ともみ@ピクニック

春の旅日記 二

その後、越後湯沢駅にて、少々長めの待ち時間。この駅は過去何十回と利用しているが、改札を出たのは初めてかもしれん。改札口から2~3分の所には、「きき酒館」(何十種類もの日本酒のなかから、好きな酒を飲める)やら、「ぽん酒温泉」(その名の通り、日本酒の入った温泉)やら、その他、土産屋さんも、はなやかな感じで、え~、こんな愉しげな駅ならば、倍の待ち時間が欲しいじょ。と思う。

結局、ぽん酒温泉につかる。疲れが吹っ飛び、元気回復。(8百円なり)。

と、ここまでは良かったが、あ~ん、どうしてこうなんでしょ。我にとっては「早めの行動」を心がけ、湯船からは20分も前にあがったのに、備えつけの基礎化粧品でゆっくり肌を整えていたら、おー、電車発車の5分前になっていた。

おかげで、あとで着るつもりだった半袖セーターを鞄に入れたまま、(Tシャツに見えなくもない下着のうえに、直接ジャケットを着た恰好で)、ホームにダッシュ。

只今、14時18分。湯沢から3本目の電車だが、うん、もうっ、今日は土曜日か、3本とも電車は混んでおり、さすがのわたしも、車中お着替えができずにいる。暖房が入っているから、寒さはなんとか耐えられるが、風邪ひいても知らんぞ。自分のやってることが、悲劇なのか喜劇なのか、わからん。

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春の旅行日記 一

金沢 発    5:31
富山 着   6:28
   発   6:31
直江津着   8:30
   発    9:17
越後湯沢 着 10:44
     発 11:58
水上 着  12:38
   発  12:45
高崎 着  13:49
   発  13:53
上野 着  15:44

金沢から直江津まで、ずっと携帯をいじっており、ゆっくり景色を楽しまなかったのはまだしも、貴重な睡眠時間を逸したことに、クヨクヨ。直江津駅で立ち食い麺を食べ損ねたことに、クヨクヨ。越後湯沢行きの電車に乗り込み、ホッとしたのもつかの間、車掌さんがにっこり笑って「この電車、途中区間、JRじゃないんですよ」と、差額運賃950円を徴収していったのに、クヨクヨ。

ただいま9時23分。朝ごはんのパンを食べ、クヨクヨを退治しよう。

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反省日記

省みれば、ばたばたしていたような気もする一日。(そのときどきはいたってマイペースなのだが)。▲午後、金沢へ。明日より上京予定があり、その足となるべく「18切符」を購入すべく、金券ショップに直行。(この切符は基本、JRにて5回分をワンセットで販売。しかし、金券ショップなら必要回数分だけを売ってくれる)。だーが、金沢駅前の金券ショップでは売っておらず。2軒訪ねたが、いずれも売っておらず。これはまったくの予想外であった。前回の上京では1週間の滞在で(交通費込)軽く10万超える出費だったので、今回は経費節約、交通費ケチケチ作戦のつもりなのに。あまりにものショックに、放心のヒト。▲一旦、アパートに戻る。自転車で美容院へ。上京にあわせ、旧もぐら町の美容院に行こうとも考えていたのだが、「いつまでも東京に未練があるような行動はよそう。東京は遊びに行くのであり、今のわたしの生活の場は金沢なんだ」と自分に言い聞かせた(ヘンなところがクソ真面目)のだな。10年ほどぶりにパーマをかけた。「久しぶりだし、元々かかりにくい髪質なんです」と美容院のお姉さんに話したら、あ~ら、とってもクリクリになってしまった。ま、いいか。▲ドレッシーな洋服が欲しく、あれこれ物色。まず最初に試着したのは“首ヒモのワンピース。(背中がバーンと開いた、前身衣を首ヒモで支えるやつね)”。これは、セクシーというよりも、我が着たら、貧弱なおっぱいと、肉付きのよい二の腕が、コント級に目立ち、即、却下。結局、選んだのは“前身衣が着物のような合わせになった、ノースリーブの、黒地に白水玉のワンピース(背中ちゃんとあり)”。但し、これも胸元がバーンと開いてしまうので、下に着るキャミソールを、また二の腕をカバーするべく、上にはおるものを、予定外だったが購入。▲明日のおやつも忘れず(遠足気分)買って、またアパートに戻り、荷物を置いて、再び金沢駅へ。やっぱり、18切符を買うことにしたのである。たとえ2回分しか使わずとも(期限は4月10日まで)、いいのである。18切符の正規料金は8千円で(20周年記念価格)、これは、新幹線を使った往復の1/3、高速バスを使った往復の1/2、の値段だからな。▲みどりの窓口に並んだら、すでに21時をまわっておった。財布を開いたら、げっ、4千円ほどしか、ない。カードで支払う。▲その足で、ミスタードーナツ。時刻表を開き、明日の行程を練る。また今回は短い滞在のつもりなので、だいたいのスケジュールを立てておこうと、一人会議。▲25時前にアパートへ。「何着て行こうかな」と、箪笥などを探っていたら、えええ、こんな服あったんだぁ、と驚きの連続。しかも、去年買った服が大半。一度も袖を通してないのが何着も。思わず、一人ファッションショー。▲気がつけば、日記も書いてないのに、28時ちかくって(28時半にはアパートを出る予定)、あわあわ、慌てる。▲ホントは、部屋の掃除をして、ゆっくりPC日記を書いて、(年度末だしな。気持ちをゆっくり整理したい)、さっきの一人会議の続きをして、さらには上京中に訪ねたいお店の住所などをネットで調べ、などなどなどと思い描いていたのだが、あーら、とんでもない、部屋はファッションショーの跡そのまま、台所には「食べよう」と出しておいたキムチをそのままに、目先を優先、荷物をが~っと詰めるのが、やっとであった。

以上、電車のなかからの日記。金沢を発ち、ちょうど2時間。日本海が見えてきた。

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「思いについて」

『卵一個分のお祝い。』も、残すところ、あと数頁。只今、ミスドで132頁をひらいたら、「思いについて、掃除をはじめる」とあった。わたしの頭は「?」。いったい、思いについて掃除をはじめるとはどんなことなのだろう。よくわかんないけど、いいな。しばし自分世界に入ったあと、同じ頁をひらいたら、「思いついて、掃除をはじめる」の読み間違いであった。

普段はブログ用のメモなどしないのだが、今日はケイタイにて特別メモ。それだけ気に入ってしまったのだ。「思いについて、掃除をはじめる」が。

これからアパートに戻って、本日記を書く。

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大げさちゃん

今週は、月曜の夜に親の家に行き、火曜の夕に金沢に戻ったわけだが、またまた昨晩(水曜の夜)親の家にやってきた。■午前中、親父様が抗がん剤の点滴の管を抜きに行った病院にて。たまたま主治医の先生がいらっしゃったので、我、「点滴してもらってから絶食状態でうんぬんかんぬん・・・」と話していたついでに、「今朝なんて、『こんなんなら死んだほうがマシ』なんていうんですよ」と、つい、家族といるノリで、親父様の様子を話してしまったら、先生の顔がピクンとこわばった。そのままのノリで、看護士さんのほうを向き、「前回の点滴のときなんて、『自殺しようかと思った』っていったんですよ」と話してしまったら、今度は彼女の顔がピクンとなった。すみません。親父様は(我と血がつながっているだけあり)発言に大げさなところがある。自殺を仄めかす人間はめったに自殺なんてしない。「人にグチ」ることで、気晴らしをしているのだ。まだ親父様の性格を理解していない先生と看護士さんには大いに驚く言葉であったろう。重ねて、すみません。■午後、甥っ子2名とお遊びの時間。病院お供の日はだいたいそうなのだけど、この日も、完全徹夜明けで、体と頭はへろへろであったが、なんとか乗り切る。■この辺りも、早い木では、桜が開花し始めました。

追記 わたしは「おのれの姿が、人様にとっては“大げさちゃん”に映っているんだろうなー」と思っている。だから、上で『大げさ』という言葉が出たのである。んだが、自分のなかでは、発言、態度ともに、『大げさ』にしているつもりはなく、まじまじまじ子、たいがいが等身大(本音そのまま)なんである。もちろん、場合により、ときどき縮小、ときどき拡大はあるけどね。うーん。と、考えると、我の親父様の自殺話も、単なる大げさ発言とはいいきれんのか?

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地震と鼻提灯

夕方、家賃を払いに行った不動産屋にて、「被災した人たちのことを思うと、自分たちが無事でよかったからと喜ぶ気分じゃないよねぇ」と、主と、しみじみ言い合う。■先の能登沖の地震では、最大被害のあった地区で震度5強、親の家で震度5弱、わたしがグ~すか眠っていた金沢で震度4の揺れがあった。この地震、当初わたしが思っていた以上に被害が出ているようである。テレビの全国版ニュースでは輪島市の門前町ばかりが映っているが、実際の被災地はもっと広範で、隣県にも及んでいる。わたしの身近な人の家でも物損被害(灯篭の頭が割れたなど)が出たらしい。また、仕方ないといえば仕方ないのだが、震災後も通常営業をしている民宿などで予約のキャンセルが相次いでいるという。こういうときこそ、ボランティアでなくとも、観光でいい、被災地(もちろん通常生活が機能している被災地に限られるが)にやってきて、金銭的な潤いをもたらしてくれたらいいのに。(それは金銭だけでなく、地元民への励ましにもなるじょ)。どうぞ、どうぞ、皆様、北陸旅行、ウェルカムですぞ。金沢に寄ってくれたら、わたくし、昆布茶くらい、ご馳走しますわい。■それにしても、この数日で連絡取り合った北陸人、直接会った北陸人、みな、重々しい感情込めて「(地震)恐かったねえ」と言う。が、正直、わたしは「恐い」とは、まったく思わなかった。北陸人は地震慣れしておらず、一方、わたしには関東暮らしで体にしみこんでしまった地震慣れがある、というあたりを差し引いてみても、やっぱ、わたしは異常体質なのかしらん。仮に空襲警報が鳴っても、わたしはサイレンの下で鼻提灯ふくらます人間なのだろう。精神はちょっとのことでクジけやすいが、総じて、厚かましい生命力に満ちているのである。■本日もまだ、体に感じる余震が続いている。

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「嘆き」が趣味

わたしは、他人のぐずぐずした思考に触れるのが嫌いである。いや、全部が全部嫌いなわけじゃなく、許せるというか、うんうんもっと嘆いていいよと思っちゃうぐずぐずもあるんだが、なんちゅうかな、ぐずぐずした以外はなにもない、そんな人間のぐずぐずに付き合うのがイヤなのだ。(ここでいう「ぐずぐず」とは「優柔不断」や「動作が遅滞」という一般的な意味よりも、「ため息ばっかりついて何もしない」とか「ダークな思考に酔っている」などの、まあ、我のオリジナルに傾いた意味がつよい)。下の日記をはじめとしたこのブログは、どこをどう切り刻んでも、ぐずぐず全盛というか、「嘆きが趣味」の人間の、正真正銘ぐずぐずだらけの内容で、もしも書いているのがわたし自身でなければ、このブログなど、とっくのとうに「触れたくはない、ぐず子のブログ」と、わたしは背を向けているだろう。■ウツはウツを呼ぶ。とは、昨年来、わたしが学んだことだ。どんな感情であれ、感情を呼び込み、体内にとどまらせているのは、自分なのか、神なのか、と問えば、感情を呼び込むのが神の業で、それを体内にとどまらせる・とどまらせないの作業は自分の仕事という答え方があるだろう。あるいは、好ましい感情を呼び込みとどまらせるのは神であり、好ましきとは反対の感情を呼び込みとどまらせているのは自分、と、毎日が好ましきとは反対の感情にどっぷり占められているわたしは、答えてしまいそうである。

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懺悔をしたからといって、なにも変わらない

「今」という時間は誰にとっても今しかないわけだが、成長の早い子供や、棺おけに足を突っ込んだ老人の「今」は、健康な成人に約束されているだろう「今」よりも、はるかに貴重に思えてならないのは、自然の法則だろう。

にもかかわらず、

昨年の秋、庭木を見ているだけで涙がでてきてしまう時期があり、そのときのわたしは「いつかお父さんが死んでしまうときに感じる悲しみよりも、今のこの情況のほうが、しんどさははるかに大きいのじゃないか」と思った。そして今年早々、あまりにストレスが高まることがあり、家族のことを気遣う余裕が1ミリもなくなったわたしは、「お父さん、死ぬなら、とっとと死んじゃえばいいんだ」そんなことまで思ってしまった。

これは今年の初めだったか、甥っ子が「ボクなんていないほうがいいんでしょ」とわたしに向かって言った。こんな言葉を10歳の子供にいわせるとは最低である。いつも、彼は「ともちゃん、ともちゃん、遊ぼう」と、全身でわたしへの親しみと愛情をあらわしてくれるのに、わたしは100回のうち6回くらいしかそれに応じず、残り94回は彼にさみしい思いをさせている。しかも、それは理由らしい理由からではなく、単にわたしの精神的な(いわば気分の)問題からである。

老両親にはわたしが金沢で生活しているのは、書き物の仕事をしているからで、とても忙しいなか親の家に通っているのだと思わせ、いわば、ウソをついているのである。いろいろわたしに頼みたい用事があるはずなのに、老両親はわたしに遠慮して、ただただわたしの好きなようにさせてくれている。

甥っ子は、憂鬱の神が憑依したような表情のわたしが「ノー」といっても、(大人相手ならこんな態度を出したら、2度と声をかけてくれなくなるだろう)、懲りることなく「ともちゃん、ともちゃん」と、じゃれ合おうとしてくれる。

わたしはわたしの日常よりも、家族が大事である。心の中では。なのに、わたしはそんな大事に向き合うよりも、自分の精神的なトラブルにつきっきりになっているのが、現状。わたしは自分がしんどくなると、とにかく外界と遮断した環境にこもりたくなってしまうのだ。「今」は今しかないと、わかりながら。今着ているシャツを、甥っ子はあと半年もたたないうちに着られなくなるだろう。老両親や甥だけではない。北陸に戻ってきて、姉はわたしとともに過ごす時間をとっても望んでいるのに、わたしは彼女を不快にさせる言動ばかりとっている。お祖母ちゃんだって、わたしの決断ひとつで、今の老人用住まいを出て、建て直したばかりの自分の家に暮らせるようになり、それは90を超えたお祖母ちゃんがどんなに欲していることか。わたしは知っているのに、知らぬふりをしている。

今日の昼間は、甥っ子から「今日はボクん家に泊まってぇ」と、熱烈ラブコールを受けた。

でも、夕方、金沢のアパートに戻ってきた。

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ホケキョ

只今、親の家へ向かう列車のなか。

朝方の稲光、余震、昼の鶯の声(最近よくホケキョと鳴いている)、すべてをつつみこみ、本日は18頃まで睡眠界にいた。

今夜の夕飯に間に合うよう親の家へ行くつもりだったのに…、先週水曜日以来一歩もアパートから出ておらず…、もうわたしは一生おもてに出られないのだろうかの不安に頭の隅がとられつつ…、今日は親の家に行くのをよそうと決心してコーヒーを煎れたのに…、結局コーヒーは一口二口しか口をつけず…、それから慌ててアパートをでた。

親の家につくのは21時近いだろう。

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グーすか

午前中、大きな地震があったようである。

が、我は、グーすか、寝ておった。正確にいったら、相当なる揺れで目は覚めたのであるが、「ああ、地震だな」と思いつつ、またすぐに眠りにおちた。

昼間、屋外から「…津波が~、高台に非難して下さい」の放送が繰り返されるのを耳にしつつ、やっぱり、グーグー。その間、おかしな夢をいっぱい見た。

夕方、ラジオのブラジル音楽を聞きながら、やっと意識がぼんやり戻る。

部屋のなか、携帯が床にころげ落ちていたり、ステレオがずれていたり、小物が落ちていたり、はたまた机の上におきっぱだったグラスの中の焼酎がこぼれたらしく(グラスは転倒せず中身だけがこぼれていた)、辺りが焼酎くさかったり・・・。それなりに地震の痕が。

きのう、いや、おとといか、地平線から地平線を抜けるようないきおいの、くっきり太い飛行機雲を見た。「こんなの初めてだ」と妙な気持ちで、いっこうに消えぬ飛行機雲を眺めていたのを思いだすが、これは天地異変と関係あるのかないのか。

石川県は地震がほとんどない。と聞いていただけに、震度六強と(金沢市内はそれより小さいだろう)知り、びっくりである。夜になっても余震は続いているし。場所によっては、相当な被害がでているようで、お見舞い申し上げる。


追伸 遠方より、こんなわたしの安否を気遣ってくださった方々、感謝いたします。

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ウツつれづれ

このブログ、いま一歩、使い慣れておらず、「書き上げた」のに消してしまう、「8割方書いた」のに消してしまう、ということが、いやあ、もうイヤになっちゃうくらいよく起こる。今から20時間ほど前もそういう事態に相成って、そういうときは、すぐに書き直すこともあれば、もおぉぉう、と書いたことを忘れたふりしてしまうこともあるのだけれど、夕べは、後者。んだが、気をとりなおして、話題の細部はズレるだろうが、テーマは同じに今日の日記を書いてみよう。

昨今の精神科医の多くが感じていることかもしれないが、この世の中、似非ウツ患者がいちじるしい勢いで増大しているのではなかろうか。もちろん、ウツの定義は難しく、過去日記でなんども書いているように、それは白黒はっきりつかぬ被告人に有罪か無罪かを言い渡すような作業であり、診る人の気分次第でなんとでも診断できるものである。だからこそ、これこれしかじか、と、それなりの症状を患者が訴えれば、医師は「この怠け者めが」と腹のなかで思っていても、もっともらしい病名をカルテに書き込まなくてはならない。■おい、それはお前だろう、といわれたら身もフタもないが、わたしは開き直った「ウツ病患者」というのが嫌いである。やる気がないのも、意気地なしなのも、病気のせいだもーん、と、あっけらかんとしている奴ね。自らに「病気だも~ん。しょうがないも~ん」と言い聞かせるのは、これ、病状を悪化させない一手法であろうから(基本的にウツの人は自分を追い詰めるクセがあるからね。それをかわす防御策だ)、わかる。が、例えば、まわりの人にその開き直りの態度を見せるのは、ウツを患う者としての慎みが大いに欠けていると、わたしなどは思ってしまうのだ。■よく、「今の時代、ウツにならない人間のほうがどうかしている」という言葉を聞く。その真理のほどはわたしにはわからないけれど、これは心の健常者がいうからイイのであって、ウツ患者本人がいった日にゃあ、わたしはその人をウツだとは認めたくないね。ウツを患う人というのは、本来、自虐クセは旺盛なくせに、他人を傷つけることに著しく敏感な性質をもっているのだろうと思う。だから、こんな発想は持ち得ないと思うのだよ。いや、違うのかな。病気の種類は異なれど、「自閉症患者はみんな心のきれいな人に思われがちだけど、そーじゃないんだ。心の黒い自閉症患者もいる」というようなことを、ニキ・リンコさんが著書のなかで語っていたように、ウツにもいろいろな性格の人がいて当然だし。。。(んだが、なんか納得いかん)。ただ、これは自分に照らし合わせて言うのだけれど、暴言をはきながら、相手を傷つけているなということを重々感じつつ、同時にそれが何倍もの自責となって胸に刺さる、という、つまり、自分で自分の胸ぐらつかみながら喋っているような状況、というのは、ときどき、あるわね。■ところで、あるお方が「ウツは怠け病との区別がつきにくく、まわりの無理解がつらい」と仰っていたが、それはよくわかる。わたし自身、今世紀に名を残せるくらいの怠け者じゃないかと、自分をののしる一方、目にも見えそうなほどの負のエネルギーの圧迫を感じ、ああこれがウツというものの元なのだろうと、ぼんやり思うことがある。ウツ病は科学的には脳内物質の問題ということでいちをの決着がついているらしいが、やはり、ウツに侵されない人にとっては、ウツ病は、人生の「怠け者」としか映らないのだろう。(なお、私的な話になるが、…おほほ、これまでも十分に私的だったわね…、わたしは家族の前で一生懸命「怠け者」を演じている。昼間起きていられないのも、一日中パジャマ姿なのも、口を利けないのも、最近少しましになってきたとはいえ、とにかく廃人となにひとつ変わらない様子でありながら、これは単に休暇中の怠け姿に過ぎん、と。老親に、もしかしたらウツ病、と心配させるより、40歳手前無職独身の怠け娘、のほうが、いく分かは、マシであろうと)。■それから、「ウツは心の風邪」という言い方もすっかり定着しているが、はっきり言わせてもらおう。そんなのは、ほんとうにウツの苦しみを知らない者の、きれいごと。あるいは短期に完治した者の所感に過ぎん。もともとは、「誰でも罹る可能性のある病なんだから」と、患者の側に立った、思いやりの気持ちからでてきた言葉なのだろうけれど、ほぼ一生を風邪で過ごす人がいるか? 風邪で自殺しちゃう人がいるか? と、これはウツというよりも、単に意地の悪いわたしは言いたくなるね。■ところで、ウツ病患者は似通った症状をもちながら、「できること」「できないこと」が人によって微妙に違う。たとえば、ウツでありながら、平生の暮らしのなかで友人と会える、というのがわたしには信じ難い。(一方、ほかの人から見れば、わたしが親と定期的に会っているのが信じられないだろう。これは、「親に定期的に会わなければ東京を離れた意味がない」と、今のおのれの存在価値を左右する問題であるからして、肉体と精神にムチうっている面はある)。わたしはウツ度の重いときは、基本的に、親しい人ほど会いたくない。(だからウツウツのなか、近所の人と挨拶はできても、友達とは電話ですら喋れないという状態が生じる)。また、ウツで不眠症というのも、わたしにはほとんど経験がない。わたしのように、現実と対峙するのがこわく、1日20時間くらい布団のなかで過ごし、その大半が睡眠界に行っている、しかもそれが何日も続いている(ここ最近もそう)、というのは、どうなんだろ、不眠に苦しんでいる人にとっては「うらやましい」症状なんだろうか。■あのね、幸福か不幸かは自分が決める、という考え方があるよね。どんな状況であろうとも、その人が「自分は幸福」と思えれば、それは幸福なんだと。ウツも、同じかもしれない。よくあるウツ・チェックシートなんかに回答すれば、わたしはウツ120%であろう。医師に診てもらったら、すぐにお薬をもらえるだろう。わたしはウツをほんとうの意味で受け入れるのが怖くって、ウツの治療をしようとしない、いや、ウツの治療することすらメンドクサイという、重症ウツ患者なのかもしれない。ただ、自分を「ウツだ」と完全に開き直ることはしたくないし(自分を追い詰めない程度の開き直りは要すると思うが)、また「ウツじゃないもん」と別の方向に開き直ることもしたくないとの考えは一貫している。わたしは、ウツであり、ウツではない。その谷間をゆらゆら揺れながら、生きてゆきたい。

こんなこと書くあんたは似非ウツだ、と、ののしられるかもしれない。また、ノイローゼ手前にいる人からみれば、「わたしの軽症さ」は、はげしく嫉妬されるかもしれない。

なお、わたしは、ウツに苦しみ心療内科に通ったり、薬を服薬している人に、悪態をついているのではまったくありません。過剰な開き直りをしない限り、そうやって治療に専念している人を、むしろ尊敬してもいるのです。

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紅ふうき茶

今年の「青春18きっぷ」のチラシは、いちめんの菜の花畑のむこうに、のびやかな稜線がそびえ、そしてそれらの風景に「時間」を添えるかのように一車両の汽車が走っている。これは九州の風景に違いないと思っていたら、たしかに、鹿児島(指宿枕崎線)で撮影されたものであった。▼こんな風景のなかを、えんえんと自転車こいでいた記憶がある。たしか、北九州の元炭鉱に近い町ではなかったか。古いアルバムを探したら、ずいぶん幼顔の、まだ学生のわたしが菜の花畑を背に自転車とともに映っているだろう。当時、常日頃からその仲間と寝食をともにしていたサイクリングクラブでは、夏は北海道、春は九州での合宿が定番で、その行きか帰りのひとコマだ。▼花粉症まっさかりの季節であるが、わたしの花粉症歴は、早20年目である。そう、20歳になる春休み、わたしはこの九州で花粉症の洗礼を受けた。けどね、近年は、「あ、またイラッシャイましたね。今年もよろしく」という感じ。20歳代の花粉症はなかなかきつかったが、ここ数年は、当時とは比べ物にならないほど楽になった。なんだろな。体質の変化かな。▼一昨年はヨーグルトをよく食べたおかげかもしれん。昨年は全国的に花粉が少なかったらしい。今年は、紅ふうき茶を飲んでいる。(この会社商品)。評判どおり、独特の苦味があり、けっして美味しいというものではないのだが(甜茶のほうがまだ味わいようがある)、それがまた「体に効きそう」という気にさせてくれる。自己催眠か?

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処女願望は永遠不滅(おそらくきっと)

生まれて初めて「トラックバック」というものをやってみようと思ったのに、「ただいま、トラックバックを受けつけておりません」だと。ぐすんっ。気を取り直して、ふつーに、ここに書く。■”女にイバる男は、(エロで)いい仕事でけへん”は、然り、かもしれん。以前、性体験の豊富な女性漫画家(名前忘れた)のエッセイに、「背の低い男は、エッチが上手い。なぜなら、背の低い男には肉体コンプレックスがあり、それがセックス奉仕力に転化されるのだ」という話がのっており、おー、そうかもしれんな、と納得した次第。(残念ながら、我の肉体で検知したわけではない)。■話は変わるが、「処女」は面倒だからイヤという男が増えているらしい一方、おそらくきっと、「処女」とお手合わせをしたい願望をもつ男は永遠に絶滅することはない。なぜなら、洋の東西、過去未来、老若、どんな分野で統計をとっても、(生涯2度以上のセックスをすると新型ウイルスに侵されるという世の末にでもならない限り)、「処女がセックスする回数」は「処女でない女がセックスする回数」より、う~んと少ないから。一人の女性が生涯いたすセックス回数が平均550回として(*a)、そのうち、処女としてのセックスは普通にいえば(*b)1回しかないわけだ。550分の1。こりゃあ、稀少だわな。男として、ぜひ、体験したいというのは、当然だろう。■実は、わたしは、あるとき(もうだいぶ前だが)、「童貞とベッドインしたことがない」という重大事実に気付き、童貞とのムフフに憧れてもいる。どこかに、仕込みがいのある童貞はいないだろうか。■(*a)いちを、我なりにソロバンをはじいてみたのである。が、ここでその計算式を披露すると、あまりに複雑で、また生々しくなるので、それは割愛。(*b)どこからどこまでをセックスととらえるかの問題もあるしな。詳細を書けば、上の計算式以上に生々しくなるので、これまた割愛。ぐふふ。ブログ上であれ、性の愉楽を想像するのは楽しい。

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30年前の役所仕事のよう

わたしは、ペーパードライバーであるが、「あると、不便ではない。身分証明になるから」との理由で、律儀に数年ごとに運転免許証を更新している。だが、肝心の免許証が、いつの間にか自宅内紛失してしまい、そのうち見つかるさ・・・と思っている。という話は、かつて「もぐら日記」に書いた。更新年を間違って、昨春はわざわざ免許センターまで足を運び、「あなたの更新は、来年ですよ」と窓口のおじさんに言われた話も、かつての日記に書いた。で、昨夏の引越しを経ても、免許証は見つからなかった、という話は、今、ここに初めて書いている。■いよいよ、今年は、ほんもの更新年。忘れちゃいかんと、本日、石川県の免許センターに電話で問い合わせをした。これこれしかじか、免許証は紛失し、たしか登録住所は前の前の住所のままで、しかもそれは県外で、・・・こんなわたくしでも、更新していただけるでしょうか。どんな書類を用意すればよいでしょう。と。■答えは、実にあっけないものだった。こちらの生年月日と名前を伝えたら、石川県の免許センターがそれを前登録先である東京都の免許センターに照会してくれるらしい。そして、晴れて、「そういう奴はおる」の回答が得られたら、免許証を再交付してくれるんだって。(もちろん、頂きに行く際は、なにか身分証明証が必要なんだろうが)。簡単すぎて、「これでエエんか?」とこちらが不安になるくらいだ。■しかも、担当者が実にのんびりした人で、「ここで発行すると2週間くらいかかるよ(県外への問い合わせがあるから)。東京で更新したら? だったら即日発行だから。あー、東京は遠いかな」だと。「でも、貰うとき、身分証明するものが要りますよね。保険証とか。もうわたし、金沢市に住民票を移しているんですけど」。「んー、ここだったら、そんなのいちいちチェックしないけどねえ」だとさ。■おまけにだよ、こちらの電話番号を伝えてあるのに、「一週間ほど経っても連絡なかったら、また電話してね。ほら、電話番号間違っているといけないから」だと。なんなんだよ~。

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春はアサリ

* 昨日の夕方、金沢のアパートに帰宅。日はまだ高く、このまま部屋にいては理由のない不安に苛まれそうな気がして、自転車をえんえん漕いで、遠いスーパーに買い物に行った。
* カツオのたたき、と、オニオンサラダ、と、マカロニサラダ、と、エビニラ餃子、と、青カビチーズ。フルボトルの仏の白ワイン1本と、同じく赤ワイン1/3本ほど。なんとなくの独り宴会。なんとなくじゃ、つまんないから、「『もうすぐ春だな』宴会」と途中から題してみた。でも、盛り上がらなかった。ちっ。
* 菊地成孔さんのラジオ(水曜朝の3時~5時)。これを聞ける環境にあるのは月に2回くらいで、昨夜(今朝)はまさにその稀少な環境だったのだけれど、間抜けなわたしは、おしまいの5分くらいしか、聞かなかった。ああ、馬鹿、バカ。
* 今日、昼に起きて、昨晩から不具合の生じていたネット環境を直し(なんだよ、NTT、結局はお前のせいであったじゃないか!)、また眠る。この10日ほど、朝の1時とか3時とか5時とか8時とかに起き、昼寝はほとんどせず、という、すばらしき生活をしていたので、「ここらで『自分お疲れさま会』をしとかにゃならん」と思い、実行したのだ。
* 日が暮れて、再起床。ラジオをつけて、本日は祝日であったことを知る。損した気分。「毎日が休日」の我であるが、世間の労働者が休んでいる日は、あらかじめ「そうである」と知っておきたい。(気持ちだけ社会参加ね)。
* 春はアサリ。である。なので、昨日スーパーで伊勢のアサリを購入しておいた。まずはアサリのお味噌汁。(うう、呑んだ翌日の胃にしみます)。次は、エリンギと一緒に、和風スパゲッティ。(ちょっと塩っぱかった)。で、まだ、アサリは冷蔵庫で眠っている。(大量パックを買ってしまった)。

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