ともみ@ピクニック

今月最後も、クヨクヨな人

こんなにも街のあちこちに、こんなにも各家の庭々に、紫陽花の木が植わっていたのかと、普段自分が呼吸している土地を再発見する季節。花が咲かないと、実がつかないと、ソレがソレとわからない、罪深さよ・・・。(春は春で、こんなにも桜の木が~と再発見するんだけどね)。

一日、クヨクヨな日。◆なにもクヨクヨする必要ないのだけれど、どうも、クヨクヨ。◆今夜は成ちゃんのライブが九段下であった。「もち、行く」つもりで、予約もしていたのだが、思うところあり、キャンセル。(上京自体を取り止め)。昼は彼のアルバムを聴いて過ごす。◆クヨクヨが重くなりそうだったので、夕方から、外出。図書館30分ほど、銀行のキャッシュコーナー、不動産屋。のち、3時間半ほど、サイクリング。(3時間半もサイクリングといったら、相当遠くまで行ったと思われそうだが、実際は、駅の付近をウロウロ・・・味わい深い古本屋を発見・・・、街中をウロウロ、犀川沿いをウロウロ・・・木造4階建て建築を眺める・・・、と、寄り道しながら、狭い範囲を走っていたのである)。◆これはクヨクヨの主原因とは関係ないことなのだけど、(低クヨクヨと申しましょうか)、サイクリングしながらも、ときどき軽くクヨクヨしたことを書いてみる。◎わたしはある側面に落ちてしまえば「冷徹」になれる人間であると思っているのだが、ああいうコメントを書いたことに、心の負担がまったくないわけではない。自己嫌悪に近い感情と、「なんでも許せる、なんでも受け止めることのできる、器の広い人間じゃないんだ、わたしは。それを分かって欲しい」という気持ちの、押し競饅頭(おしくらまんじゅう)。〔アップ後、補足。こういうコメントの存在を公に知らせる自体、相手の自尊心をより傷つけるのではないか…間を置いてあれを書いたのはコメントの存在を公に知らせない、つまりは相手の自尊心の損ねを少しでも減らそうとのわたしなりの配慮もあった…しかし、結局はこうやって公に知らせているのである。「相手」より「自分の気持ち」がかわいいのである、わたしは。と、いかにもわかったふりするイヤらしさを記し、補足を終える〕。◎一昨日のブログに「超プライベートな日記。読まないことをお薦めする」と書いたけれど、それは「他人の視線を気にしない、ひたすら家族をメモっている、自分満足しか見ていない自分の姿」が恥ずかしいあまり、言い訳のように出た言葉であり、しかし、それにより、せっかくこのブログを読んでくれている希少な人々に扉を閉じているような印象、もっといえば、勇気をだして(?)メッセージをくれたことのある、これまたゴクゴクゴク希少な人々に、「ふんっ」と冷たい視線を送ったかのような読後感をあたえ、傷つけてしまったのではないかと、クヨクヨクヨクヨ。(んー、いかん。わたしはそもそも「いい人と思われる」のが苦手であり、一年半ほど前より人生の大骨折をして以来(いまだ患い中)「いい人と思われるよう振舞っている」人間を人生の大天敵と思うようになったので、こんなことでクヨクヨしてはいかんのだ。イヤな人と思われて結構である、本望じゃ、の路線を迷うことなく進まねば! (いい人と思われるくらいなら、変質者と思われるほうがマシ!)。◎昨日のブログ、「無楽米」話、多くの日本人のなかに存在するだろうある種の感傷に水を指したのではないかと。。。クヨクヨ。上映会への(微力)応援のつもりで書いたのに、結局、自分で自分に対する「いましめ」(そう、あれは自分への「いましめ」なのである)話になり、しかし、読む人にはまるでそうとは受け取られんような文章になってしまったと。。。。今朝起きてからずっとクヨクヨクヨクヨ。◎靴屋さんにて(サイクリングの途中、寄ったのである)、とてもキュートな女店員から「アンケート」をお願いされ、ほんとうはいくらでも時間があったのに、断ってしまった。それは、わたしが街中の靴屋さんに立ち寄るような格好をしておらず(髪ぼさぼさ、いつものごとくノーメイク)、おまけにペデュキィアもしていない、足の指毛が生えたまま、サンダルの試し履きをしたという、恥ずかしさがあり、(結局、そのサンダルは買いました)、一刻も早く、そのお店を去りたかったのである。そう、全身がクヨクヨで満たされ、とてもショッピングするような井出達をしていなかった自分にとって、そのお店はあまりにまぶしすぎたのである。(金沢のなかでも一番といっていいくらいの繁華街のなかにあるお店。「なんでそんなところに行くのじゃ」という考えもあろうが、金沢は狭い街なので、仕方ないのである)。お店を出てから、あー、あの女店員、傷つけちゃったかな、とクヨクヨ。(アンケートを断ったくらいではもちろんクヨクヨせん。あのとき、自分の言い方があまりに「そっけなく」「冷た」かったのではないかと、クヨクヨしたのである。たぶん、あのアンケートは客全員に頼んでいるわけではないだろうし・・・と考えると、余計にクヨクヨ)。

クヨクヨな日記で今月を終わってしまうが、ま、明日は明日の風が吹くであろう。
(あ、風邪は快方に向かっております)。

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無米楽(ひとり前夜祭)

あすはアジアライフ社による台湾ドキュメンタリー作品上映会 があるらしい。『石さんの蓮池』と『無米楽』の2本立て。おそらく(おそらくで語るな!か)いずれも観て損のない作品である。とくに、主催がアジアライフ社であるからして「アジア好き」人間、また、上映会のあたまに「台湾」がつくからして「台湾好き」人間が、わんさか集まりそうな予感であるが、はっきりいってしまおう、これはアジア好き、台湾好き、とは縁のない人々にこそ、観てもらいたい作品のような気がする。(「はっきりいってしまおう」なんて意気込んどいて、「気がする」とは、こりゃ、なんと情け無い文脈じゃ。ぐふふん、だって、『石さん・・・』は興味ありつつ、見逃している作品なのだから、断言はできませんのじゃ)。『無米楽』はあす上映される本家TVバージョンではない劇場版を以前に見たが、あらためて思うに……

「台湾好き」の視線を除いて見たほうが(←それは非常に難しいことであるが)、作品の本質を味わえると思う。随所に「台湾好きの日本人がくらっ」としてしまう部分があるので、どうも、その辺、アブナイ線なんだな。ひとり、感傷に走ってしまって、本質を見逃してしまいそう、というか。「台湾―日本」の絆に、「個人」が酔いしれてしまい、一番の見所、農業に生きる人間の「無米楽」精神が二番手になる危険、というか。ぐぉぉぉぉ~、これは、台湾ドキュメンタリーではあるが、農作業に生きる人間の<普遍>世界が描かれているのだ。「へぇ~、台湾は」というよりは、「(国籍に関係なく)へぇ~、農業に生きる人は」というドキュメンタリーなのである。
(注:台湾好き精神に水を差しているのではなーい)。

なお、あすの上映会の邪魔になってしまうか、宣伝になってしまうか、わからんが、下記に、2005年10月28日の「もぐら日記」を抜粋・再録。(作品のネタばれがイヤな人は、あす観賞されたあとにでも、お読み下さい)。

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これ、農夫を題材にしたドキュメンタリーなんだが、いやぁ、こんなにパンチをくらう映画だとは予想外。そもそも、考えてみたら、これまでわたしは台湾の農民の生活はまったくといっていいほど知らなかったもんな。ちょっと、もぐら頭を整理してみる。▼1つ目。主人公は、米作りをしている70歳前後の農夫たちなのだけど、彼らを通して、戦後の「台湾の農業政策」の移り変わり、そして現状を、少しは学べた。この映画、台湾で旋風を巻き起こしたらしいが、こういう「昔ながらの農法で生きている」農民に目を配れるだけの余裕が、現台湾社会に生まれている、という証でもあるのだろう。また、「こんな手作業で農業をやるのは彼らが最後の世代」と、監督さんは語っていたが、いやいや、これから長い目でみれば、(政府の政策による部分も大きいだろうが)、こういう農法に価値を見出す若人も出てくるのではないか、と思うのは、もぐら人間の甘い考えだろうか。▼2つ目。「台湾」という土地に関係なく、自然を相手に働いている者だからこそに宿る“叡智”が随所に盛り込まれており、農夫のおかげで「食べ」=「生き」ていられる、我のような人間は、理屈はいらん、とにかく「豊かに実った稲穂」のように頭(こうべ)が垂れました。この映画に「感動した」との感想を抱く人は少なくないと思うが、これ、たぶん、農夫のなかに「人間」の原点が見えるからなのだろう。(ところで、立場は違えど、汗滴るシャツを着て草刈する農夫の姿に、我は自分の親父様の姿を重ねてしまった。年齢もほぼ同じだし)。このドキュメンタリーを撮ったのはご夫婦(顏蘭權、莊益)なのだが、彼らは15ケ月、現地に泊まりこみ、毎日まいにち、農夫たちと話をしたという。そして、別土地に暮らす、農夫の子供たちは、出来上がった作品を観て、「自分の親はこんな人だったのか!」と驚いていたという。スポットライトが当たらないと、その価値に、当人、そしてまわりが気づかない、ということは、世の中往々にしてあるものだ。これは我の肝にも刻んでおきたい、世の法則である。「土地が人を育てる」、ある農夫の語りのなかにあった言葉も、また忘れずにおきたい。▼3つ目。冒頭から、うるうるきましたよ。農夫のうたう、けっして上手くはないが、味わい深い、日本の歌がね、もぐら心に染みたから。この映画のなかには、古い日本の歌が5~6曲、いやもっと?、挿入されていた。さわさわ揺れる緑の稲穂とともに、あるいは、黄昏色に焼けた水田とともに、ああいう古い日本の歌曲がのると、もう、もぐら心ダメですわ。反射的に涙が出そうになりますわ。まだよちよち歩きもおぼつかないような孫を抱き、「福は~なか、鬼は~そと」と、日本語で、節分の豆まき遊びをしてみせる老農夫にも・・・。なぜ、わたしはこういう場面(今を生きる台湾人のなかに染みこんだ戦前のニッポン)を目にすると、こうも心が揺さぶられてしまうのだろう。▼「無米楽」は日本語読みすると「む・まい・らく」。100年くらい前に生まれた言葉らしい。当時はダムもない時代で、水不足、干ばつなど、米を収穫するのは本当に大変だった。けれど、なんとか日々、楽しく、がんばってやっていこうじゃないか、と、励ましあう、それがもともとの意味です、と、監督さんは教えてくれた。

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世界はワシのためにまわっている

毎度のことではありますが、本日も極めてプライベートな日記である。しかも、これはメモなので、読み物としての価値はゼロ。他人の家族話を聞かされるほど退屈なものはなく、他人のメモを見るほど意味不明なものはない。よって、下記、読まないことをおススメする。

 ・  ・  ・  ・  ・  ・  

早朝、金沢を経ち、日の暮れる前、金沢に戻る。

今日も病院Day。親の家の最寄の駅(無人駅)にて、女性用の腕時計を発見。爺さん、それを拾い、待合室にいる婦人に、「あんたの?」と聞いている。(場所的に待合室にいる人のモノではないと思うのだけど)。それからすぐに汽車が来て、爺さん、乗り込んだ車両の若い女性にも、「あんた、これ、落とした?」と声をかけている。「そんなこと、聞かんでも・・・」と親父様をたしなめるが、(わたしの考えでは、持ち主はこの汽車以前の乗客で、今そんなことを聞いてまわってどうするんだ、という・・・・)、親父様は「だって、あの人、同じ駅から乗ったんやもん」と、自分の行動に疑いがない。んー、典型的に昔の人。田舎の人。こういう感性は現存する昭和人間のなかでも天然記念物に近いだろう。落とし物を発見したら、この人かもしれない可能性のある人にとにかく声をかける。他人の持ち物であろうと、自分の持ち物であろうと、物は大切。そこに「隔て」も「迷い」もないのである。遠慮なく、赤の他人に声をかけ、持ち主を探してやろうと。。。 それは彼にとっては恥ずかしい行為でもなんでもなく、しごく当たり前のことなのである。んー。落とし主が見つかるまでそれをやられてはかなわんので、我は「それは車掌さんに預ければいいよ」と爺さんを諭す。で、だ、爺さん、「安物やのぉ。千円ほどやろ」と、しげしげその時計を眺めたあと、自分の腕にはめ、「もらっちゃおうかなぁ」とのたまう(もちろん冗談なんだが)。まったく、たく、たく。

抗がん剤をこれまでよりいっそう強い薬にしたため、副作用を心配していたが、あら、ま、どうしたのでしょう、そりゃ、少しは副作用がでているらしいが、今のところ、これまでの薬よりも、うんと調子の良い様子。

病院から戻ってすぐ、母様と姉が、ウメとラッキョウの物々交換に知人宅に行き、昼ごはんまで1時間ほど、爺さんとお留守番。◆我が栄養ドリンクを飲んでいると、爺さん「ワシも飲もう~っと。最近飲んでないも~ん」と、隣でゴクゴク飲み始める。(最近飲んでいないといっても、たった、ここ、1~2日の話である。彼は普段、毎日、栄養ドリンクを飲んでいるのである)。◆爺さんが朝、我に向かって嬉しそうに「今日も、仕事あるぞぉぉぉ」といっていた仕事のひとつ、「ゴマの間引き」をしに畑へ行こうとしたら、「今、せんでもいい。こんな紫外線の強い時間に畑へ行くな」と爺さんは止める。我「でも、わたし、夕方までおらんよ。金沢に帰るよ。お母さんはまだ風邪ひいているんだから、畑仕事させないでね。誰がその仕事するの?」。爺さん「ワシがする。ワシ、夕方するから、いい」。・・・・・・ならば、昼食までの時間がもったいないと、我が庭の草むしりを始めたら、爺さんも庭に出てきて、盆栽の手入れを始める(*)。そしてその後、彼は畑に行く準備を始めるではないかー。(紫外線はどうなったんや!)。◆「なにしに行くの?」「□□(姉の名前)に胡瓜と茄子をやるんや」「自分でとりに行かせればいい」「そんな時間ないやろ」「時間あるよ」「ほかにもやりたい仕事あるし」・・・・・・・。爺さん、「こんな時間に畑へ行くな」とヒト(我)にいいつつ、ヒトが仕事しているのを見ると、自分もじっとしていられなくなるのである。おまけにだ、彼の言い分は、こう。「気になるなら、ついてきていいぞ。ついてきたら、なにするか分かるから」だと。結局、彼は家来が欲しいのである。◆そんなこんなで、ベビーコーンの収穫やら(2日に1回はとっているらしいが、今日もすごい量であった。コーン畑はだいたい20m×3列ほど)、その他、細々と仕事。◆昼食後、爺さん、母様に向かって「トモ(我のこと)に、ゴマの間引き、教えてやれ」といっておる。母様が「トモちゃん、帰るって行っているでしょ」」と返事をしても、爺さん「そんなもん、何時に帰るかわからんから・・・」だと。はい、はい。(「ワシが夕方やる」セリフは、放ったその場で泡となっているのである)。◆結局、爺さんが、収穫終わったイモの葉などを燃やしに畑へ行った間、母様と我は二人で、別の畑にある「ゴマ」の間引きをしたのでした。爺さんの、世界はワシのためにまわっている、は、健在である。◆その後、畑から帰ってからも、爺さんは「庭にパセリを植える」といって、土壌の準備をしたり、(それを見ている母様に向かって「ぼーっと立っておらんと、花の水でも変えたらどうだ」と文句をいいながら)、なんだかんだ・・・やっておった。(これ、抗がん剤が身体をかけめぐっている最中のヒトなんだろうか?)。◆そして我は、爺さんが「もってのほか」(←食用菊の名前)を畑に植えに行っているあいだ、親の家を辞したのである。

(*)つい先日の日記にも、続々と爺さんは「未来に続く庭」のコトゴトを始めていると、いく分かの嫌味をこめて書いたが・・・。先の冬より、爺さんは生まれて初めて「竹の盆栽」を始めてもいる。本日も彼はせっせと竹の盆の新芽を摘んでいた。そうすると、姿が大きくなりすぎず、しなやかな竹になるんだと。

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小5が小2に「すくすく育ってね」だと

朝、金沢を出て、夕方、戻ってくる。(日帰り )。

本日は爺さんの病院Day。◆病院最寄駅の改札で待っていると、爺さん、えっちおっちら、両手に紙袋をさげてやってくる。しかも、片方の紙袋からはネギの頭がぼうぼうにはみ出てる。(田舎の汽車なので、こういう荷物をもっていても、別段、目立ちもしない)。聞くと、「○○(母の末妹)にイワヒバをやろうと思って」の返事。(イワヒバはなかなか自生しないらしいのだが、自然環境のなせる業だろう、親の家にある盆栽にはイワヒバが勝手に生えてくるのである。で、あまりに自生するので、ときどき、取り除くのだ)。◆昨日も日が暮れるまで畑仕事をし、今朝も朝の4時台から仕事をしていたとか。んー、爺さん・・・。姉の車で、イワヒバと今朝収穫の野菜を叔母宅に届けたあと、病院へ。◆爺さんの歩き方が、最近あまりにも「老人くさい」というか、前かがみになっているので、それを指摘すると、爺さんは「お腹が痛いから」という。前かがみになっていると、わりと大丈夫らしいのだが、普通に胸を張ろうとすると、腹膜あたりに痛みを感じるのだと。彼は大腸ガンなのであるが(手術をしたが取りきれなかった)、だんだんと、ガン細胞が身体に変化をもたらしているのであろうか。

姉のにて。甥(小学5年)が、間もなく誕生日を迎える甥(小学2年)の誕生日プレゼントを用意したからと、こっそり見せてくれた。なかみは、今時の小学生らしい(といっても我には何がなんだか分からん)カードなのだが、そのラッピングがめちゃめちゃ凝っていた。ま、凝っているのはいつものことだが(工作好きなので普段から手作りおもちゃなどをよく見せられている)、笑ってしまったのは、ラッピングの上に書かれていたメッセージ。「これからも、すくすく、大きく育ってね」だと!! あまりのメッセージに(ほかにも似たような言葉がいくつか散りばめられていた)、遠慮なく、笑ってしまった。んー、わたしゃ、その言葉そのまま、小5の君にも贈りたいわい。

風邪、少しずつ快方に向かっているよう。一日、マスク人間。朝、37度5分あったが、夜は37度ちょいまで下がった。よしっ! 

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鉄管ビール

新聞の見出し<・・・・国会に火花>の文字を見て、「火花じゃなく、花火と書けばいいのにっ」と、朝から楽しそうに誰に向かうとなく喋っている親父様。「なんで?」と相手をしてやると、「だって、花火のほうが、インパクトあるやろ。国会に花火っ。うんっ」だと(満足気)。

「鉄管ビールもってきて」と親父様。「はぁ?」。冷蔵庫からビールを出してきて渡しても、どうもそれを飲む様子はない。鉄管ビールとは、お水のことらしい。「あんたの、お得意の、造語?」と尋ねると、嬉しそうに「そう!」と返事。(しかし、母様によると、昔の人はお水のことを「鉄管ビール」と呼ぶことがあったとか。オリジナル造語じゃないやん!)。

テレビのニュースを読む女性アナウンサーを見ながら、「あご、細いのぉ。モノをちゃんと食べておらんからや。おい、お前のあごを分けてやれ」と、我にいう、親父様。そういえば、先日は、NHKの(「きょうの料理」にでている丸顔のかわいい)女性アナウンサーを見て、「この人、歳とったら、梅干みたいな顔になるやろな。シワクチャの梅干し顔っ」と、のたまっておった。とにかく、黙ってテレビを見ていることがない。(静かになったと思ったら、寝ているのである)。わけのわからんことを一人お喋りし、楽しんでいる。マイペースの達人。幸せな老後である。

「あー、夏至の日の朝日を見逃したな(天気が悪くて見れなかった)」。「別に朝日はいつでも見れるじゃない」。「いや、夏至の朝日が大事なのっ。どの角度から上るかね、確かめるのっ」。「そんなもの、夏至じゃなくたって、夏至と数日前後したって、だいたい同じじゃない」。「いや、夏至の太陽の、正確な角度を知りたかったのっ」。「なんのため?」。「なんのため?だと? これはイ~チバン大事なことなんや。家を建てるとき、方角はもっとも大事なのっ。方位磁石なんかだと、どうしても若干の狂いがでるのっ」。はて、彼はまだ家を建てるつもりなんだろうか。常に未来指向の人である。(先々月だったか、造園業者からン万円の松の木を買い、庭に植えていた。他、今年になってから、松林からこっそり松(小さな松)をとってきて、育ててもいる(いずれ盆栽にするつもりなのだろう)。ふー。親父様が倒れたら、誰が庭の世話するんだよ)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  上記、最近の親父様のお喋り、思い出した分をメモ。


朝食後、親の家を辞し、金沢へ戻る。先週半ばからひいていた風邪が昨日辺りより悪化。そして、アパートに戻り気を緩めたためか、ますます体調悪し。(頭痛は治ったが、目の奥、鼻の奥、痛い。リンパの腫れ。喉元に異物感。肺辺りが苦しい。お腹に熱菌があるような。思考力がふわふわ雲のなか)。さっき熱を測ったら、37.5度。うーん、普段なら、風邪ごときで医者にはいかんのだが、いまはいろいろやらねばならぬことがあり(風邪で寝込んでいる場合でない)、また老人子供に移してもいかんので、「昼間、医者に行けばよかったか」と反省。

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ベビーコーン(爺さんの朝)

朝の4時過ぎ。パジャマで庭をふらふらしていた爺さん、今度はふらふらと車庫へ。痴呆性徘徊では、なーい。昨夕準備しておいた畑グッズを、自転車の荷台に積んでいるのだ。その後、家のなかに戻り、縁側のイスに座って、豆パンとCCレモンジュースをお腹にいれ、やる気満々、お着替えし、5時になると同時に、畑へ。彼曰く、あまり早く畑へ出ると人の口にのって(=噂になって)イヤなのだそう。◆我もひと足遅れ畑へ行くと、「黒ウリ」を植える土壌の準備を、爺さんはもくもくとしておった。我は自家製堆肥をえっちらおっちら運ぶ手伝いをする。◆その後、草むしりをしていると、通りがかりの農婦が「天気どうなる~? 雨降る~?」と、我に尋ねてくる。明らかに母様と間違えているのだ。(割烹着、麦わら帽子、首にタオル)。んー、どうだっけ、と爺さんのほうを見たら、爺さん、ニコニコ誇らしげに、「午前中はね、降らんよ~。雨は午後から」と答えておりました。畑労働をする者にとって、何時頃から雨が降るか、というのは、その日の労働計画を左右する重要事項なのである。(爺さんは家に帰ると、「さっきね、ワシに天気予報聞いてくる人おったんや」と母様に自慢報告しておったが、爺さんの天気予報は大ハズレ、昼の時報を待たず、朝食後まもなく雨は降り出したのでした)。◆もうひとつの畑に移り、トウモロコシの若い実を採る作業。トウモロコシは1本の木にひとつの実しか育ってくれず、しかし、実はふたつ以上、なる。だから、剪定というか、間引きというか、ふたつ目以降の実は摘まなければいけない。その若摘みしたのが、いわゆるベビーコーン(ヤングコーン)なのだ。(親は数年前までベビーコーンが食べられると知らず、捨てていたらしい。我は最近までベビーコーンは(一般のトウモロコシとは違う)別品種のトウモロコシなのだと思い込んでいた)。◆今は夏前の大仕事が一段落し、比較的畑の落ち着いた時期らしい。爺さんものんびり作業をしておった。とはいえ、午後からも雨の合間を塗り、一人で「秋に食べる用の豆」を植える作業をしていたようだ。

           070624_0633~01.jpg 農作業グッズを荷台に積んで 

070624_0633~02.jpg 見た目めちゃめちゃ痩せたてしまったが
畑仕事、庭仕事、株式、食べること、社会ニュースへの興味などなど、
生きる情熱だけはいっこうに衰えていない爺さん

070624_0640~01.jpg (←トウモロコシ畑)


歳行くと、子供に還る。というが、爺さんを見ていると
まさに目の前でそれを見ているような気持ちになること、しばしば。

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ステーキ肉

朝の電車で親の家へ。◆居間に、「60代前半対象。就労支援のパソコン教室」のチラシがとってあった。「へっ?」と思ったら、爺さん曰く、「どんなもんかな~と興味あって」だと。あんた、もう四捨五入、80歳なんですけど。◆本当は木曜か金曜には親の家に行こうと思っていたのだが、つい行きそびれ、本日土曜になってしまった。姉からの連絡では母様が風邪をひいて寝込んでいるとのことであったが、かろうじて起きておった。◆爺さんが食い意地がはっていることは前にも書いたが、彼は点滴の副作用で食事を摂れないような状況のときも、テレビに美味しそうがステーキが映れば「ああー、うまそうやのぉ」と一人お喋りしているような人間なので、いちど高級なステーキ肉を食べさせてやりたいと思っていた。んだが、(これまで一人で食べるステーキはオー・ジー・ビーフであったり、国産でも「賞味期限近くの割引品」であったりして、まともなステーキ肉を買ったことがない我)、ぐふ~ん、ステーキ肉って高いのね。一番安いのを探しても一枚3千円以上。姉家族のいないときを見計らったとしても、3人分、1万円はする。(なお、親の家では外国肉は一切食べない。肉どころか、魚はまず地元産。あらゆる加工品も国内産しか買わない)。◆前回、親の家に滞在した2日間とも、爺さんに「今日、酒屋行く? ワインがいいなー」と云われつつ、願い叶えてやれなかったので、今回は事前に金沢で爺さんの好きなコクのある赤ワインを購入。あとは、お肉!を用意するだけであったが、棺おけに足をつっこんどる人に1万円分の肉を買うのは惜しくはないと頭では思いつつ、いざ、財布を開けるとなると、ためらってしまう。。。。。◆結局、親のお金で普段よりイイ肉を買い、夏野菜といっしょに鉄板焼きとした夕飯であった。(母様もご飯は食べられる)。

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過去の記憶×『黒い眼のオペラ』

何年か前、酔っ払ったまま、早朝の山の手線に乗っていて、気がつくと、知らない男性に「右手」を握られていた、という経験がある。あまりの衝撃にわたしの酔いはすっとんでしまったのだが、わたしはそのまままた眠ったふりをした。たぶん、その見知らぬ男性の手にまだ握られていたかったのだと思う。(誰でもいい、手を握っていて欲しかったのだ)。しかし、一度覚醒したわたしに用心したのだろう、その人は、もう、わたしの手に触れることはなかった。

昨日の日記に<蔡明亮の映画>の印象をちょろりと書いたが、それは上のような人間の日常をするりとすくった、そんな世界なのである。

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わたし

わたしが一昨日ブログ「隣の女」の後半部のような話を書くのは、ある嫉妬心混じった感情から、なのである。もっといえば、このブログのほとんど大半は、憎しみではないが憎しみと見まごうような感情や、あきらかな嫉妬から、書かれている。◆そしてわたしは、どうしてこんな方法で感情を一時処理しなくてはいけないのだろう。どうしてわたしだけが我慢しなければならないのだろう。彼女の穏やかな日常はわたしの血の滲むような我慢から成り立っている。という(ひとりよがりな、しかし、身を削るばかりの)思いに、常にとらわれている。◆わたしが「ぜいぜい…つらいゼ」とこのブログにこぼさないからといって、心が平和なわけじゃない。むしろ、「黙っている」ときこそが、感情を爆破する日にむけての準備なのだと、毎日何百回と呟いている。

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黒い眼のオペラ

北陸も入梅したらしい。◆夕べは夜の9時頃寝て、起きたら本日夕の4時を回っていた。(途中、夜中の2時と、昼の2時に目が覚めただけ)。「こんな時間に眠ったら、明日は午前中起きられるだろう」という読みは甘かった。おまけに窓を開け放していたものだから、(昨日まで夏日であったが今日はぐんと気温が下がった)、起きたら喉がイタタタタ。まったく、である。◆いろいろあって(?)気持ちがメゲそうだったので、今年初の映画へ。(劇場までは自転車で2~3分。思い立ったらすぐ行けるのだ)。◆蔡明亮の『黒い眼のオペラ』を見る。マレーシアが舞台であったが、ねっとりとした暑さが画面いっぱいに漂って、ひじょーに良かった。数少ないセリフは「効果音」の類のものばかりで、映画を見ているだけでは状況設定などわからない所がいくつかあったが、こういうのを含め、蔡明亮作品の味わいなのだろう。後半の数十分、むしょーに癒され感有り。上手くいえないが、破壊から生じる生命感、や、絶望ゆえの癒し、や、孤独ゆえの力強さ、等々が、『黒い眼・・』に限らず、彼の作品全般には流れているような気がする。◆マックの価格変更には賛成である。都会は平均的に物価が安い。(「都会は物価が高い」なんてウソである。「高い」のは特定の付加価値をつけられた品々のことである)。同じ仕事をしても都会に比べ収入がはるかに低い田舎において、都会人と同じ価格のマックを食べさせられるのは、田舎人としては、面白くないのである。


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隣の女

貧乏アパートを転々としてはや十年、たいがいの生活音には目くじらを立てないガッツを身につけた我であるが、今のお隣さんには「困ったちゃん」である。▲玄関のドアーをですな、毎回、アパート中に響くかのような、軽い振動を伴う勢いで、「バッターン」とデカ音で閉めるのである。(思うに、途中で手を離すからいけないのである。ドアが閉まる最後までドアノブに手を添えていれば、こんなことにはならない)。この隣人さん、今年になってから引っ越してきたお人。引越しの挨拶がないのは、ま、仕方ないとして、わたしが外に出ようとすると、あちらのドアがそそそと閉まる(この時はデカ音ではない。あちらも外出しようとしていたタイミングのようだ)など、あきらかに当方を避けている様子。(なので、姿を見たことはないのだけれど、壁を通した声の感じから、40歳前後の女性と推定。なにをしている人かは不明だが、いわゆる「9-5時」労働者ではないようだ。平日の昼間もよくお友達(?)が来ているようだし)。▲んでもって、寂しがり屋さんなのかなんなのか知らないが、電話が大好き人間であるようで、時間を問わずお喋り声が聞こえてくる。(朝の7時台からのお喋りは、しょっちゅう。しかも、印象でいうのもなんだが、その話し方が、なんか、どうも、「超下手にでた、ネコなで声の手前」のときもあれば、「下品臭がただよう」ときもあり・・・・、(もちろん、聞き耳を立てているわけではない、イヤでも声が聞こえてしまうのだ。不快なのでこちらは音楽をかけたりしてやり過ごしている)。▲あと、プラスチック類のゴミをベランダ(隣との境は4~5本の棒による鉄柵があるだけで、すかすか透けて隣のベランダが見えてしまう。こりゃ、半分、公共スペースだわな)に出しているのも、わたしとしては「やめて欲しい」のであるが、(この種のゴミは月に2回しか回収されないので、一度でも出しそびれると、溜まって困る、という事情はよーくわかるので)、今のところなんとか目をつぶってはいる。▲電話やゴミのことはそれぞれの暮らしのペースであるからして、いくら不快であろうともこちらが口出しすべきではないとも考えているが、ドアーの「バッターン」は毎回、こちらの心臓が冗談じゃなく縮む思いだ。アパートを管理している不動産屋から一度注意してもらおうかと思案している。(直談判する勇気はない)。

生活には「相性」があるのだと、つくづく感じる。わたしが越してきたときに住んでいた隣人は30歳前後くらいの長い黒髪の美人で(って、容姿は関係ないですな)、なにより最初に会ったとき「自分は夜の7時から仕事に行くので・・・・、夜中起きているんで、うるさいかも・・・・」と言ってくれたので、「いえいえわたしも宵っ張りなので夜中の物音は気にしませんよ」と答え、<安心感>もって、互いの生活をやっていられたのだと思う。とはいえ、夜中、彼女の部屋がうるうさいということはなく、ただ午後の時間、わたしの聞いたことのないような様々な音楽が彼女の部屋から聞こえてきて(ジャズであったり、民族音楽であったり、その他分類わからん、ほんと様々な音楽)、むしろそれらにわたしは好ましく耳を傾け、音楽のおすそ分けにあずかっていた。だから、去年の11月だったか、「引越しをするんですよー」と彼女に言われたときは寂しかったものである。。。。

うーん。結局、現在の隣人さんとのモンダイは、ドアーの「バッターン」現象はもちろんだが、モンダイの半分は、「そういうことを日々やっていて、なんとも思わない、無神経さ」に、わたしが不快を感じている、ということなんだろう。(話し声にしても、声が聞こえるのが不快なのではなく、壁を通して伝わる生活観・人柄が不快なのだろう)。もっといえば、これはわたしの想像の世界にはいってしまうけれど(正確にいえば、壁を通して伝わってくる、彼女の豹変自在ともいえる対応ぶりから想像するに、ということ)、隣人さんは「身内(友だち)にはベタベタと親切を尽くし」、「社会的な関係者の前ではイイ人顔をやって」、「そのいずれの枠からも外れた相手(隣人もその一つ)は、まるで存在しないかのごとく扱う」タイプの女性のように思えてならない。そう、自分の世界しか、大切にしない。自分と直接かかわらないものは空気以下の扱いをする、そういう、(想像上ではあるが)人柄がどうにもひっかかるのだ。

なお、以下、「わたしの偏狭な性格」をいちだんと露わにする話であるが・・・・。この隣人さん、台所の窓に茶色のカフェカーテン(小窓などに用いる、丈の短いカーテンを通称そう呼ぶ)を吊るしているのであるが、それを吊るすためのツッパリ棒の長さが足りないらしく、ポケットティッシュ(推定・街頭で配っているサラ金宣伝のもの)を窓枠と棒のあいだに挟み、補っている。んー、どういう趣味なんじゃ。(趣味というより、生活に対する「感性」のモンダイだな)。・・・ちなみに、わたしが自分の部屋を出て、階段を降りるには、必ずこの彼女の台所の前を通らなければならない。・・・・まあ、隣人の部屋のあり方をあれこれいうのは「内政干渉」とわかりつつ~、・・・・・・。(自分のことを棚にあげるが、わたしは生活することに対しての感性が鈍感な人間が嫌いなのである。なにもコテコテ部屋を飾れとか、お花とフリルで生活を満たせとか、そういう話ではない。生活を考えた上での「あえての無為」や「シンプル」は高く評価する。そうだな、これは日常の生活に対する「意識」のモンダイなのだな。なお、不思議と、男性の「生活意識の低さ」は気にならない。気になるのは、同性の「鈍な生活感覚でやってゆける」人たちばかり。なぜ、なぜ、なぜなんだ。

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納豆術

先日、発見した、日本人ならお試しあれ!!術をひろうする。

納豆をね、かき回すとき、小スプーンを使うといいの。
お箸だと、特に納豆のまわりがネバだってきたころから、どっと力が要るでしょ。
しかーし、スプーンを使うと、あまり力を要さず、疲れないのだ。

納豆は相当回数かきまぜると、ネバネバの糸を引かず、とろ~っとしてくるが、
小スプーンだと、あっという間にこの状態になる。

これは納豆協会に電話して教えてあげたいくらいの術である。
(しかし、発明好きの日本人が、専用の「納豆かきまわし」グッズを生み出さないのは不思議だ。
すでに発明はされ、すたれてしまったのだろうか??)。

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暑ちい。午前中、寝床に入ったが、なかなか寝付けず。やっと眠りに入れたと思った午後、暑ちくて暑ちくて、頻繁に目を覚ます。えいやっと起きて、今年初の扇風機を始動。あーこれでゆっくり眠れる、と思ったのも束の間、やっぱ暑ちくて暑ちくて、たびたび覚醒。んー、もうっ、と、そばに置いてあった「キリン アルカリイオン水」を首すじにたらし、気化熱を利用して、涼む。そんなこんなで、夕方近く、やっと本格入眠。

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うざったい

なかなかいい具合である。過月までのように月に五十個も六十個もブログを書くというのは、「狂」の匂いがぷんぷんとしてしまう。(いくら「精神安定剤」の代用とはいえ……。「恥」である)。このまま基本一日に一個ペースでゆけることを願う。欲をいえば、文字数を、もっともっと短く納めたいが、まあ、それはおいおいの課題としよう。内容の(質の)向上までは、とても頭がまわらない。

ところで。不特定からのトラックバックは当初少なからずあったが、その都度「通報」(FC2ブログにはいかがわしいトラバが入ったら「通報」するシステムがあるのである)していたためかどうかはわからぬが、今では、まったくトラバがつかなくなった。んだが、ここ最近、いまふうの言葉でいうと「うざったい」コメントがたびたび入るようになってしまった。(うざったいコメントとは、こちらの書いている内容など読んではおらんのだろう、うわっつらな挨拶とともに「私のブログに遊びに来てね~」というアホくさいメッセージをつけた、機械的に送信しているコメントのことである)。いまだブログの種々システムを理解してはおらんが、アフリエイト(?)ちゅうもんをやっているヒトの気がしれん。訪問数が多いと「なんらかの得点」がつき、「小遣い」が増えるのかもしれんが、そのために赤の他人に機械的なコメントを送りつけるとは、人間界の礼儀に反するのではないか? まったく迷惑なことである。(と、書いたって、送っている主はこの記事など読みはしないのだろうから、たんなる我の愚痴になってしまうが)。たまにエッチ系のコメントも入るが、これにも「通報」システムがあればいいぞい(「通報」はトラバにしかないので)と思っている我である。

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色気

「100人とは言わん。女の3~4人は泣かせておき給え、若い内から慣れておかないと後からおっつけでは何も出来んよ。色気と言うのは喜ばせ、恨まれないと身に付かぬ物だ君。(中略)。拾い食いから始めなさい」という、成ちゃん(菊地成孔)の言葉(6/15日)には、大きく頷く。

これは男女の立場を入れ替えてもいえることで、つまりは、色気というのは年齢を重ねたからといって徐々にわいてくるものでなく、ましてや「純愛」だけで色気は育たない。男も、女も、愛し、苦しみ、もちろん愛される、また恨まれもする、どろどろを経験しないことには、色気など備わらぬのだろう。

色気がなくて魅力的に映るのはせいぜい二十代前半までであり、三十代四十代になっても色気のない人間は、いくら容姿がよく、性格もよく、仕事ができても、異性をひきつける魅力には欠けるのではないか? と思う。

成ちゃんは、それを若いうちから訓練したまえ、というけれど、はて、ある程度の年齢になってしまっては、色気とは生まれにくくなるのだろうか。我がこれから修行を積んでも、間に合うだろうか。(高齢化社会のなかの高齢者にとって、「色気」があるかないかは、人生を大きく左右する要因になるだろうからな。なんとか、我も「色気」を身につけ、健やな、かつ緊張感を失わない高齢者ライフを手にしたいものである)。

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トビウオ(夏間近)

朝の5時半からサツマイモ畑の草むしり。北陸はまだ入梅していないが、夏に近づいていることは確実で、朝7時前にもなると暑ーい! 夏の日差しみたい。今年のサツマイモは8~9百の苗を植えたといい、昨年よりは少ないのであるが、それでもこの畑の除草に2時間ほどかかった。

ここ3日、毎日、トビウオとフグを食べている。トビウオはこの地で「アゴ」ともいわれ、主に、お刺身や揚げ物(天麩羅やフライ)などで食される。もっちりした身が特徴だ。フグは、いわゆる「毒のあるフグ」とは違う種類らしく、全長10センチにも満たない大きさで、お味噌汁や揚げ物として食される。淡白ながら味わい深い魚。

2週間、親の家をごぶさたしていただけで、畑の風景が見違えるほど変化した。夏野菜の収穫もぼちぼち始まり、食卓はよりいっそうにぎやかに。(毎食、十種類以上の野菜を食べている)。ふふふん、普段、アパートでは、貧乏学生、もしくは単身赴任のおっさん、のような食事になりがちなので、親の家に滞在中は、栄養補給に努めるのである。

25時頃、アパートに戻る。

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