ともみ@ピクニック

処女願望は永遠不滅(おそらくきっと)

生まれて初めて「トラックバック」というものをやってみようと思ったのに、「ただいま、トラックバックを受けつけておりません」だと。ぐすんっ。気を取り直して、ふつーに、ここに書く。■”女にイバる男は、(エロで)いい仕事でけへん”は、然り、かもしれん。以前、性体験の豊富な女性漫画家(名前忘れた)のエッセイに、「背の低い男は、エッチが上手い。なぜなら、背の低い男には肉体コンプレックスがあり、それがセックス奉仕力に転化されるのだ」という話がのっており、おー、そうかもしれんな、と納得した次第。(残念ながら、我の肉体で検知したわけではない)。■話は変わるが、「処女」は面倒だからイヤという男が増えているらしい一方、おそらくきっと、「処女」とお手合わせをしたい願望をもつ男は永遠に絶滅することはない。なぜなら、洋の東西、過去未来、老若、どんな分野で統計をとっても、(生涯2度以上のセックスをすると新型ウイルスに侵されるという世の末にでもならない限り)、「処女がセックスする回数」は「処女でない女がセックスする回数」より、う~んと少ないから。一人の女性が生涯いたすセックス回数が平均550回として(*a)、そのうち、処女としてのセックスは普通にいえば(*b)1回しかないわけだ。550分の1。こりゃあ、稀少だわな。男として、ぜひ、体験したいというのは、当然だろう。■実は、わたしは、あるとき(もうだいぶ前だが)、「童貞とベッドインしたことがない」という重大事実に気付き、童貞とのムフフに憧れてもいる。どこかに、仕込みがいのある童貞はいないだろうか。■(*a)いちを、我なりにソロバンをはじいてみたのである。が、ここでその計算式を披露すると、あまりに複雑で、また生々しくなるので、それは割愛。(*b)どこからどこまでをセックスととらえるかの問題もあるしな。詳細を書けば、上の計算式以上に生々しくなるので、これまた割愛。ぐふふ。ブログ上であれ、性の愉楽を想像するのは楽しい。

PageTop

わたしはソープ嬢にもなれんのか

本を買っても、そこそこの量を読み進めるのは10冊中3~4冊、最後まで読み終えるのは10冊中1~2冊って感じの近年である。いちじるしく集中力が低下。ぐぉぉ~、飯を食べなければ死んでしまうが、本なんて読まずとも寿命が縮まることはないのだから、ま、いいのだが。◆昨秋購入し、たまに思い出して手にとってみるのが、松沢呉一の『熟女の旅』(ちくま文庫)。あのね、これ、面白く、勉強にもなるんだが(いまだ我の頭のなかでは整理しきれない「現代ニッポン風俗の諸形態」がぼんやりながらも学べるという)、数頁読むと「はは~。ご馳走さま」と満腹になっちゃう。(我の身体に潤いがなく、刺激が強すぎるのかもな)。◆平たくいえば、カラダ資本で働く女性たち、と、それにカラむ友人編集者(男)や著者(男)のルポ。基本は「熟女」好きの目線なので、「いかに熟女はカラダも心遣いも長けているか」を具体的に記し、若い女性の年長女性に対する蔑視をコンニャロ!と叱り、熟女好き男性の悲哀を軽快ににじませる、etcな内容である。また、これ、全国の風俗お土地柄を紹介し、例えば、東京・上野の街娼は高齢者が多く、当地には「上野効果」というものがある(上野の街娼に会ったあとは、街のどんな女を見ても、例えばマックの洟垂れ娘を見ても、超美人に見える、という効果)話など、興味は尽きない。◆ところで、「若い女にのみ価値を求め、熟女の良さを分からん男の多い社会は、実に未成熟な社会だ」と、もしかしたら虫の居所悪いとき、不慣れな社会派女を気取って言いたくなる気分が我にもやってくるかもしれんが、ま、今のところそれは脇においといて、はてはてはて、松沢氏によれば、一般的に「熟女」とは三十代後半以降を指すらしい。同氏は「要するに『オバサン』を言い換えた言葉なわけだ」ともおっしゃっている。ふふふ、今さら気づいたか!の自分突っ込みであるけれど、わたしはもう十分に熟女なわけね。(まだ成熟は足りないけれど)。◆そのこと自体に格別のショックはない。けれど、次の一文は、女性性をもつ、わたしの自尊心を静かにそーっと殴る程度の衝撃を与えはした。「しかし、キャリアがないまま、歳相応にしか見えない三十代が突然面接に行っても、ソープ以外では(店によってはソープでも)まず間違いなく断られる」。(←女性の雇用の話ね)◆ぐふーん。概して、消費社会という大枠のなかで、わたしは女としての商品価値が相当に閉ざされているわけですな。(しかしだよ、どんなときでも「森を見ず木を見ればいい」の発想を忘れるなかれ! どんな世界でも「個」々に道はあるのだ! と、自分を励ましておこう。コレ、短絡的に街娼になればいいという意味ではないヨ。ちなみに、街娼は、わたしのなかで、売春婦の「ホンモノ」という、高価値をおいている職業だ)。◆だいぶ横道話に行きましたが、著者・松沢さんは、なかなかバランス感覚良く「性産業」を見ている印象だ。(←ド素人のわたしがいうのもナンだが)。本書を読み終えるにはまだまだ時間がかかりそうだが、いずれ、他のご著書も読んでみたい。

PageTop

アミーゴ

この方の2月12日付け日記で紹介されていた、アミーゴというのをやってみたら、なんと、わたくしの「お相手」は1000人以上!の結果であった。

   *   *   *   *   *

入力したのは 
step1 「大人のつきあい」
step2 性別「男性」。年齢「こだわらない」(だって、たとえば30代前半を選んだら、30代後半は抜け落ちてしまうわけで、こういう選択になった)。地域「どこでも」(まあ狭い日本だからな)。趣味「こだわらない」(例えば「趣味=音楽」だけでは、ヘビメタ好きか、クラッシック好きかわかんないもん)。職業「こだわらない」(年収だったらこだわってみてもいいのだが)。重視ポイント「こだわらない」(「メールの文字数度」ってなによ?)

はは~、「あなたのお相手は1000人以上」ではつまんないので、次に、ちょっとマジ度を増して

step1 「メル友」
step2 性別「男性」。年齢「40代」。地域「石川県」。趣味「アウトドア」「山歩き」。職業「こだわらない」。重要ポイント「こだわらない」でやってみたら、

お相手は2名でありました~ なんか、リアル。(しかしなぁ、リアル数字がでてくると、エ、エ、エ、と腰が引ける)。

で、はた、と思ったのであるが、「わたくしのお相手」はいても、はたして「わたくしを選んでくださるお相手」はいるのだろーか?

というわけで、次に、わたくしが選ばれる側を想定した条件として、

step1 「こだわらない」
step2 性別「女」。年齢「30代後半」。地域「石川県」。趣味「こだわらない」。職業「無職」。重要ポイント「こだわらない」を入れてみたら~・・・・、「お相手はゼロ」であった。

これ、万一、わたくしが登録しても、「わたくし」という女の需要はまったくないという、厳しい現実の前知らせなのだろうか? それとも、登録したら、《需要わんさか・供給「わたし」一人》というモテモテ体験をすることになるのだろうか?

PageTop

イクッ!

そう遠くない昔、リリー・フランキーが、安めぐみ、と、ゾノネム(雑誌編集者)とともにやっていた深夜のラジオ番組で、女性が自慰するときのお相手候補をリスナーから集め、ベスト10だかベスト20だかを紹介する、っていう、やー、やー、やー、こりゃ、リリーさんしかできんだろうってコーナーがあった。ふと、ゆうべ、そのことを思い出し、上位には、鳥越俊太郎、と、森山直太郎が、いたなー、という辺りまで記憶をさかのぼることはできたのだけれど、はてはて、ほかにどんな人がランキングされていただろうかって考えても、誰ひとりとして思い出せない。なぜ。そして、あまりにも抜け落ちた記憶のなかで、「なんで、わたしは、鳥越俊太郎と森山直太郎の二人だけを思い出すことができたのだろう」という新たな疑問までわいてきてしまった。ほんと、なぜ。ところで。わたしは活字の向こうやラジオの向こうやネットの向こうの男性に、いつでも恋愛べクトルにジャンプできるんじゃないかってくらいの<お慕い心>をいだくことがあるけれど、それはいわば精神レベルの自慰にとどまり、肉体的な自慰にまで発展しない。残念。ほんと残念。柔軟な性意識というか、もっとお得な身体になれれば、人生、どんなにバラ色だろう。たとえば、菊池成孔で性感までをもイッちゃう日がきたら、かなり、わたしはウハウハだ。

PageTop