引越しシーズン

昼過ぎの列車で金沢へ。◆お家賃を払いに行く。(不動産屋への手渡し)。つい、クセで、不動屋に貼られた空き室情報を眺めていると、我がアパートの2室が「募集中!」になっているではないか! いつの間に? そのうちの一部屋は、今年度になってから、引っ越してきたのにな。小さな女の子用の自転車を玄関脇に置いていたけれど、一度もその部屋から子供の声を聞かなかったのが今から思えば不思議でもある。◆もうじき、8月。引越しの季節だ。(春と秋の入学・就職・転勤期が引越しシーズンといわれるけれど、その合間をぬった、梅雨明けの今も、実は引越しシーズンなのだよ)。◆わたしが、旧モグラ町から荷物を出したのも、ちょうど、一年前。郵便局の転送も、あしたをもって終りだ。



*午前の農仕事  母様と爺さん*
朝、一日ぶりに家に戻ると、テーブルの上に爺さんの「畑計画表」があった。(彼はときどき、仕事の段取りを箇条書きしている)。その計画書によると、「キャベツの苗を植える」のはもう2~3日あとのはずなのだけど、今朝方の雨のため、予定変更したらしい。
ふたりで黙々の作業。 070731_0906~01.jpg

SN340067.jpg 秋になったら農家の人と「ワラ」を物々交換するそうで、多めに植える。

(量としては、上記の写真の倍を植えている)。

シャポーブルー

休憩

ただいま、8月1日の26時20分。

ブリ(愛媛産、もちろん養殖)のお刺身と、鶏ナンコツ唐揚と、スパゲティサラダと、ゴボウサラダ、いずれもスーパーの惣菜品、を食べながら、「ため」日記を書いている。もちろん、ワインも一緒に。(過年よりの愛飲品、ビンボー人の救世主、といってもよかろう、シャポーブルー。こーゆー、安手のワインは、ちょっと気の効いた酒屋でまず見つけ、数年すると、スーパーの店頭に堂々並ぶようになる、のが、わたしの、かれこれ、10年余りの経験。このシャポーブルーも、数年前に東京の個人酒屋で見つけたが、今では金沢のスーパーマーケット(イオン系列)でも売られている。わたしのデイリーワインの上位3に入っているな。白・赤があり、はっきりいって、エレガントな品ではないけれど、毎日の食事と一緒にガバガバ飲むには(味と値段を考慮し)いい酒だと思う。オススメであります。

こんな「ため」日記を書くことは、広義の病気であるのだろう。
(毎日ブログを書くことも、つきつめてみれば、広義の病気であるといえるが、わたしのように、さかのぼってまで「日記」を書こうというのは、間違いない、ある種の精神の病だろう。精神の病というと、ビクッとする人もあろうが、人はみな、それぞれのフェティシズムを抱えており、それを精神の病と名づけるなら、・・・のレベルの話ね)。

正直言って、(前にもそのようなことは記したと思うが)、最近のわたしは「web日記」を書くことを楽しいとは思えない。なぜなんだろ。と考えても、理由はわからない。1年前のわたしより、今のわたしのほうが、書きたいことがいろいろあるはずなのに、とんと、言葉を紡ぐ楽しみを見出せない。あえて理由を探すならば、「もぐら日記」時代は、時間の制約(決まった時間までに管理人さんに送らないと、当日の受付にならない)があったからか?とも思うけれど、それは二次的三次的な理由であり、核心ではない。

まあ、このごろの日記は、「家族の記録(メモ)」的な要素が強いので、ほかの人が読んでも面白くはないだろうとは思っている。(って、じゃあ、以前の日記が面白いのかよ? というツッコミはなしね)。そんななか、わざわざ、この日記を読んでくださっている人には、「ありがとう」はもちろんだけれど、どこかで、わたし個人の要素の枠を離れ、読んでいる人、個人個人の「なにか」とつながればいいな、とは思っている。

そして、わたし自身、今はこういう日記を書くしかない時期なのだろうと、諦観している。それは「諦めの」諦観ではなく、「納得の」諦観として。

がははー。そんな、言い訳しなくても、毎度、マイペースな日記に変わりはないな。

ちなみに、今、わたしは、シャポーブルーの白(フル1本)と、赤(グラス1杯目)ですが、酔ってはおりません。

最近は、酔う、ことすら、忘れてしまったようだ。

冬山登山

ぎゃお。選挙、翌日。◆朝っぱらから、爺さん、「株価は・・・・」と、短波ラジオを聴いていた。◆(非国民といわれようが、今のわたしは政治になど、まったく興味はない。ま、期日前投票には行ったけど、2枚の紙を「白紙」にしていた。非国民、大いに結構でござる!)。◆ところで。最近、我は知ったのだけど・・・・。親の住んでいるような地、(つまり、わたしの故郷)では、投票箇所が一ケ所で、誰が行ったか、行かなんだか、一目瞭然なんだな。(過日の爺さん、「選挙の葉書なんか持っていかんでも、名前を言えば、投票できるんや」と言っていたくらい。ま、最近はそういう「なー、なー」は田舎でもないだろうから、爺さんの暴言にすぎぬと思うけど)。◆昔、四国に住んでいるヒト(K君、お元気だろうか)が、仕事の関係かなんだか詳細は知らんが(宗教関係ではないと思う)、「決められたヒトに投票しないといけないんだ」「投票した内容まで、わかってしまうんだよ」と言っていた。はぁ? まさか、そんなわけないじゃろ? と、聞いていたけれど、あながち、ウソ話ではなかったのかもな。◆と、これを書いているのは、8月1日の25時12分。当日にもどって日記を続ける。◆朝のうちに起きたはいいが、身の置き場がないというか、気持ちがくしゃくしゃし、うんもー、という精神状態になり、たしか、朝の7時前後だったと思うが、朝ごはんも食べずに、無人の祖母宅へ。◆その後、田んぼのなかをえんえん自転車漕いで、(しかも一度、目的地まで着き、「財布、忘れた!」と、また暑い中、田んぼのなかをえんえん自転車漕いで、お財布をとりに行き)、食材のお買い物。気持ちは滅入っても、お腹は空くのである。◆昼間から、CNNを見ながら、ジンを飲み、レンジでチンした「ミートパスタ」と、冷蔵庫にはいっていた(賞味期限はまだまだある)「ホタテの醤油煮」と「ゴボウの漬物」を無断咀嚼。◆セミが鳴き、「夏休みだよ~」「夏休みだよ~」と、告げているのに、気持ちは冬の立山連峰を登山中。◆こんなこと、してる場合か? 場合じゃなーい。でも、冬山で遭難しないよう、せっせと、ジンを飲む。◆そして、いつしか、ソファのうえで、就寝。

8月1日の夜の記

ダーク日和

久々、中級「ダーク」日和となってしまった。このところの肉体的疲労(定期的に過剰睡眠をとらないのも、疲労を募らせるのか?)に加え、わたしとしては頑張って(こういうのを「頑張る」と意識すること自体がモンダイなのだ!)家族と接する日々が続いていた、その他、いろんなストレスが織り交ざったのだと思う。

祖母の誕生日。叔母たちだけでなく、名古屋に住んでいる従妹たちもやってきて、みなで集まっている。というのに、・・・。午睡から覚められず、夕方(ご馳走を食べるから早くおいで~という催促だろう)の電話にも出ず、夜、みんなが我が家に寄ったのを気配で知りながら、寝どおした。お布団から出られなかった。

船があるならば、わたしを無人島にまで連れて行って欲しい。
(うそ。無人島は淋しいから、イヤ。わたしは山奥に住みたいのだ。
 山なら、人間界と陸続きだからね。孤独を愛すふりして、最後のツメでは根性なし )。

8月1日夜の記

夢のペディキュア

草むしりは、雨の日以外の我のほぼ日課のようになっているが、本日の午前は、イモの畑の草むしり。――蔓を踏まぬよう、裸足で。そおっと、そおっと、歩きながら、イモの葉と蔓の下に生える雑草を取り除く。――梅雨は明けておらんが、日差しは夏一人前。休憩をほとんどとらず、2時間余りの仕事。■手の指にマニキュアを塗らなくなって久しいが、(この1年間で塗ったのは2、3回)、サンダルの季節、せめて足の指くらい、色をつけて楽しもう、と思っていたが、今後も農作業のことを考えると、ペディキュアも無理のようである。・・・・・・ついでに。旅の日焼け、は、なんとなく嬉しいが、農作業の日焼けは、ちっとも嬉しくないじょ。

8月1日の夜の記

老いとガン 「先祖帰り、しとるの」

朝5時前、祖母宅にいると、コン、コン、コン、コン、外の戸をノックする音が。こんな時間に(だって、朝の5時前ですゼ)やってくる人は一人しかいない。「これから畑に行ってネギの消毒をする」、わざわざその前に、用事はないけれど、寄ったのである。(この“朝の訪問”は、後日も続く)。■話は1週間近くほど前に遡るが・・・・・。ある夕方、昼寝から覚めると、居間のテーブルに置いていた、我が愛用している、祖母宅に行くとき下げていく袋が、みょうに膨らんでいる。「ん?」。なかを点検すると、サンタクロースの絵が描かれた缶が入っていた。缶のなかには、小包装の豆菓子が数袋、敷き詰められて。爺さんの仕業だな。おまけに(子包装だから必要ないのに)湿気取り剤までもがセットされていた。■話はおおいに飛ぶようであるが。■歳をとると、退屈が、常に隣あわせになるのだろうか。歳をとると、誰しもが人恋しくなるのだろうか。わたしは、わたしの老後が怖い。今のわたしではない人格が(今は「一人が一番気楽でいい」なんて思っているけれど、いつしか、慢性、人を恋しくなるような、そんな感情が)、自分のそばに貼りつくようになるのだろうか。■たとえば、早朝の訪問や、あのサンタクロースの缶は、爺さんの「遊び」こころの一つに過ぎず、それと「さみしがり」や「人恋し」の話とを直結させるのは甚だ無理がある。のは、わかっている。ただ、娘(わたし)が半居候生活をしているのが嬉しいのであろう爺さんが、あれや、これや、ここにはいちいちを書ききれないが、人懐っこい態度を見せてくれると、(話はかなり省略してしまうが)、老いる、ということに、つい思いを馳せてしまいそうになる、近頃の我である。

ところで。元気印の爺さんではあるけれど、確実に病は彼を襲っているのだろうと思う。「まっすぐ背を伸ばしていると、腹膜が痛い」といい、歩くとき、前かがみがちなのは、「老い」よりも「ガン細胞」が原因なのだろう。それをわたしは「原始人のようだ」と、ついからかってしまい、爺さんも「はは、ワシ、祖先帰りしとるの」と答える。その流れで、あんまりにもアンポンタンな発言をすることのある爺さんに、「体だけでなく、頭まで祖先帰り、しているようですな」と、イジメルのが、最近の我の定番。

抗がん剤の副作用が軽くなったようだと、過日の日記に書いたけれど、正しくいうならば、副作用の症状が変わっただけらしい。現在の副作用、その代表的なのが、下半身がふらふら、する、のだと。■本日、母様が友人宅に行き、我が午睡の最中、爺さんは一人で庭に出していた「野菜の苗」(土壌が重い!)を動かそうとして、すってんころりん、転んだらしい。■その話を夜になって我は聞いたが(爺さんがすってんころりんの最中、我はぐーすかだったから)、彼のショック、いかばかりのものか。。。


8月1日の夜の追記

セミの季節

朝4時半前、朝帰りすると、玄関のポーチでなにやら動くものが。「ひぇっ!」。よくよく見ると、爺さんであった。(最近は日の出も遅くなり、4時半前はまだ薄暗い)。まったくもう、オバケかと思ったよ。なんでも爺さん、2時半くらいから目を覚まし(ま、いつものこと)、3時半頃より、この場所に(イスを持ち出し)座っていたのだと。◆梅雨はまだ明けぬが、セミの声は、「夏、本番」という感じ。日がのぼるかのぼらぬかの時間帯からセミがじぃじぃと鳴き出すようになり、はや1週間ほど経つか。◆日の出とともに畑に行き、軽く、草むしり。ラジオ体操に出かけるらしい、寝ぼけた小学生たちと入れ違いに、我、家に戻り、朝ごはん。◆「ケーキを食べに来て」という祖母の要望にこたえ、午後、出向く。まもなく、満92歳の誕生日を迎える祖母は、昨日の(入居者が集う)お誕生会にて、無事、挨拶をできたそうだ。こういう“刺激”は、自宅暮らしでは味わえないのだから、今の老人施設での暮らしにも利点はあるのだよなぁ、と思う。

                                    7月30日深夜の記

ハンバーグ

祖母宅から朝がえりすると、やっぱ、爺さん「待ってました!」 とばかりに、絶好調のお喋り。その声に母様も目を覚まし、朝の5時台、三人で、朝のティー。(爺さん、母様は珈琲。我はホットミルク)。ははは、高齢者家族の典型的な朝だわい。◆先月より抗がん剤の薬が強くなった爺さんであるが、何故か、以前のように寝込むほどの体調の悪さを訴えない。それどころか、畑・庭仕事もできるのだ。食事もまあまあ食べられる。◆夕食はハンバーグであったが、食べ物にうるさい爺さんは、「ハンバーグはもっと薄いほうが美味いんや。ぶつぶつぶつ・・・」と毎度の小言。「ハンバーグは2.5センチくらいの厚さがいいのであって、こんな3センチ以上では・・・」とも言い出したので、母様と我は「これ、ちょうど2.5センチくらいやろ」と反論。が、頑固爺さんは「いーや、3センチ以上はあるっ!!」と譲らない。どう見ても3センチはないと思った我は、爪楊枝で厚みを測り、それをホンモノ定規にあてて正確数値を調べることにした。すると、爺さんも、「自分で測る~ぅ」といって、爪楊枝をハンバーグにあてている。(まったく子供のようである)。◆結果。おかしいな。ぴったし、3センチの厚みであった。◆これ、夕食の真っ最中の話。高齢者家族の食卓風景。

                                7月30日の深夜の記

冷やし中華

はぁはぁはぁ、未明から朝にかけ、数日分のためた日記を一気に書いて、時計を見ると、7時半。ひゃぁ、と驚き、そのまま顔も洗わず、アパートを飛び出し、バスに乗って、金沢駅へ。そして親の家へ。■最近、爺さんの隔週の点滴の予約時間が遅くなり、ほんとうならこの時間帯に親の家に着いてもOKなはずなのだけど、爺さん、すでに一人で汽車に乗って出発したとのこと。■我、次の汽車で追いかける。ところが、そのあと、爺さんが、肝心の、点滴ボトルを腰に下げて帰るための専用バンド(医療グッズ)を忘れて出かけたことが発覚。どうも、病院の近くに住む親戚に野菜を届けようと、手には「野菜入り紙袋」を提げ、それで満足して、爺さんは自宅を出たらしい。

ARUK.jpg まったく、なんのための外出なんだか。
 
「他人ん家の細々ゴト」で、読んでいるヒトにはつまらん話だろうが、以下、続き。姉が爺さんの忘れものをとりに親の家に行き、その時間帯、夏休中の登校をしている甥たちが帰宅するというので、我は病院へ行かず、姉の家へ直行。はぁ。なんなのでしょーね。なにをやっているのでしょーね。わたしは、わたしたち家族は。と、嘆くこともなく、(だって、過保護家族なんだもん)、姉の家で家事をしながら、留守番。■姉がとりに行った点滴用の専用バンドをもち、病院へ行くと、爺さん、イビキかきながら、まだ待合室にいた。どうも今日は特別、混んでいるらしい。この分では点滴を終えて家に帰るのが、午後3時半をまわるだろう。■点滴ルームにて、爺さんと、病院売店で買った「冷やし中華」「のりまき」を食べるが、いずれも、まずい。病院におろすモノって、たぶん、競争がないから、マズいもの、そのまま棚に並ぶのだな。それに比べ、町のコンビニのほうがはるかに種類が豊富で、味も切磋されたものが多いのではないか? あと、今時のコンビニって、“値段ははるけれど、それなりに素材のよい「おにぎり」”なども売っているらしいではないか。病院の売店も、高くてもいいから、「それなりに、うまい」ものを置いて欲しいものである。

                                  7月30日の深夜の記


大道食い

朝、眠い体を起こし、生ゴミを出し、また就寝。どうも、ストレスがたまっているような気がするなー。で、最近わかったのだけど、我の場合、ストレスがひとつ、なら、なんとかやっていけるのだけど、ストレスが2つ(中級レベルのストレスが2つ)以上になると、ストレスとストレスが相乗効果を発揮して体を起こせなくなる。。。。。ような。そんなわけで、この日も、浅い眠りながら、覚醒することができず、夕方まで、お布団で「うー、うー、うー」となっていた。夜、市役所に、選挙の期日前投票へ出向く。その後、気持ち、なかなかすっきりせず、発作のようにラーメン屋に入り、餃子2人前、ジョッキ生ビール、ラーメン、を注文。(しかし、よくまあ、これら全部残さず、お腹に入ったものだ。ラーメン屋における、こんな「大道」食いは、20代のとき以来である。本日の場合、ストレス食いだな)。帰宅後、また倒れこみ、ほんとうは本日の午後、最悪でも本日中には親の家に戻るつもりであったが、ままならず。ぐー。

                                7月30日の深夜の記

ゆるゆる日曜日 2

アパートの玄関をあけると、なんか、みょーな臭い。まるで「ねずみのおしっこ」のような。(←って、想像上であるが)。・・・・・・。はっきりとした異臭というほどではないので、しばらく放っておいたのだけど、ふと、ガス台の魚焼き器あたりが気になって、・・・・「あっ!!」。一週間ほど前だったかに「焼いて、そのまま忘れ」ていた厚揚げが・・・・・、米粒1/3サイズの虫(うじ虫?)数十いや数百匹に、た・か・ら・れ・て、いる。その姿、まさにホラー。■これまでも随分とだらしない生活を送ってきたが、こんなものと対面するのは初めてだ。(今、思い出しながらこれを書いていても、背筋が寒くなる)。あの臭いは、放置された厚揚げから、虫がわき、それも倍々ゲームのように増殖した虫、そやつらから放された臭いだったのだな。厚揚げは梅雨時なのにカビひとつ生えず、ただ、真ん中から、ホラー虫の大群に食い尽くされていた。(よって、厚揚げの真ん中は抜け落ちていた)。■ホラー虫は、家主が帰ったことを意にもかえさず、うじうじうじうじ、うじうじうじうじ、と、動き回っている。

……というのは、前回アパートに戻ったとき(17日深夜)の話。今回アパートに戻ったのは、このとき処理したゴミを捨てるためである。(「燃えないゴミ」は月曜と木曜の朝しか出せんのでね)。ゴミ袋をちゃんと縛ってこなかったような気がし、そこからホラー虫が生還して、這いだしていたらどうしよう~とも、心配していたが、それはなく、ホッ。

ところで。これらのどこが「ゆるゆる日曜」なのだろう。タイトルに偽りだらけ。

                          7月28日の深夜の記

ゆるゆる日曜日

昼過ぎより、祖母、久しぶりに自宅に戻る。■皆が夕食の買い物中、祖母と我、ふたりでお留守番。祖母に頼まれ、彼女の親友のお家に電話をするが、お嫁さんが出て、「ショートステイに行ってます」と冷たく言われる。んー。(ショートステイとは、幼児が幼稚園に行くように、老人が行くところ、・・・・・と、たとえても、あながち間違いではなかろう)。■ところで最近、つらつら、うっすらと「姥捨て山」を想う。未来の自分の「姥捨て山」への希求……ね。(この話はまたいつか)。■神戸に住んでいる遠縁(祖母の亡き弟の孫。我と同い年)が尋ねてくる。短い時間で、祖母に土産を渡し、昨年生まれたという赤子を見せ、老人に語りかけるにふさわしい話をし、そして、祖母と記念写真をとり、帰って行った。たぶん、“これ”は誰でもやっていること。わたし自身も、たとえば旅先などで、同じ類のことをやっている。しかし、しかし。「お祖母ちゃんのことよりも、自分の“思い出”作りのために、こんなあわただしいなか、写真までもとっていくのだなー」と(感じてしまう何かがそこにはあり)、わたしは複雑な気持ちになった。ま、この話は、これで終りにしておこう。■夜、祖母はいつも寝起きしているところに帰り、わたしも電車で金沢へ戻る。

                          7月28日深夜の記

後日(8月1日)の訂正
ショートステイと、デイケアを間違えておりました。
デイケアは日中、通うところで
ショートステイは、文字通り、短期のお泊り、であります。

ほんとうは「巣などまぼろし」なんじゃろ?

気がつくと、もう7月も下旬だ。東京では毎週ごとに花火大会が続くシーズン。そんなことを思うと、明確な理由はなくとも、田舎暮らしにさみしさを感じてしまう。めそめそ。金沢と親の家の往復で、いったい自分がどこに定住しているのかわからない旅芸人のような日々。(最近は祖母宅を含め、トライアングル生活)。ま、コレに関しては、めそめそしない。だって自分が望み、自分が決めたことだから。■どうして、わざわざアパートを借りているの? お金がもったいない。と、言われることがある。そんなときは「コーヒー屋もないような土地では暮らせない」(実際は喫茶店もどきが1軒ある))と答えたりしているが、まあ、実家を離れた、自分の巣を確保しておきたい、というのが一番の理由なんだな。わたしにとって<自分の巣>は、精神面で、必要不可欠。■田舎のイメージとしてありがちな(自然は豊かだが、消費活動・文化活動が低い、「なーんもない」とヒトくくりにされてしまう、そんな)「田舎」要素を、わたしは嫌悪しているのではなく、田舎の人間の、「どこの誰、あの人はどんな出で、どんな環境を経て、今はなにをしている」ということまで知らないと気がすまない、そして「人様に恥をかかない暮らしぶり」「人様に笑われない生活態度」をなにより大切にするという価値観が、わたしには息ぐるしくてたまらないのだ。(「時代錯誤な」と思うヒトもいるかもしれないが、今も現実に、田舎にはそういう民が、うようよ生息しているのである)。■これがまったく縁のない田舎の土地なら、我も、ふっきって、のびのび生活できるだろうが、……、フリーターにも満たない、年増ニートのような生活をしている我には、親の住む地(=わたし自身の故郷というわけだが)は、居心地がよろしいとは決していえない。(ふふ、これ、我の「自意識過剰」クセと、大いに関係あるだろうが)。■また北陸に戻ってくる前は、「親(母親)が子離れしてくれない」とばかり思っていたが、(単身赴任の長かった親父様とは、我が中学にあがったときから一緒に暮らしたことがないため、親父様の「子離れ」云々なんて、もともと存在しないようなもの)、しかし、だんだんと、わたし自身も親離れしていないのだなーと、自覚するようになってきた。これは一般的にいう「親への依存」(一目瞭然の依存)というのとはまったく違う。んー、なんといえばいいのかな、わたし自身が、実家を出た19歳の春から「親に対する」気持ちが止まっているのではないか? というようなことなのだ(←これを的確にあらわす言葉が今はまだ思いつかない)。この歳になれば、もっと両親に対する慈しみの感情が出てきても良さそうなものであり、たしかに「(両親)二人とも歳をとったなー」とは日々感じ、それにより「老いた」人間への振る舞いも少しはできるよになったけれど、それでも、やっぱ、自分中心の指向からは抜け出せないでいる。■不謹慎な話だが、祖母や両親があの世にいったら、はじめて、わたしはのびのびできるのではないか。と思うことがある。(彼らが全員、この世から消えてしまったら、わたしのなかには現在のわたしが想像するのも不可能な種類の「さみしさ」が生まれるのかもしれないが、それと同時に、ある種の精神的自由も得るのではないか)。ぐふんっ。親との縁が薄かった人々、早くに親を亡くした人々からすれば、まるでバチあたりな話であろうが、これ、わたしの正直な気持ちだ。これまた、わたしが「親離れ」していない証拠の一つになろう。

                           7月28日の深夜の記

親子汁(枝豆と豆腐)

▼最近、朝の味噌汁は、お豆の味噌汁が多い。(枝豆を擂り潰して、味噌汁の具とする)。ふわっと、して、(無理にたとえるなら、“粗いメレンゲ”状のものが、汁の表層にできる。独特の舌触りだ)、お豆の香りが豊かな一品。また、見た目も、黄緑色で、とってもキレイ。本日はそのなかに豆腐もはいっており、まこと「親子汁」であった。(豆腐の原料である大豆は、枝豆から作る)。
▼今年は日照不足のため、例年に比べて野菜の出来がよろしくない。かつ、せっかく実った作物をカラスが食べていき・・・・・と思っていたら、本日は「キジがトウモロコシを食べている!」ところを爺さんは目撃したらしい。(鳥対策のため、ちゃんと糸をはっているにもかかわらず、だ)。(ごくたまにしか見かけないが、ここら辺では、野生のキジがいるのである)。去年は県内で「熊、出没」がたびたびあったようだし、こういうことを身近に見聞きしていると、環境モンダイにとりわけ強い関心をもっておらん我であっても、おー、野生動物が従来の縄張りでは生きにくい生態系になっているのだなぁ、と、ひしひし感じてしまう。「へのへのもへじ」の案山子なんて、今から想うと、のどかな時代の象徴である。
▼夜の韓国ドラマ『春のワルツ』。主人公の女の子が「心に井戸・・・・・・、一生枯れることのない井戸があるんです」と語る場面で、ちょっと、うるっとしてしまった。ひとりセンチメンタル。

                                           7月28日の深夜の記

選挙とヒマ

昼間、ぷるるるる~ぅ、かかってきた電話をとった爺さん。しかし、「はい、はい」と頷くばかりで、会話をしている様子がない。よく電話会社などから勧誘の電話がかかってくるので、その類か?と思っていたら、そのうち、爺さんったら、世帯人数や自分の年齢を答えている。おいおいおい、そんな個人情報をしゃべって、まったくもう。かつて、「オレオレ詐欺の電話がかかってきたら、ワシは『はいはい、振り込んであげるよ~、待っててね~』と答えるわい」と、楽しそうに言っていた爺さんだが、所詮、年寄りとはこういうものか・・・。ん、しかし。そのうち爺さんは、「○○党」「△△さん」「・・・今、あんた、経済は言われんだね。年金? 年金関係ないです。福祉? うーん、福祉と経済~、・・・、やっぱ経済やね」、正座をしながら受話器にお喋りしている。(どうやら新聞社からの次期選挙のアンケートらしい)。もしも「一言ご意見」をなんてことを言われたら、相手が止めるまで、ワシ持論を語りだすことだろう。雨が続き、畑に行けず、たいくつそーにしていた爺さん。(最近ヒマをこいている爺さんはわざわざ公民館に選挙演説を聞きに行ったりもしている)。母様と我は「ヒマつぶしができて良かったねぇ」と頷きあう。

選挙の近づいた後日:新聞紙のうえに蛍光ペンで、「○○○○」と、立候補者の名前を書いておった爺さん。聞くと、立候補者の名前を、全員“そら”で書けるように練習しているのだと。これ、彼のヒマつぶしの一つ。(体が疲れて、一日中は屋外の仕事ができない。最近、家にいるときの爺さんは、寝ているか、一人遊びをしていることが多い)。ちなみに、一人だけ、どうしても「下の名前を覚えられない」立候補者がいるらしい。

                                           7月28日の深夜の記
背伸びせず、ゆるゆると日常生活などをつづります

はえともみ

Author:はえともみ
ちちんぷいぷい~。
(HSPの自覚あり)
「うつと仲良く! ひきこもりだっていいじゃない」と
開き直って生きてたら
元気になってきました。

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