思いつめ」症を重く患っているわたしは落ちていってしまうのだ。
ほんとうは、わかっている。
たかが親の畑の手伝いをするくらいで
わたしの全ての時間が削られるわけではないし
手伝いしない分、両親の体力を使わせるほうが、わたしにとってのよっぽどの苦しみなのだと。
実際は自分自身にいらだっているのに
心の表層では、矛先を変え、目の前のこと
(=2日連続、予定外に畑に借り出されてしまって、時間がつぶれた)に
怒りにも似た感情が向かってしまう。
まったく、もう!
「思いつめ」症ってイヤ!
そして冒頭の2つの問題がまたもや互いに足をひっぱって
(ちょっとでも精神のバランスを崩すと、たちまち、この渦にはまってしまう。
 もぉぉぉ! いつかは絶対に抜け出してやるゾ)
畑から帰ったあとは昼食もとらず、寝こんでしまった。
軽く12時間以上
ずっと黒い穴に下りていってしまった。
今日の場合の「寝込んだ」は実際に眠ったのではなく
お布団の上で横になっていただけなのだけど。
(そして只今26時過ぎも、こわばった顔が、自分の首の上についているのを、鏡を見なくとも、わかってしまう。もう半日以上この表情が崩れないのだ)。

お布団の上、ケイタイで、ばななさんの過去日記を読んでいて
ばななさんがある国で通訳してもらったヒトの苗字を見て
「あれっ」と思うものがあった。
日本人としてはありふれた名前だし・・・なのだけど、なにかひっかかるものがあり
読み進めてゆくと
ばななさんの半年後、わたしもお会いしたヒトであることがわかった。
すっかり忘れていたそのヒトのことを思い出し
わたしは「ばななさんとの共通点!」という喜びを味わうことなく
胸に手を当てるような心持になってしまった。
そのヒトからは、お会いしたあと
「こんな立場の方からこんなことを言っていただけるなんて・・・」
とてもありがたい言葉をのせたハガキをもらっており
それは、いかにも「わたしらしい不恰好」な姿をさらしたことに対する
お褒め(?)ともいえるもので
あのとき、わたしは
今までに体験したことのない種類の自分肯定にくすぐられたのだった。

そのハガキをもらったのは今から2年ほど前だったと思う。
あれからわたしは・・・・見る景色がまったく違ってしまった。そしてずいぶんと恥ずかしい姿に成り下がってしまった。
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
 
万の風になって、生きる。

ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

→ 近年は、老母の観察メモの
(&それに伴う自身の変化など)
色合いが濃くなっております。
・・・ま、長い人生の一コマですな。

徒然な日々も、留まることはない。
すべてがいとおしい。だから書く?

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2017年 08月 【80件】
2017年 07月 【77件】
2017年 06月 【97件】
2017年 05月 【120件】
2017年 04月 【83件】
2017年 03月 【102件】
2017年 02月 【87件】
2017年 01月 【77件】
2016年 12月 【100件】
2016年 11月 【91件】
2016年 10月 【70件】
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