ともみ@ピクニック

愚痴太郎

つまらないブログが続いている。
なじぇか。
弾けていないからだ。
狂っていても、弾けているときは、ブログが面白い。
(と、自分では思う)。
(なお、「面白い」というのは、自分なりに、ということね)。

本日のブログは「99パーセント」愚痴日記。
愚痴も、可愛げのある愚痴なら、読むほうもいく分、楽しめるだろう。
だけど下記のは
ちっとも可愛げがない。
「理不尽なことはなにひとつなく、問題は当人だけ」であり
「どうすればいいか、わかっていながら、ぐだぐだやっている」という
傍にいてもっとも不快な類の愚痴。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あー、5月が終わる。「これで今年ももう半年過ぎたか」と思ったが、ありりん、まだ半分ではないのだな。人間界とほとんどかかわりない生活なので、なにがなんだか、最近、小学生が知っているようなこともわからなくなりつつある。(「今日で5月が終わる」ことを知っているだけ、マシと思ってる)。■ちかごろ、ブログを書いていても、ちっとも楽しくない。アタマしんどい時でも、しんどいなりのエネルギーというものがあり、それはアホゴトと化して書くことで発散してきたような気もするのだが、ちかごろは、そういったエネルギーすら、極小。たとえば昨日の日記も、ば~っと書きはしたのだが、そこには殆ど感情というものはこもらず、「なんでもいいから文字を綴っている」くらいの気分。ちっとも楽しくない。うーん、楽しくなけりゃあ、書く意味はわたしにとってゼロなんだけど。(精神ゼイゼイやっている話でも、それを書くのが楽しいから、書いている(いた)のに)。■ところで。■爺さん、ほんとうに、このままゆるゆると弱っていくのか。最近の弱り具合を見ていたら、まじまじ、ヤバイのではないか、という気になってしまう。■爺さんのガン発覚以来、なにを知ったかといえば、「人間って、薄情な生き物だ」ということ。ふふ。この人間というのは「わたし」のこと。昨春、爺さんの手術後、医師から「残された時間」を聞かされたときには、さすがくらくらしたが、その晩以来、頭にあるのは、純粋に「爺さん」のことではなく、「爺さんがやがてあの世に行ってしまう、そのことを通した<自分>」である。手術から、まだそんなに日が経っていないころ、ショックと並行しながらも、「あー、これでもう、ウツウツだなんていっていられなくなったぞ。ウツから脱出だ!」なんて(これはチャンスだとふうにすら)冷静に考えていたし。(←繰り返すが、ショックはショックでちゃんと在りながら、である)。また、手術から半月も経たんうちから、頭のなかは、手術以前から抱えていた問題に再び大きく占められるようにもなってしまって。つまりは、「爺さんの生死」を純粋にわたしが考えた時間など、ゼロかもしれん。■あれから(手術から)1年以上経ったけれど、相変わらず、わたしの頭を占めるのは、<自分>のことだ。実際の行動も<自分>中心。<ウツウツの自分>にばかりふりまわされて、大切なことは、ほとんど、していない。■「自分中心でなにが悪い?」。もちろん、そうだ。自分中心が悪いのではなく、わたしは、ウツウツの大波中波にさらわれて、やりたいことが出来ていない自分が、「はてしなく」イヤなのだ。(小波のときはかろうじて体を動かせるから、ウツウツの小波程度は、今や歓迎の域である。昨今のわたしには「ウツウツの波がゼロなんて奇跡に近い瞬間だ」といえる)。■前にもこのブログに書いたが、わたしの生家は、めちゃ、過保護家族で、(その反動で、わたしはドライな家族というのに非常に憧れる)、また家族以外のわたしの世界も狭かったのだろう、わたしは目にあまるほどの「利己」を上手に備えた人間というのを知らぬまま大人になってしまったというか(いや、そういう人間とも出会っていたのだろうが、近寄らないようにしていたのだな)、いつも身近にいるのは、まずは「相手」を思いやる(ようにわたしが感じる)人たちばかりだった。そんな生い立ちも影響しているのだろう、これは現代人からしたら、相当イケテない生き方なのだと思うけれど(*)、わたしは、「自分中心」に生きることが、「自分を二番、三番」にして生きる以上に、苦しいのだ。わかるかな。この意味。■うーん。ウツウツを脱した自分なら、わたしだって、「自分中心」の日々(やるべきことをやったうえの「自分中心」)は、平気なのだろう。そうだよ、そう。自分中心が苦しいというよりも、ウツウツであるがゆえに家族を無視したような振る舞いをしている自分、それが元凶なのだ。(今のわたしの「やるべき」大きなひとつは、家族まわりのことである)。■爺さんがなにをして欲しいか、よーく、わかっている。畑や盆栽の後継者になって欲しいのだ、わたしに。しかし、それは無理。ならば、せめて、爺さんの体が動くうち、一緒に畑や庭にでて、彼の助手をしてあげるのが、わたしにできることなのだろう。(ま、そのほか、爺さんの「たわごと(自慢話含む)」を聞いて、ツッコミを入れるという「仕事」もあるし・・・しかし、あきらかにツッコミを待っているとわかるときも、こちらのウツウツがひどいときはムシしてしまう・・・・、一緒に晩酌するという「お役目」もあるのだけれど)。■それよりなにより、母様のほうが危ないかもしれない、と、よく思う。手術以来、体力がガクっと落ちた爺さんの分をおぎなうべく働いているのは母様だ。70代にしては酷な労働量。また、わたしが彼女の話相手になってあげればいいのは重々わかりながら、会話すらまともにしてあげられない。たぶん、わたしがむっつりしている時間は、彼女にとってストレスになっているだろう。(むっつりしているだけでなく、たまに口をひらけばひどい発言をしてしまったり、ひどい振る舞いをしてしまうこともある)。■話は、肉体労働に戻る。過去日記に何度も書いているが、両親は、誰が見ても「農家だろ」って規模の畑をやっており、(ほとんどの野菜を自家栽培。今現在も何十種類と植わっている。しかも、量が半端でない。今、収穫しなければならん玉葱だけでも600個。おまけにそれらは、自分たちで食べるか、人にあげるか、あとは腐らせるか)、しかし、あくまで趣味の位置づけなので、耕運機はもたず(手で耕す!)、消毒は最小限(草むしりが大変)、などなどなど、原始に近い農法をとっており、おまけに爺さんが几帳面なので、ちょっとの量を植えるだけでも、「特製モノさし」で間隔をはかるなど、ちっともアバウトでない農作業。(休耕地にしたらいいだろう、規模を小さくしたらいいだろう、という意見もあろうが・・・・それはそれで課題があるのだ。その話はまたいずれ)。■楽しんで農業をやっている分にはいいのだが、はっきりいって、こりゃ、楽しみを超えたレベルだわい。(こういうのを見ているので、わたしは「ベランダ栽培」で喜んでいる人種が羨ましくてたまらない)。畑があるから、両親は日々を元気な気持ちでいられるのだと思う。まさに畑は彼らの(特に爺さんの)生きがいだ。しかし、抗がん剤で細胞がやられ、見るからに老けて弱った爺さんが野良仕事をし、爺さんの分まで働くべく母様が「身体を壊す」手前にいる現状。そしてそれを知りながら、ウツウツが小波のときしか手伝いのできていない我。■肉体労働(畑)問題に限らず、というべきか、いや、それと同等あるいはそれ以上に、というべきか、(←かなり頭わるい書き方だ。いや、そんなことないか)、つらいのは、老親の気持ちよりもウツウツに飲み込まれている自分を優先してしまうこと(ひどいときは、親の家に寝泊りしながらも、親の顔を見ることすらできなくなってしまう)。「親の前でウツウツ症状が隠し切れないならば、小康を保てるようになるまで、親の家に近寄らなければいいではないか」という考え方もあろうが、いつ死ぬとも知れん老親に対し、そこまでの距離をわたしはとれない。「老親に会いに行かない」ということ自体が、わたしのなかのストレス(自己嫌悪)であるし。(会えばストレス、会わぬもストレス)。■なお、今回の滞在は、(過去に照らし合わせ)最悪レベルではない。寝たきりにはなっていないし、病院付き添いもできている。ま、ウツウツではあるが、ぎりぎりの振る舞いができるレベルか。■話があっちに行ったり、こっちに行ったり。ここまで「わたしの愚痴」にお付き合いいただいた方、頭を畳にくっつけるくらいの感謝である。なんのまとまりもないけれど、これにて今月の日記はおしまい。

* 現代人は、「自分のやるべきこと」をやったうえで、他者(家族であれ、恋人であれ、誰であれ)とかかわるべし、というスタイルが、格好イイ(英語でいうクール?)のだろう。


【おまけ】
話はズレるので、これまたいずれらためて書きたいと思うが、「自然がウツを和らげる」現象はたしかにある一方、大波ウツウツの下にいると、「自然と対峙する」ことがこの上なく苦痛に感じるときもある。ウツと自然、ウツと農作業、は、論文が一本書けるくらいのテーマではないかとも思う。

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ドロップ(ス)の味

                         1.
ドロップスを手のひらにころがし、そのときたまたま気に入った色の粒を舐めてみるように、先日からちょっとずつ頁をめくっていた、江國香織の短編集『号泣する準備はできていた』を読み終える。
小説を書く人の頭のなかはどうなっているのだろう。ほんと不思議。なかでも江國さんの発想の泉は女性心理を描くことにかけては天才の部類にはいるのではないか、と、責任のない発言をわたしはしたくなる。ところで。昔読んだ山本文緒のエッセイに「いじわるな心情を描く小説を書いていたら、友人知人から『あなたはそんなに、いじのわるいことを考えている人間だったのか』とおそれられるようになり困った」という話があった。はて。文章にしたことが必ずしも書き手の心にあることではないと、たいがいの人間は理解したふうの顔をしながらも、その実、「文章にする限りは、少なくともその知識・発想が、その書き手のなかにあるのだから」という事実が強すぎて、「そこに書いてある」ことと、作者の心情や人格のようなものを混同してしまう構図は、書き手と読み手がいかように注意を払っても避けられない宿命なのかもしれない。また、感情を移入して作品に触れた読み手ほど「作者にも登場人物と重なる部分をもっていてほしい」という願望を抱いてしまうのも無理からぬことなのか。そしてまた、作品を生み出す苦労のみならず、小説家は、未来の読み手が読書によって心の井戸からくみ上げてくる感情をも(もちろん直截にではないにしろ)引き受ける覚悟がなければ、小説など発表する意義がない、そんな考え方だって存在するだろう。はぁ。小説家とは、文字通り「身を削る」うえに成り立つ職業なのだろうなぁ。

                         2.
12の小説からなっている本書を、あとがきで、江國さんはこのようにおっしゃっている。

 短編集、といっても様々なお菓子の詰め合わされた箱のようなものではなく、ひと袋のドロップという感じです。色や味は違っていても、成分はおなじで、大きさもまるさもだいたいおなじ、という風なつもりです。
(中略)
 たとえば悲しみを通過するとき、それがどんなにふいうちの悲しみであろうと、その人には、たぶん、号泣する準備ができていた。喪失するためには所有が必要で、すくなくとも確かにここにあったと疑いもなく思える心持ちが必要です。
 そして、それは確かにそこにあったのだと思う。
 かつてあった物たちと、そのあともあり続けなければならない物たちの、短編集になっているといいです。


100人いれば100の人生がある。100の瞬間あれば100の道がある。のだから、この世には無限の人生があるともいえるのだけど、一歩立ち位置を変えてみれば、どの人の人生も、人生のどの時間も、さほど変わりはない。せいぜい、ドロップスのなかの、どの色の粒を舐めるか程度のものだ。と、わたしはときどき思う。ただ、舐めている最中はその味覚しかわからなくなって、人は傲慢になったり、ひとりよがりになったり、悲観したり・・・、してしまうんだろうな。そして、ひとたび、舌にころがすドロップが変われば、また違う人生を生きているように錯覚してしまう。そんなふうにも思う。

                         3.
たぶん、(たぶんというのは、わたしがいちじるしく記憶喪失気味人間だから)、本書を読んだのは初めてなんだけど、このなかの作品のいくつかは、「どこか懐かしい断片」ある話だなぁという気がした。うすい記憶をたどっていくと、以前、ラジオの朗読番組で聴いたのだろうとの結論に。そして、『じゃこじゃこのビスケット』など、作品によっては目で読むよりも、耳で読んだほうが、いっそう身体にしみるのだなぁと、遠い記憶を交差させもした。

下記に、読みながら頁のあいだにティッシュペーパーのコヨリ(!)をはさんでいた部分を転記しておく(改行は略)。ふりかえると、特におもしろかった作品(『溝』や『そこなう』など)にはコヨリをはさんでいないのだから、作品全体のおもしろさと、パーツパーツの気になるところ(コヨリ部分)は必ずしも重ならないのだということがわかる。

でも、齟齬はおそらくもっと前から生じていたのだ。いくつもの口論と、そのあとの和解。物事は何一つ解決されない。かなしいのは口論ではなく和解だと、いまでは弥生も知ってしまった。
――『前進、もしくは前進のように思われるもの』より

デパートで、自分以外の誰かのための買い物をすることくらい幸福なことはない。 
――『こまつま』より

もうおしまいにしましょう、とルイに告げたのはなつめの方だった。あのまま関係を続けていたら、自分が完全に分裂してしまうと思った。ああするのがいちばん分別のある振る舞いだと思えたし、あのころのなつめは、情事を止めさえすれば家に帰れるのだと漠然と思ってもいた。しかし、無論、恋におちるということは、帰る場所を失うということなのだった。
――『洋一も来られればよかったのにね』より

(前略)「宙ぶらりんの死神」の話(後略)。それは、死神をすももの木の上にとどまらせ、長生きをしたおばあさんの話だ。おかげで、死にそうな病人や死にたい人々が、死ねずにいつまでも苦しんでしまう。 
――『号泣する準備はできていた』より

「どうして入籍しないの?」隆志を紹介したとき、姉は不思議そうに訊いた。「しなくても大丈夫だから」私は誇らしさで胸をいっぱいにして、そうこたえたものだ。(中略)。私たちは、一切の策を弄さずに愛し合いたかった。また、もしいつかどちらかが気持ちを変えたら、無条件に赦して手を離せると信じたかった。
――『号泣する準備はできていた』

この一年、ほんとうはいろいろなことがあった。でもそれは指で砂をすくうみたいに、すくうそばからこぼれていき、あってもなくても同じことに思える。日常というのはそういうものなのかもしれない、と、最近は考えるようになった。 
――『どこでもない場所』より

(前略)この場だけの、奇妙な仲間意識で親しげに言葉を交わす。決して個人の領域に立ち入ることのない礼儀正しさと、領域など存在しないかのような率直さをもって。(中略)。もちろん元気よ、とこたえたのは龍子だったが、もちろん元気よ、としかこたえようのない場所だから私たちはここが好きなのだ、ということに、私はふいに気づいた。(中略)。三人は礼儀正しくひやかしてくれる。どうしてー、とか、けちー、とか。語尾をのばす大人は、ばかか優しいかのどちらかだ。 
――『どこでもない場所』より

私は思うのだけれど、注意深くするのは愚かなことだ。当然だ。誰かを好きになったら注意など怠り、浮かれて、永遠とか運命とか、その他ありとあらゆるこの世にないものを信じて、さっさと同居でも結婚でも妊娠でもしてしまう方がいいのだろう。
――『手』より

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親孝行、したいときには親はなし。それが美しい。(by大宮エリー)

本日、手にした週刊誌に、大宮エリーという方が、エッセイの〆として「親孝行、したいときには親はなし。それが美しい。」と書かれていた。これを読み、我は、うーーーーむ、と10秒くらいカタマッテしまった。かつてのテレビCM(タンスにゴン!)の「亭主、元気で留守がいい」に継ぐ、名言なのではないか??

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続・ブラジルの家族

【5月31日 追記】

再放送を見た。

80年前、ある日本人が「理想の家族」を求めて、この村を作ったのだな。
創始者の名前は、弓場勇。
彼の名前をとって、この村の農場を「ユバ農場」というらしい。
現在の村員は、86人。

村に響く鐘で一斉に起床し、
ユバのみんなが、朝食、昼食、夕食を、ともにする。
仕事も一緒。
リクリエーションも一緒。
子育ても老人介護も、村のみんなが「ひとつの家族」なのだから
それも当然、村のなかでする。

ユバは、資本主義と共産主義のいいとこ取りしたようなコミュニティ。

これを「理想の社会」と言い切れる現代人は、健康のなかの健康(いわば、映えぬきの健康)なる精神を宿した、少なくともわたしにとってみれば、ひっくりかえって「感性が宗教がかっている」と映らなくもない。

同時に、
これを「理想の社会」と言い切れる人は、幸せというものを具体的に頭で描くことのできる、幸福な人間なのだろうとも思う。

ま、この村(異郷につくった日本人コミュニティ)にわたしが関心あることに変わりはない。
その成り立ちも、現在の姿も、そして未来の変化も。
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外部と接することによるアイデンティティの揺れ
(外部とは、ブラジル人に限らず、本国・日本で育った人間も指す。おそらく、ユバの人間にとっては、ブラジル人との摩擦より、日本育ちの日本人と触れ合うことによる摩擦のほうがショックがおおきいのではないか?)

もっともっと外からの血をいれ、(つまりはブラジル人や、日本などからの移住者を受け入れ)
どうユバの姿が進化するのか、どうユバの精神が揺れるのか
あるいは従来のユバを守りたいがゆえに、コミュニティは縮こまってゆくのか

などなど
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地球儀でしか知らない土地の、日本人「家族」に、わたしは、なじぇか、ひかれる。

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ブラジルの家族

今日も夏のような暑さ。夕方、親の家へ。親父様に頼まれていた、大和地下の肉店の焼き鳥が売っておらず(期間限定だったらしい)、別の店舗でモモやら砂肝やらツクネの焼き鳥を買っていったら、爺さんは「ワシ、レバーが一番好きなんだけど」といいつつも、これまた「あまり旨くないのぉ」というワインと一緒に召し上がっておった。■晩、ブラジルの日本人村をあつかったテレビ番組をやっていた。現在もこんな社会があるのかっ。わたしにとっては衝撃で、ひじょうに興味をもって見た。移民のつくった日系社会というのは、もはや名残り程度にしか存在しないものと思っていたが、ブラジルではいまだ、日本語を共通語とし、日本食を食べ、「村」がひとつの家族として存分に機能している世界があるのだなぁ。(個人単位としてでなく、村全体が「ひとつの家族」であり、同時に「日本社会」をやっている)。番組は、村のまとめ役の人物の長女がブラジル人と結婚をすることになり、長女の「新郎とこの地に暮らし、やがて生まれてくるだろう子を、この“大家族”のなかで育てたい」という思いと、村のなかに根づく「人種に対する排他の壁」の対立などを通し、この日系村の姿を描いていたが、同時にそれは、時間を先に進めてみれば、「村をひとつの家族」とする、脱近代・脱現代をはたした、あたらしい理想社会への模索のようでもあった。■ぐすすん。(お風呂に入っていたため)番組を開始から10分遅れで見たので、「そもそもの村の成り立ち」などを見そびれてしまった。再放送を期待しよう。ところで、この日系村には、戦後しばらくのちまでの移民とその子孫ばかりでなく、わたしと同年代の男性も日本から移り暮らしていることを知り、「あー、おのれの(知識含めた)世界はなんて狭いんだ」と毎度ながらのを深めたのであった。

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キャラメルフレーバーのコーヒー

雨の日に、しかも、「雨の日の外出前に」飲もうととっておいた、キャラメルフレーバーのグリップ式コーヒー。あと一袋しかなかったのだけど、ほかのコーヒーの在庫を切らしてしまったので、今日は雨でなく、おまけにただ今22時59分でこれから外出の予定もないのだけれど、その大切なコーヒーを飲みながら、日記を書くことにする。

ときたま、外出先から部屋に戻ってくると、出掛けに淹れたコーヒーの香りが気持ちよい濃さで部屋に残っていることがある。そんなとき、なんだかとっても「得した」気分になるのだ、わたしは。そしてあるとき、雨の日の湿りには、キャラメルフレーバーのコーヒーの香りが似つかわしいのではないか? と、想像上の「発見」をし、以来、ずっとその日がくるのを心待ちにしていた。けれど、雨の日のコーヒーはわたしの日常中の日常なのに、雨の日の外出はわたしの日常とはいえなくて、このアイディアはお蔵入りしたまま、こんにちに至ったわけだ。

ぐふんっ。

昨日の日記に書いたとおり、今日は高校一年のときのクラスメートが遊びにきてくれて、朝から、しこたまお酒を飲んだ。つきあいが長いだけでなく、大学時代なども遠方はるばる互いのアパートに泊まりに行き何度も一緒に酒を飲んでいたはずなのに、Cちゃんに関して「へえ~、知らなんだ」という発見あり。なんと、彼女はニンニクが苦手だったのだ。(スーパーではニンニク売り場を避けたいくらいらしい)。なので、ニンニク料理を堪能してもらえず、残念であった。午後には「わたしもうダメ」と眠ってしまったCちゃんによれば、「初めて二日酔いを経験したのは、あんたに飲まされた、ズブロッカ(薬草をつけたウオッカ)だった」そうな。へえ~、これも、知らなんだ。(あんた=はい、これを書いている「わたくし」です)。って、当時もその話を聞かされていたのだろうけれど、それは20年くらい前の話であり、わたしの記憶からはすっかり消え去られた出来事であった。

ま、記憶とは、コーヒーのように、気持ちよい濃さで「香り」が残ればいいのである。あまり細かいことまで跡を残さず、ふわっとした印象のようなものだけを、残していけばいいのである。

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パンの耳も買いました

午後、起きたら、「うーん。外に出かけたい気分!」。しかし、どこという行き場も思い浮かばなかったので、ひさびさに屋外でご飯を食べることにした。

寝ているあいたに雨があがったようで、自転車をひょいひょい漕ぎ、まずは近所の自転車屋へ。そこはママチャリなんて売ってない、一台何十万もしそうな自転車ばかり扱う、出入りしている人間もその手の人々(つまり自転車オタク)ばかりなのだけど、店の入り口には、コイン式の空気入れがおいてあり、わたしはそれを目当てに立ち寄ったのだ。「3分100円」。高い! 前輪と後輪合わせても15秒ほどしか使わないのであるが、ほかに自転車屋を知らないのだから、仕方ない。プシューと、空気を補充し、数メートル隣のパン屋へ。

金沢に部屋探しに来たとき、わたしは、どこが市内の繁華街といわれる場所なのかすら、まったく知らずにいたのだが、(今から考えれば無謀な! 誰にも言わず、地図も持たず、右も左も知らん街に、一人で部屋探しにきたのだ)、なんとなく歩き歩き歩いているうちに、今の住まいの近くにある不動産屋にたどりついた。その部屋探しの日、印象に残ったのが、自転車屋と不動産屋のあいだにある、小さなパン屋。なぜこれまで入らなかったのか自分でも不思議なのだが、本日、そのパン屋にはじめて入ってみた。

胡桃レーズンパン、と、玉子焼きパン(コッペパンに厚焼き玉子などが挟まっている)。そして、ミルクティ。玉川公園の芝生の上にレジャーシートをしいて、朝食兼昼食を食べる。

読書をしたり、がきんちょ2人組みがパチンコでハトを狙って遊んでいるのを眺めたりしていたら、日が翳ってきたので、お家に帰った。パン屋で買った「パンの耳セット」を自転車の前カゴに入れて。


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名前の知らん花

今年の1月から台所の窓辺に置いてある名前の知らん花。最初の2ケ月くらい、ずーっと蕾のままで、あまりにもずーっと同じ具合なため、もはや「これが花の咲いた姿」かと思いこみそうになっていたある日、ぱっと花びらがひらき出し、それからはもう、あれよあれよという感じで、蕾が次から次へと目を覚まし、もうじき6月になろうという今も、元気に咲き続けている。おまけにだ、月の半分くらいは親の家に行っているため、水やりをちゃんとしてやれず、とっくに枯死してもおかしくない状態(根元に近い茎のほとんどすべてが、かさかさのドライフラワー状態)なのに、ほら、ご覧のとおり。
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今も生きている!
(上のふたつが4月下旬。下がつい先ごろの様子。葉っぱがぐんぐん伸び放題!)

この花を買ったのと時そう違わず、高校時代の友人ふたりがアパートに遊びにきてくれた。昨年夏に北陸に戻ってきたものの、人に会うのが億劫で、なんだかんだと会うのを伸ばし伸ばしにしていた(初詣までドタキャンしたあげく)わたしを見舞ってもらったという感じ。どっさりとデパ地下のご馳走を買い込んで、にぎにぎしくお喋りして、かといってあまり遅い時間までは滞在しないよう、いろいろさりげなく気を使ってくれた彼女たちに感謝である。

あれから4ケ月余り、ときどきくれるメールのなかで、さりげなくまた会おうよといってくれていたのだが、わたしは、まあ、ブログにもときおりもらしているような頭と心の調子であり、積極的になれぬままであったが、明日また、この友人たちが金沢に来てくれることになった。前回は「かなり死人顔」だったので、明日は「三途の川からだいぶ戻ってきた顔」で会えたらいいな、と思う。


*明日のメニュー(予定)*

使い慣れている食材で、ごく短時間で作れるものにした。

*前菜 カツオとベビーリーフのサラダ。・・・サラダ菜とベビーリーフ(ハーブ野菜各種の若葉)とオニオンのうえに、カツオをのせ、あつーく熱したニンニク味付け油をかける。あ、プチトマトの半切りも。
*メイン 能登豚の烏龍ダレ焼き。・・・先日の豚フィレが美味しかったので、その応用バージョン。豚を煮込むとき烏龍茶葉をいれる方法があるらしいが、今回は冒険し、特性タレのなかに烏龍茶葉をいれてみた。今、冷蔵庫にはタレに浸かった豚が眠っている。お味は、あすのお楽しみ。添えには、カボチャとピーマンを塩焼きして盛ろう。
*スープ アサリとセロリと春雨のスープ・・・プチトマトをいれるか缶詰トマトをいれるか、どちらがいいだろう?
*穀物  バゲッドorお好み焼き・・・明日、近所の店に買いに行こう
*箸休め 薄揚げ(油揚げ)をさっとあぶったの、しめじ炒め、出来合いのツマミ品など

ま、肉の下準備だけしておけば、あとは顔を見てからのとりかかりでいいだろう。お酒は、ポルトガルワインほか、いろいろ在庫があるし。もてなしの一番は「相手に気をつかわせないこと」だとわたしは思っているので、まずは自分が楽しまなければ。ぐふっ。

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フリーズドライ・マンゴー

雨。

雨の音を聞いて、ぼぉっ。
昼ドラ『暖流』を見て、ぼおっ。
ベランダから雨の粒をながめ、ぼおっ。

そして、日が暮れた。

用事があって親の家に電話した。
我「今日は雨だから、さすが休んでるんでしょ?」
親「ううん、朝の4時半から畑仕事してました」だと。

晩、小さな女の子から電話がかかってきた。
とても可愛い女の子。
りんちゃんと、かおちゃんと、お話する。
こういっちゃ、なんだが、「小さな子供がみんな可愛い」とは、わたしには思えない。
それは容姿のことだけでなく、性格とか、表情のあり方などとも、大きくかかわってくるのだろう。
神様は容姿のきれいな人間をつくるだけでなく、他人(家族以外)に心から可愛いと思ってもらえる、そんなオーラの子供(人間)もつくるんだな。いわば「差別」なんだけど、人間は「差別」を受け入れなくちゃいけない生き物。(ただし、ある程度大人になったら、神様の与えた「差別」の重要度は薄れ、自分の責任というものにとってかわる)。

食事メモ

朝 トースト、ウインナーと残り野菜のスープ、野菜ジュース、コーヒー、マンゴー(フリーズドライ)に牛乳をかけたもの

昼 お菓子を食べ過ぎて、昼食を抜く。

夜 インスタントの焼きそば(マズくて、ちょっと食べただけで止めてしまった)。あんぱん。


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「そこを超えたい」

とても長期マラソンになるであろうが、わたしが人生のなかで「そこを超えたい」と思っていることのひとつは、個人的共感を超えたところで、ものごとに向き合える器になること。共感とはそもそも「個人的」なものであるからして、「個人的共感」など、滑稽な造語に映るかもしれないが、しかし、大別して、共感にはみっつのくくり方もできると、わたしは思うのだ。

個人の利害、個人体験の要素が強い            社会の利害・人類普遍の要素が強い
  ← ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ →
  ① 個人的共感          ② 中間の共感               ③ 社会的共感   
(境遇や性質が近いほど①に近づき易い)         (思想が近いほど③に近づき易い) 


たとえば、「配偶者に愛人がいた」ことを知らされた人間の心情を「共感」するのは、相手の不貞を疑うことなく夫婦をやっている人ではなく、似たような裏切りを体験したことのある・あるいはその渦中にある人であろう。これが①の共感。たとえば、南の海の珊瑚礁をまもろうと脱温暖化運動を展開している人の噂をきいて、全国のダイバー有志が資金のカンパをする、そのカンパの動機は②の「社会的な共感と個人的な共感のあいだ」にあるだろう。たとえば、難民を受け入れた国の国民が難民たちのためにさまざまな手助けをする。これは③の共感。

①はどちらかというと、その個人の心の根っこ(痛み。や、救い。など)に根付いているものが多いと思う。だから、そのパーワーは本人にも計り知れない可能性を秘めていて、だからこそ、怖くも、ある。ややもすると、それは、③に負けない、「つるむ」醜さをにじませるし。

わたしは「もぐら日記」時代から、「誉められることの苦しさ」「共感されることの苦痛」を何度か、さらっとあげたことがあったが、それはおそらく、わたしが、誉めたり共感したりする主体のなかにあるもの、つまり「誉めたり共感したりする」おおもとになる感情を、(勘違いである場合も多いのだろうが)感知してしまい、ただでさえ「自分ひとり」の感情に四苦八苦しているのに、人様の分まで「受け止める」のが、しんどくなるのだろう。(ははは、まったく「独りピエロ」な頭のなかかな?)

つまり、精神面の器が、わたしは極めて小さいのだな。だから、人間社会にいると、ときどき、①につぶされそうな息苦しさを覚える。

いや、①のみならず、わたしはすべての共感というものに、つぶされそうになる。なぜなら、共感は、必ずどこかで人間のエゴとつながっているから。(やっぱり、「独りピエロ」な頭のなかだ)。

ほんとは、というか、「ほんとうは」なんて前置きをする必要がないくらい、①と②と③は、優劣つけられぬものであり、いずれも、すばらしく、かつ、危険で、かつ、魅力のあることなのだ。そう。共感のみならず、感応とは、「それをどうもっていくか(どう自己のなかで消化するか、表現するか)」によって、醜くも、美しくもなるのだ。

冒頭に、「個人的共感を超えたところで、ものごとに向き合える器に」なりたい、と書いたが、つまりわたしは「独りピエロ」の要素の強い神経質な面をほどよく手なづけ、③をもっと有効に発揮した仕事をしていきたい、と、当面の目標はこうも言い換えられるかもしれない。

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わたしの恋愛 ~恋愛の女神は微笑まず

と、上記(『そこを超えたい』)のような話を書くと、「いや~、こんなヒトとはお近づきになりたくない」「近づいたら、こっちのほうが傷けられそうだ」と、世の人々はわたしから離れていくのだろう。望むところであり、残念なことである。

上記の話を書きながら気づいたのであるが、(話は大いに変わりますぞ)、わたしの恋愛傾向というのは、このよう(↓)に定義できるのではないか。

わたしが好きになる男性 ・・・ わたしの頭のなかを、相当レベルで「理解できる」人。(決して、「共感できる」人といっているのではない)。これは稀有。

わたしを好きになってくれる男性 ・・・ わたしの頭のなかを理解もしておらんのに、一方的な「共感」を覚えてくれる人。

よって、「独りピエロ」の頭をもったわたしは、「わたしを好きになってくれる男性」がうっとおしくなり、一方で、わたしの頭のなかを理解できるような男性は決してわたしのことを好きになってはくれず、つまりは、恋の女神はほほえまず、・・・・・・・・・ 今に至る。

(理解してるか否かどうしてわかるんだ、という問い詰めまでしてしまったら、それはもう「神経症」の世界になるので、わたしはその辺を勘に頼っております。)

そう、この定義によると、わたしは永遠に「男女で育む愛」というものとは無縁であり、ある程度、満たされた恋愛をしたいならば、「妄想」の世界に生きるしかないのだろう。

世間を見渡してみると、おおくの人(特に相思相愛をし易い人)は、たがいに「理解」を求めるのではなく、「共感」あるいは「共感というポーズ」、「私はあなたの見方だよ」という姿勢、ともに過ごす時間の楽しい感覚、といったものを、求めるのだろう。だから、わたしは、ごくたまに求愛されると、(はい40年近く生きていると求愛されることもないわけでありませんので。←はは、毎度の、「ブスだからこその見栄」が出てしまった)、そのへんの、世間のおおくの人とのズレに対面してしまうことになる。「なんで、なんで、? あんた、わたしのこと、わかっていないじゃない。あんたがわたしに好感をもっているのは、あんたのエゴが作り出した感情なんでしょ~」と。はい、はい。恋愛とは、恋愛感情の発生とは、洋の東西を問わず、エゴが源なのである。(エゴ以外、どこから恋が芽生えましょう?)。わたしのようなことをいっていると、一生、相思相愛とは縁のない人生を送ることになるのでござるな。ぐふー。と、一段落前と同じ結論にいたるのであった。

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『コルセット』

あー、また前置きが長くなった。(先日と同じパターン。いや、先日以上か)。読書感想文のようなことを書こうと思ったら、つい、頭の中が「共感」というものに走ってしまって、ぐふふん、それを「手短かに」前置きしようと思ったら、「手短か」どころか、結果、ご覧の通り、前置きからは大きく離れたかたち、『そこを超えたい』と『わたしの恋愛 ~恋愛の神は微笑まず』になってしまった。

そもそものきっかけは、『コルセット』(姫野カオルコ著、2006年)を読んだこと。わたしは過日のブログにも書いたとおり、姫野カオルコさんがまだ中年以前であった頃に書かかれたエッセイに、強烈なひかれるものを覚えた。そして今回の小説、姫野さんいわく「初老の年齢」になって書かれた『コルセット』のなかにも、やはり、たしかにひかれるものはあり、そこから、人が人にみる(例えば読者がブログや書籍のなかにみる)共感の本質とはなんなんだろう・・・・・、なんてところを、なんとはなしに漂っていたら、頭が暴走してしまったのだ。

生意気ながら、初めて読んだ姫野作品に比べ、『コルセット』は、「書き手の人格」を消化し・同時に・昇華するのが、はるかに上手くなったなーと思った。それはエッセイと小説という当然の「違い」を超えて、作家姫野さん自身の成長の証なんだろう。(あがががー、わたしは、直木賞候補作家に向かって、なんという大胆な発言をしているのでしょう。ま、一読者の遠吠えということで、お許し下さい)。そして、両作品の「ひかれる」と「ひかれる」には確かな糸があって、それは、単にわたしが「個作品」にひかれているだけではなく、個々の作品を通して、「生み手の人間」そのものにひかれている証明となるだろう。もちろん、その「ひかれる」と「ひかれる」の糸は、片方が「姫野カオルコ」という作家につながり、もう片方が、わたしの「共感」につながっている。


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『コルセット』は、ときに「スノッブな階級小説」と評される向きもあるかもしれない。あとがきによると、「職業作家ならこういう冒険をしてみるべきだと思った次第である」と姫野さんは明かされている。わたしは部分的に(わたしの嗜好とは異なる性描写など)読むのが苦痛なところもあったが、それでも、「姫野カオルコ」につながる糸の先にある「共感」のほうが、勝った。

『コルセット』は、ロンド形式で、4つの小説がつながっている。
以下、本文のなかからいくつか転記する(■は改行を表すため、わたしが入れた。〔 〕はわたしの感想)
が、その都度、それがどの小説のなかから転記したかの注は、添えない。あしからず。


かつてほんの一時期は、「やりがい」とか「わたしらしさ」とかいうようなことばを、自分の会社や行動に嵌(は)めてみようとしたこともあった。が、わたしには嵌められなかった。むしろ「めぐまれた偶然」と嵌めるほうがずっと身の丈に合っていた。■もし嵌めることができるほど、自分を甘美に信じられる人間であったら、わたしも結婚している相手のことを、人前で配偶者と呼ぶだろう。主人ではなく。
一見「謙虚」ともとられかねないこの感性をもった主人公がわたしは好きである。しかし、わたしはこれを「謙虚」とはいいたくない。なぜなら、わたし自身が同種の神経質さをもっているからである。これを「謙虚な感性」と呼ぶには、わたしはもっとたくましい精神を身につけなければならない。・・・・ああ、「この感性をもった主人公」をわたしが好きだというのは、これをもたぬ無神経な人間に触れるとわたし自身の神経質さがわたしのなかで際立つから、無神経な人間への苛立ちをこめて、ゆえ、なのだろう〕

男の子はじいっと見たあと、アイドル歌手の姿勢をぱっとやめて、わたしの手をひっぱって、アイドル歌手のファンのように抱きつくと、現代のその世代の男の子の言い方で、わたしの耳のなかに贈り物をくれた。すごくきれい。■女の人の半分は、こうした贈り物を信じるわけじゃなく、ありがとうと思うのだとわたしは思う。これからすることのチケットをくれてありがとう。
そうだな。贈り物のなかみを吟味するのではなく、贈り物そのものを「ありがとう」ととらえる姿勢が大切なんだな。それは、ひと呼んで、「素直」。わたしはこの点がどうも、おおいに欠けている〕

女の人の半分は――やはり半分だと思うのだけれど――、自分が女であるというだけで、自分の肉体を、男に「あげる」と感覚できるように成長する。彼女の美醜とは無関係に。あとの半分の女は、そうは感覚しない。感覚できない。
ありがたいことに、というべきだろう。わたしは、「自分が女であるというだけで、自分の肉体を、男に「あげる」と感覚できるように成長する。彼女の美醜とは無関係に」のタイプの女である〕

閨房でいやらしいことをしたあと、彼はかならず、わたしの、そんなに長くしているわけではない髪を三つ編みにする。■「藤原さん、いま、たのしい?」■×さんも××さんも×××さんも、そして夫も、わたしが貴金属をいっさい身につけぬこと、化粧をしないことに驚いたが、彼はこの事実に気づかない。これが自分の周囲では、さしたる意外さではないほど若い彼が、まだ年端のいかぬ娘のせわをするようにわたしにほほえみ、髪を編む。■「たのしいよ」■わたしが答えると、髪はすぐにほどけて、彼は頭をなでる。
わたしの人生の夢のひとつに、特別な男の人に「髪を編んでもらう」が追加された。(ってことは、夢が叶うまで、スキンヘッドは禁止か)〕

同性愛についても、むしろ、夫Qとわたしは、互いにとって相手が代替のきかぬ友人であるという信頼が生まれ、事実、わたしたちはうまくいっている。
〕夫婦がうまくいくのに、愛の深度はさほど重要ではないと、わたしは思う。夫婦仲をうまく保つ一番の秘訣は、「互いにとって相手が代替のきかぬ」存在になることなのだろう。「情が移る」というのもあるが、それとて、「情が移った相手」=(時間をかけねば生まれぬもの)=「(時間は自由に生み出せないのだから)代替のきかぬ相手」なのだ。・・・・・余談:情というのは、たいがい、「相手そのものに対する」感情よりも、「それに費やされた時間」(ずばり自分の過去)や「費やされた時間のなかから生まれたもの」(例えば過去に紡ぎ出された恩義など)をいつくしむ感情のほうが、重いのではないか? と、わたしは考えてしまう・・・・・〕。
本作の主人公夫婦のように、同性愛者の「夫」と非同性愛者の「妻」というのは、ある種の人々にとって、とても居心地のいい関係なのだろう。結婚までは望まなくとも、夫婦になれるほどの信頼関係を築ける、同性愛者の男性と知り合いたいと、わたしは以前より欲している〕

カラオケにいっしょにいった人は、わたしとうたったことがうれしかったわけでも、わたしの手をさわったことがうれしかったわけでもない。■父母というものとどこか似ている。たいていの父母がこどもを大事にするのは、そのこどもを愛するというより、そのこどもが自分の血を引くものだからで、そのこどもの個性によるのではない。■だからこそ、血縁の上にこどもは安心してあぐらをかいていられるのだ。だからこそ、わたしは母をやさしい人だと思い、だからこそ、カラオケのあとであの人に財布をもらったとき、安心した。
「たいていの父母がこどもを大事にするのは、そのこどもを愛するというより、そのこどもが自分の血を引くものだからで、そのこどもの個性によるのではない」、これを言い切れる人は稀少であり、だからこそ、わたしはこの作者にひかれるのだろう。なお、この発想は、先に挙げた《「相手そのものに対する」感情よりも、「それに費やされた時間」(ずばり自分の過去)や「費やされた時間のなかから生まれたもの」(例えば過去に紡ぎ出された恩義など)をいつくしむ感情のほうが、重いのではないか?》というわたしの発想と同種の、「それをいっちゃあ、お仕舞いでしょ」的な危険な言葉。しかし、わたしは、その「危険」にひるまず、むしろ、それを包みこむほどの愛情を人間界に向けていきたいと思っている。ムズカシイ~んだけどね〕

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しつこいけれど、いかにわたしが「精神の器の小さな」人間か、という話

共感というのは、とても身勝手で、動物にたとえると、イヌではなくネコのような性質が濃いのではないか。たとえば。多くの熱狂的ファンをかかえるシンガーソングライターがいるとして、「彼の歌」はファンにとって、ありあまるほどの「共感」の対象となっていても、ひとたび、そのシンガーソングライターが同情の余地のない犯罪を犯してしまったら、これまでにあった「共感」の多くは、(全てとはいわない。その多くは)、泡となってはじけてしまうのでは? 「彼の歌」はなんら変わっていないのに。(変わったのは、「共感」を確かなものと妄信していた者の、心のうちだけ)。わたしは、「共感」に同宿する不安定さを、嫌悪しているのだろう。(あー、やっぱ、精神の器が小さい!)。

・・・・とはいえ、わたしが「共感」に距離をとりたがる一番の原因は、やはり、上のブログ『「そこを超えたい」』『わたしの恋愛 ~恋愛の女神は微笑まず』『コルセット』などにも書いてきたとおり、ときに、わたしが「共感の主体のエゴ」を(錯覚かもしれないが)感知してしまう、神経質なところにあるのだろう。(ほら、やっぱ、精神の器が小さい!)。

・・・・と、書くと、ますます人々は、わたしに「共感」を寄せてくれなくなりそうだけど、うーん、ウエルカムな場合もおおいにあるんだけどな。(ウエルカムな人種からは、めったに「共感」を寄せてもらえない)。これ、(我の)恋愛の法則と同じか。そのうち、ほんとうに、独りぼっちになるかもしれんな。(と、添え書きするあたり、「『好き放題』いってるフリをしても、まだまだ小心者」な「わたし」があらわている!)。

・・・・と、ナルシストぶりを、成ちゃん以上に発揮してしまいそうなので、そろそろ終わりにしたいのだけど、あとちょっとだけ。以下、普段からわりとよく覗いているブログに以前おくった、わたしのコメント。(そんなものをここで再録していいのか?という自問には目をつむって載せる。「共感」まわりのことで、わたしの考えが比較的よくでていると思うから。ブログの持ち主さん、無断再録、ごめん)。
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わたしがここにコメントを記させてもらっているのも、もちろんそうなんだけど、人が誰かに何かを働きかけるのって、その人の抱えるものの、カタチを変えた投影なんだよね。(中略)。わたしの心はねじくれているらしく、ケナされて腹が立つよりも、ホメられて気分が悪くなることがあります。……んー、ちょっと変な言い方かな。そのケナしが正当だと自分で思えれば、やや落ち込むことはあっても腹は立たず、一方で、ホメられている内容が、とても正当な評価とは思えず、「単にホメてる本人がたまたま自分のツボにあたって気持ちいいからホメテくれるんだろ(つまりホメ対象物よりも、自分可愛さからくるホメ)というホメに出会ったとき、あまりいい気分ではないのだよ。
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くじけない!

今日も、TシャツDay。

起きて、だらだら。
昼ドラ『暖流』を観て、だらだら。
ベランダで頬杖ついて、だらだら。

夕方、大型電器店に行った。
前々から、(名前わからん、どう説明すればいいのだ?)
「ネット環境のないところでも、ネットができるやつ」
ほら、「喫茶店なんかで、ノートPCでネットやれるやつ」だよ
あれが欲しくて買いに行ったのだけど
店員いわく
「ウイルコムに加入しなきゃいけない」そうな。
そんな、バナナ。
PC音痴のわたしでも「ウイルコム以外でも、ケイタイ使ってできるはず」と食い下がってみたが
店員の答えはこう。
「はい、都会ではそうですが、この地方では、まだ電波の整備ができておりません」
のだと。
ぐぉぉぉぉ~。
I T 格差は、まだまだ身近にあるのであった。

帰り道、「やまや」に寄って、
ワイン2本とラム1本とココナツミルク缶詰1個買ったら
レジ人は、無造作に、なんの仕切りもなしに、ひとつの袋に詰め込んで下さった。
ああ、ずばらぢいモノ感性。
そのまた帰り、近所のスーパーに寄って
牛乳 1パックを買ったら、「それ(やまやの袋)に一緒でいいですか?」と
レジ人がたずねるので
「ああ、はい」とわたしは返事をし
むきだしの壜や缶詰のクッション代わりに牛乳パックを押し込んで
自転車に乗ってアパートに帰ってきた。

食事メモ

朝 冷うどん(「添えつけのツユ」に「玉葱を漬け込んだオイル」と「米酢」をまぜた、特製ツユで食べてみたが、ビミョーな味がした)。

昼 チーズ・トースト。ウインナー。野菜ジュース。ヨーグルト&高級シリアル。ホットコーヒー。

夜 豚フィレとモヤシとピーマン炒め(まる一日、醤油ベースのタレに漬け込んでおいたフィレは、入れ歯を外した婆さんが「歯ぐきで噛める」ほどの柔らかさであった。感激)。カツオのたたきと玉葱とセロリのマリネふう(お刺身として食べるより、このほうが、カツオ、美味いかも)。など。

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「もぐらとブログ」考

「もう、俺のスピードに誰もついてこれないぜ」。と、芸術活動にノリノリのS君が言ったと聞いたのは、今から十何年前になろうか。ブログを始めて4ケ月近く経つが、「もう、我のスピードに誰もついてこれないぜ」と、今のわたしは言いたい。おおいなる悲しみをこめて。まったくノリノリじゃない顔をして。■左のことを表明するほど、このブログの「乱れ」はすざまじい、と、自覚はしているのである。もう、「もぐら日記」の比ではない。右へ、左へ。東へ、西へ。温泉が湧き出るほどドドドドと地面を掘って、雲を掴んだと錯覚するほど宙に浮いて。テーマといい、内容といい、正気の沙汰ではない。とは、いくぶん誇張に過ぎるかもしれんが、ま、それに遠からぬものはあろう。■ところで。かねてから、ブログに関して「どうすっぺ?」と思っていることが2つある。■1つは、仕分け。ご覧のように、当ブログでは「テーマ不問」を看板に、あれもこれも書き連ねているのであるが、読むほうとしては、ジェットコースターの目まぐるしさ、なのではあるまいか。ならば、当ブログのほかにも数ブログを開設して、例えば、「家族」ブログ、「行動メモ」ブログ、「思考日記」ブログ、etc と分ける手もあろう。・・・・・しかしだな、わたしの性格上、「あ~、メンドクサイ!」と、なりかねない。(要は“自分プロデュース”が苦手なのである)。なんたって、このブログのカテゴリー分類さえ、わたしは「ええ~いっ、メンドクサイ!」と思っているんだから。「これは本来はAカテゴリーなんだろうが、今日の気分はBカテゴリーに入れたいなぁ。しかし、そんなことをしては収拾がつかんくなるし」と、みょうなところで几帳面気質がウズき、それもストレス!■たしかに、好き勝手に書き連ねるこのブログは、わたしにとっての「生活のなかの自己治療」なのだから、クリニックという箱の体裁はどうでもよくて、肝心なのは「治療(が進む)」である、という考え方もあるわけだけど、それにしても、ねえ。■もう1つは、一人称の呼称。誰も気付いてはおらんかもしれんが、ブログを始めるにあたり、「あたし」呼び方は、やめてしまった。そして、「もぐら」名前も使わなくなってしまった。そもそも「もぐら」という名前は、その日記のタイトルから派生しているのだろう、いつしか日記を読んでメールを下さる方が「もぐらさん」とか「もぐらちゃん」と呼んでくれるようになり、また、そのこととどちらが先か不明だが、わたしも日記のなかで自身のことを「もぐら人間」などと呼んでいた。■(HPから独立ブログという)web日記の移行は、単に日記の形態が変わるというのではなく、わたしにとっては、「管理してくれる保護者」がいなくなり、「一人立ちするのだ」という、他人からみればバカみたいかもしれないが、本人にとっては、おおいに感情揺れる出来事であり(*)、ブログの開始は、わたしのなかの「刷新」でもあったんだな。だから、ブログにおいて、なにか目に見える、変化を求めたんだ。それが、わかりやすい表記上の変化(一人称の変化)に着地したというのが、現在の姿。■だーが。しかし。不便だね。「もぐら」名前を使わないのは。あのね、キャラクター色の強い固有名詞をもっていると、実に便利なのだ。例えば、もぐらアパート(=わざわざ「(地名を記し)アパート」と表記しなくていい)とか、もぐら魂(その単語ひとつでメッセージをこめられる)とか。うーん。離れてみてわかる、ありがたさ。■なにより、約3年半続けた日記内で馴染んだ「もぐら」呼称に、わたし自身、愛着がある。また、メールで通称「もぐら」を名乗っていた相手に、急に本名を名乗るのは、テレくさい。それから、メールを交わした回数は少ないが、「もぐら日記」開始当初からずっと読んでいて下さった方から、「もぐらさんと呼ぶほうが馴染みがいい」という、泣けるお言葉をいただくと、思わず、「もぐら」名乗りを復活させようかと、内なる声がささやかないでもないのである。■(*)管理人と喧嘩したのではない。ちょっとした事務処理的な行き違いがあり、「このまま人様に頼っていては、今後もまた(それまでにも数回あったので)同じことが起こるだろう」と考えての、苦渋の選択、「もぐら日記」終了だったのである。なお、それに前後して、「あああ、ぐるぢい」などと、悶えゴトを書いているが(日記、ブログの双方で)、これは、日記の終了とはまったく関係のないことである。■具体的に「どうすっぺ?」と思っていることは、上記の2つだが、そのほかに、いずれは、書く量の調整をせねばなぁ、と思っている。そもそも、公開日記を無償で書いていること自体、(わたしを含め、少なくない人々にとって)精神の欠陥を補っているといえるのだろうが、加えて、わたしの場合、この書きなぐる量ときたら、まあ、時に「尋常ではない」レベルに達している。ふふふーん。そのことは、今のところ、いいのである。(なんたって「治療」なんだから)。ただ、いつまでも、この状態では、「治療」という隠れ蓑を着た、<永遠に「治癒」にはたどり着かない道>を進む逃避行、ともなりかねない。徐々に歩を緩めてゆくか、あるいはどこかでスパっと切り替えるか、今すぐにではないけれど、いずれは直面しなければいけない課題であろう。

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