ともみ@ピクニック

キャベツ

朝方、菊池成孔の「速報」を読みながら、餃子
(出来合いの品。フライパンで焼くだけ)
ひとパックをぺろっと完食。

昼間、ぐーぐー。寝る。

真夜中に起床して
寝ぼけ体のまま
春キャベツをざくざく切って、電子レンジでチンし
プロセスチーズを刻みトッピング
ゴマドレッシング味の即席サラダを
テーブルの上に準備してみたら

わしわし、わしわし
あっという間にサラダボールいっぱいのキャベツがお腹のなかに。

なんだかんだいって
食欲あるじゃん、あたし。

いかなる精神状態であっても、食べることだけは忘れない。



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牛スジも未経験

おでんの残りを温め、朝食。

西日のなかで、ほどほど味のしみたおでんをほうばって
ゆっくり
食後のブラックコーヒーを飲みながらパソコンをたちあげる。

         *       *       *

それにしても、カレーとおでんは、誰がつくっても、いくぶん手を抜いても、そこそこおいしくできるもののトップ1と2だろう。

おでんなんて、好きな具を鍋に放り込み、あとは火の神様にお任せすれば、まず、まずいものはできない。よく「おでんの素」という調味料を見かけるけれど、なんであんなものが必要なのかわからない。昆布、(もの足りなければ天然の粉末だしを少々)、お酒、みりん、しょうゆ、だけで十分に味は整うし、なんといってもおでんの強みは「魚の練り製品」からしみでるうまみだな。あれが、火の神様の手にかかり、おでんの味をぐっとおいしくする。

ただ、カレーもおでんも手軽においしくできるけれど、
ひとつ難点をあげるとすれば、いっぱいつくったほうが、
そしていろんなものをいれたほうが
いっそう味わいが増す、ということ。

おでんには、あのネタもこのネタもそのネタもいれたいけれど
欲望のままお鍋に放り込んでいたらとんでもない量になってしまう。
とくに一人食卓のおでん作りには「ぐっ」と我慢の場面が必要。

今も鍋のなかに残るのは、「おでん」というより、正確にいうと「おでんもどき」。
大根を入れてないしさ。(←致命傷)
このたび、レトルト「ゆで卵」というのを使ってみたのだが、これ、便利は便利だけれど、味がね、ないのだ。白身はもちろん黄身も味がない。うーん、いんちき。

一人おでん。
ネタの種類は少なくとも、魂の抜けた食材は使いたくないじょ。

ところで、牛スジって、どうなんだ?
牛スジおでんって、うまいんか?


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胃袋改善

今年に入り、ほとんどお布団のなかに横たわる日々であった。

人としゃべったのは総時間20分に満たないかも。
外にでたのは、ほんの数回。(片手で数えられるな)。

これまで食べるのが唯一の楽しみのような生活だったのに
それすらままならないというか

一日一回、素うどんをお腹にいれればいいほうで

とにかく「ぐう」の声も出せない状態であった。

だけど、わたしだって、前に歩き出したいのさ。

今晩、久しぶりに、簡単な食事を用意してみた。

かんぱちのお刺身。温サラダ。おでん。と、いいちこ(焼酎)。

ちょっとずつしか食べられなかったけれど、それでも久しぶりの食事。

明日から、一日一食でもいいから(できたら一日二食が目標)ちゃんと食事をとるようにしよう。



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歯茎にコブ

夕べから歯が痛くって、昨晩はお酒を飲んでごまかしてみた。
でも、痛みはとれない。
朝方、お布団に入る前、鎮痛剤を飲んだら
なんとか痛みは和らいだような・・・。

で、午後、目覚めたら、やっぱ、まだ、痛い。

正確にいうと、夕べは「歯の下の根っこあたりが痛い」って感じだったのだけど、
だんだん痛みが「歯の下」から「歯茎」方面に移動してきたというか。。。 

で、口をあーんと開けて鏡をのぞいてみたら、
うぎゃあ!
歯茎の横にでっかいコブみたいのができている!

もう、「腫れ」なんてかわいらしいものじゃなく、
コブだぜ、コブ。

歯茎の横から「歯が生えてきた?」かのような大きさ。

おまけに、あごの下のリンパも、ぐりぐり痛くって。

あまりにびっくりしてオカマ先生(=通院中の歯医者)に連絡して診てもらおうかと思ったけれど、実は先週の診療日に「・・の歯が鈍痛で(←昨日以前からすでに前兆はあったのだ)」と申し出ており、そのとき、先生ったら、「あー、かみ合わせが変わってきたのかもね」と、いつものごとくウィィ~ンと歯を削りおったのだ。(この先生、なにかといえば、かみ合わせがよくないと歯を削りだす)。

さすがにこんなコブがあれば、オカマ先生も、すぐにウィィ~ンとやり出すことはないだろうけれど、かといって先生に診てもらってどうにかなる問題じゃないような気もして、(ちなみにコブの隣は先月治療したばかりの歯なので虫歯が原因とは考えにくい)、先生に連絡するのはやめた。

で、だ。








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さびる

さびる。

という感覚がリアルでわかるようになった。

神様は与えているんだな。
ちゃんと使っている機能は、ちゃんと好きなときに動かせる力を。

人と会うことも、口を開くことも、仕事をすることも
お休み期間が長くなると、尋常じゃなく難しくなる。

たとえば今のわたしにとってなにかとコミュニケーションすることは
「木に登って月をとってこい」といわれるほどの難解な話なのである。

それよりなにより、自分とのコミュニケーションすら、とれない。
思考力ゼロ。
感情がわかない。

だから、ブログを始めてみたといっても、正直、書くスイッチが入らない。


けれど、これを人生のリハビリと思い、無理やりにでも、なんでもいいから、書いていこう。

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若葉マーク

初めてのブログ。

わーわーわーと作ってみたけれど
まだどういうカタチでゆくかはわかりません。
(なんでデスマス調になるの・・。はは、新しいノートを使い始めたばかりのころに限り丁寧な字を書くようなものなのだろう)。

名札ともいえるタイトルについて「まったくセンスないなぁ」と思うけれど、自分のなかでしっくりくるのだから、当面は『ともみ@ピクニック』でいくつもり。

表示する機能についても、いろいろ迷うけれど、まずは様子見。

漠然と「もしもブログをやるなら…」と思っていたころ
コメントやトラバの機能はつけないでおこうと思っていた。
だけど
いざ作ってみると、そーゆー、自分の世界だけにひきこもるような構えはやめてみようかという気持ちににわかになって
また
たとえばコメント機能を外すなど、著名な人がやるには
それなりの意味があるけれど、わたしがやっても
「おい、なに自意識過剰になってんだ」、な、わけで。

ともかく、書いてゆく内容も、機能含めた外観も、まったく未知数の見切り発車です。




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手紙

「もぐら日記」を読んでいて下さった方々へ。

日記をやめたあと
「なんかよくわからんが、とっても苦しいことがあり
 もう日記を書けなくなってしまったのね」と
心配してくださった方もいたようで、恐縮です。

また
昨年12月31日の最後の日記、実にあっけない空気で終了してしまい、「これまで読んで下さった方に失礼だったのでは」と
のちにとても気がかりでした。

涙がでそうなときって、わざとカラっとしたふりすること
あるでしょ。
最後の一行は、慣れ親しんだ場所を離れるにあたり
そういう気持ちがしみでたのかもしれません。

日記をやめることは半月ほど前に決めました。
「やめる」のは、なにかを捨てるという方向からではなく
むしろ大事にしたいものがあるから、その選択をしたのです。
(ふふふ。相変わらず大げさな!)

ともかく、web日記とは癖になるものらしく
お休みして10日もたたないうちに「久しく日記から遠ざかった」気分となり、20日もたてば「あれは遠い遠い日々」と思わされました。不思議なものです。

ブログを始めるにあたり
「まるで一皮むけたヒト」のように、新しい人格でもって(?)
日記を書いていこうかとの心の誘いがほんのちらっとあるけれど、たぶんそんなことはできません。

うたた寝から目覚めた人のように、また静かに日記を始めます。







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ここに一歩

青い空はない。
でも歩いていかねばならん。

昨年いっぱいでweb日記をやめた。
もし日記を再開するとしても、来年度あたりからにしようと思っていた。
でも、だ。
なんとなくここに日記を始めることにする。

お休みはひと月にも満たなかったわけだが
まあ、いいじゃろ。

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